第7話 おお、ゆうしゃよ! たおれてしまうとはなさけない!



 ナビゲーターが作ったタイムテーブルの通りに行動する。


 普段はタイムテーブルを作る側なんだがなぁ、と苦笑しつつ、タイミング——巨石が倒れる瞬間が来るの待つ。


 恐怖、緊張はもちろんあるが、こういうのは、感情やたらればに意識を向けたら負けだ。


 ただ忠実に、タイムテーブルに従う。余計なことに思考回路を奪わせない。


 思考する質を確保するために、思考する量を落とす。


 俺は、そのタイミングを最善の状態で待ち構えればいい。


『次です』


 次に熊のチャージが当たったとき、巨石は倒れる。


 足に力を溜める。できるかぎり右膝を曲げて、クラウチングスタートに似た体勢で待つ。


 トラックが壁に激突したような音とともに、遂に巨石を支えていた台座が地面から浮き上がる。


行動権限移譲パスコントロール


『アイハブコントロール。思考速度強化マインドシフト


 俺は熊の腹が見えると同時に、勢いよく立ち上がりながらスキルを呟く。


 続いて俺の行動権限を取得したナビゲーターがスキルを宣言すると、周りがモノクロになった。


 あらゆる物が、ゆっくりと動く、灰色の世界。


 思考を加速させた世界ゾーンは色を失うと言われているが、まさかそれを目の辺りにするとは思わなかった。


 そんなゆっくりと進む世界を俺の身体は駆け出していた。


『マインドシフト完了。テックポイントから推算して残り五秒。複層障壁魔導剣を大剣サイズで起動』


 続けて、右手に握っていた万徳ナイフの複層版から見えない何かが伸長する。


 蜃気楼、陽炎が板となって伸びていると言えばいいだろうか。


 その見えているけど見えない板が二メートルほどの長さまで伸びる。


勇なる一撃ブレイブストライク起動』


 苔熊はその巨体ゆえに反応が遅れた。足下から出てきた俺を見て、ワンテンポ遅れて豪腕を向ける。


 その豪腕を、陽炎の剣は振り上げの一撃で、手首から切り落とした。


 加速した世界でも一瞬のリアクション。


 信じられない。俺がやったのか?


 苔熊も同じ心境だろう。ヤツの口が次第に開いていく。


 そして、俺は地面を踏みしめ、跳ぶ。


 シャイニングウィザードの如く、ヤツの後ろ足の膝を足蹴にしてさらに跳躍。


 ヤツの頭高まで俺の頭が届いた時が、苔熊の最後だった。


 滑らかな横一文字が熊の首に引かれた。


 そして、余った飛翔の勢いを熊の肩に手を置くことで殺し、そのまま熊の後方に着地。


 即座に向き直って残心したが、その必要は無かった。


 重量感のある落下音共に、地面に転がる苔熊の頭。


 首から赤い血を飛び散らせながら倒れる巨体、舞い上がる土埃。


『戦闘終了。お疲れ様でした。

 戦闘予測の的中率九十八%、遂行率一一○%。行動権限をお返しします』


 ナビゲーターの声が響き、俺は身体を動かす権限を取り戻した。


 しかし、呆けた頭では制御がままならず、そのまま尻餅をつく。


「一瞬……だったんだが」


 恐る恐る、俺は右手に握ったままの万徳ナイフに向かって話かける。


『パワースキル:勇なる一撃ブレイブストライクは起動時、単体に対する全ての行動が絶対成功となるスキルです。

 防御不可の攻撃手段と合わせると、このように必殺の攻撃となります。

 今回はマスター(呆気)のステータスが低いので、長期戦は無理と判断し、短期決戦が出来るこのスキルを選択しました』


「いや、まあ短い方がいいけどさ。容赦ねぇ……」


『あちらもこちらを殺そうとしたのです。当然かと。

 それに、この世は生き残った方が強いのです。

 そう言う意味では、マスター(悪運)は強いのでしょう』


「まあ、貧乏くじと思っていた、万徳ナイフこれのお陰で助かったからな……」


 今回の功労物である万徳ナイフを、掌で転がしながら、眺める。


 前とは違い、ホログラム調だった虹色の四角い紋様が、本当の虹のように、ほのかに光っていた。


『今回はよかったものの、やはりステータスが低いと使われる側としては安心できません。

 明日からは、マスター(ひ弱)にはステータス向上プログラムを実施していただきます』


「え、こんだけデカいヤツ倒せたから戦闘力はもう十分じゃねぇの?」


勇なる一撃ブレイブストライクは単体専用スキルなので、複数体に攻められると対応出来ません。

 さらに言えば、先ほどの戦闘で【パワーポイント】、【テックポイント】、【マジックポイント】を使い果たしました』


「いきなり普通のゲームめいてきたな……。で、そのなんとかポイントを使い切るとどうなるんだ」


『各ポイントが回復を開始するまで、【ギフト:ステータス】を失い、します』


「へ?」


 その直後、俺は意識を失った。


 三時間後、俺は芝犬に顔を舐められて起きることになる。


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