22 かりそめこそが、ほんものなんだ

「こぉぉぉのぉぉぉぉぉ!」


 狙撃手へ反撃する代わりに、ドリルばんちょうは2本に減った左腕のドリルを目の前のアヴィークに叩き込んだ。


 初めてクリーンヒットしたドリルのダメージに、黒い痩躯が動きを止める。


「おらぁーっ!」


 俺は半ば反射的に、ドリルが刺さっていない方の脇腹へ両手の青龍刀を突き立てた。


 長細いアヴィークの胴が痙攣する。その向こうで、さっきセントラルを狙撃してきたアヴィークの長杖が光る。


「ルミナさぁん! 右でぇぇぇぇす! せぇぇぇぇぇぇぇのっ!」


 ドリルばんちょうの合図に合わせて、アヴィークに突き立てたままの青龍刀を右へ向ける。

 セントラルめがけてレーザーが発射される。

 ドリルばんちょうの意図通り、ドリルと剣を刺したアヴィークを盾にして防ぐ!


 仲間の攻撃にトドメを刺され、まずは一体目のボスエネミーが塵となって消滅した。



「狙ってくるわよ、ドリルばんちょうさん。きっといまの行動ルーチンは、現状もっともダメージを与えたプレイヤーを狙うようになっているわ」

「なるほどぉ! というヤツですねぇぇぇ! ターゲット!」

「良かったな、得意分野じゃん」


 夫人の言葉通り、アヴィークたちの胸部が陽炎のエフェクトにゆらめく。

 セントラルですら一撃で消し飛ばされた焦熱火球デスナパームの十字砲火だ!


「なに、華麗にかわしてみせますよぉ! ルミナさぁん! いいですね。肉を斬らせてぇ、骨を断つでぇぇぇす!」

「――おう、任せろ」


 前へ進み出て残った5本のドリルを回すタイガープリンスの背中に、彼の意図を察した俺はうなずく。

 アヴィークたちの射撃を合図にして――ドリルばんちょうが焼かれるのとにして、必ず奴らを真っ二つにしてやる。


 俺が決心をかためると同時に火球は放たれ。



 タイガープリンスを鉄球で吹っ飛ばして割り込んできたバケットナイトに、火の玉が降り注いだ。


「メッくん!?」


 燃え上がるエフェクトの中、焼け落ちる灰色の装甲よろいが見える。

 鎧武人のシルエットが崩れ落ち、かたちを失う。


 絶句する俺たち。

 だが、どこまでも冷静なセイバー夫人はセントラルのサーチレーザーで足下を見るよう促してきた。



 火球の着弾地点を中心に、粘ついた質感の“なにか”が拡がっている。

 炎の残滓を反射させてらてら光る赤黒い粘液だ。


「わかったよメクサコくん……メクサコくぅんッッッ! これはバケットナイトの――“中身なかみ”だねッ!」


 いつになく興奮したバケツラバー氏のおかげでとめどなく流れてくるそれがバケツヘルムの口の部分だと気付いたとき、名状しがたい物体からメッくんの叫びが響いてきた。



「これがボクの性癖こころだぁーッ!」



 あらぶるバケットナイトの中身、もとい“バケツスライム”が一気に体積を膨らませ、アヴィークたちをひとまとめに包み込む!


とは、まことにけっこう!」


 全国バケツヘルム愛好家連合代表は真っ先に応え、鋼鉄の狼をはしらせる。


 ためらうことなく背中の連装砲を連射して突撃。

 アイマーヴォルフが捕縛されたアヴィークたちに密着する頃には、砲身は焼け裂けていた。


「複合超兵器ヘッド、フルバースト!」


 狼が砲吼える。

 爆裂する轟音と炎、ほとばしる紫電と閃光が、バケツスライムに呑み込まれた悪魔に牙を突き立てた。


 ひときわ大きく、爆発のエフェクトが彼らを覆う。

 バケツヘルムの鎧と同じ暗い灰色の煙がゆっくりと消える。



 俺とセイバー夫人とドリルばんちょうは見た。


 今度こそ消炭になったバケツスライムが、平面プレーンの地表からフェードアウトしていくのを見た。


 3つの長杖からまっすぐ伸びた槍で串刺しにされ、暗黒色の空に掲げられたアイマーヴォルフを見た。


「すまない……2体しか削れなかった」



 ――充分だよ、ありがとう。


 放り捨てられたアイマーヴォルフは地面に落ちるより早くフィールドから消えてしまったから、バケツラバー氏にちゃんと聴こえただろうか。


 そんなことを考えながら、コントローラを握り直してレバーを前へ。


 HMDゴーグルのヘッドホンからはドリルばんちょうの絶叫と、タイガープリンスのドリルが地中へ潜る音がしている。



 ――感じるんだ。


 マイクに拾われないくらいの小声で俺は呟いた。

 自分に言い聞かせるために何度も呟いた。


 地表に飛び出したタイガープリンスが、俺から見ていちばん奥に位置するアヴィークにドリルを打ち込む。

 地中からの一撃が奇襲にならないことはわかっている。

 タイガープリンスは5本のドリルで猛烈連撃ラッシュを仕掛け、一体のアヴィークを釘付けにした。


 セントラルおれたちの受け持ちは残りの2体。



 ――感じろ。


 迫る二つの黒い影。

 俺は目に見える脅威をもっと恐れるべく、自身に言い聞かせる。


 長杖から伸びた大鎌の刃が白く光る。

 威力を持ったエネルギーの三日月が飛んでくるのを、俺は両手に持った剣で切り払う。


 もっと。もっと没入しろ。

 これは

 に居るこいつらは、俺にを殺そうとしてくる悪魔なんだ。


 ――感じる。


 暖房のかかった自室に居る俺の頬が、少しずつひりつくような風を覚え始めた。


 上体をそらしてアヴィークの斬撃をかわす。

 鼻先を鋭い何かがかすめていくのがわかる。


 そうだ。

 感覚を研ぎ澄ませ。

 あれに当たればきっと痛い。

 本当に痛いんだ。


 だから、



「ファントムセンス――ッ!」



 ゴウ、と空気を切り裂いて黒い甲殻が踏み込んでくる。

 片方の鳩尾に剣のつかを当てて怯ませ、さらに蹴りを入れて吹っ飛ばす。

 間髪入れずにもう片方が大鎌を振りかぶる。

 とっさに身をかがめて、放たれた衝撃波をやり過ごす。


 前後のアヴィークが同時に胸のオーブに炎を溜める。

 橙色をした光がセントラルおれを照らす。が伝わってくる。



「やらせませぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」


 背後から跳んできたタイガープリンスが、ジャンプの勢いのまま火球を準備チャージしていたアヴィークを押し倒した。

 腕のドリル4本が黒い四肢を貫いて地面に突き立っている。


「ジョイント自切ディセーブル!」


 タイガープリンスが押し倒したアヴィークの胴体を踏み台にして垂直ジャンプ。

 アヴィークの四肢は未だ地面にはりつけのまま。

 ドリル腕がタイガープリンス本体からもぎとれて刺さったままなのだ。



「からのぉぉぉぉ! ヘル・ダァァァァァァァイブ!!」


 空中で転身した隻腕の虎人が残った右腕ドリルを真下へ向けて急降下!

 全身を回転させドリルそのものと化し、稲妻のような速度でアヴィークのオーブを粉砕した!


 悪魔を一体屠った直後。

 敵意ヘイトを集めたタイガープリンスは、稲妻スピンでめりこんだ体を地面から起こしたところで腕に火球を受けた。


「ドリルばんちょう!」


 俺はなりふり構わず突進しフォローに入ろうとした。

 だが、立ちはだかったアヴィークがチャージ済みの火球を吐き出しセントラルの足を止める。


「熱ッッッ!」


 無理矢理からだを捻って本体への直撃は免れるも左肩に熱い痛みを一瞬感じ、直後にセントラルじぶんの肩装甲を持っていかれたことを理解した。


「イィヤァァァァァァッッッ!」


 ドリルばんちょうは気迫の絶叫とともに振り返りざまにハイキックを繰り出す。

 側頭部を狙った蹴りは宙を切り、逆に大鎌で胴を両断された。



「ルミナさん、よろしくて? あなた……のでしょう?」

「もしかして心配してくれてます?」

「当然でしょう」


「ありがとうございます。でも――ないっすよ」


 視界に映るのは、消えゆく仲間の骸と二体の悪魔。

 これで2対1――いや、2対2になった。


「そう。そうね。やっぱり男の子なのよね、あなたって」


「俺は“姫騎士ルミナ”ですよ」


 視界のインターフェイスにアイコンがポップアップ。

 胸部のビーム砲と背部ミサイルともに発射準備が整ったことを示すサインだ。

 こめかみから伸びるサーチレーザーは眼前のアヴィークを捉えている。


 この人の。セイバー夫人のバックアップがあるから、負ける気はしない。


 それに。



「ここまで本気になれたのは初めてなんだ。絶対に、絶対に負けたくない!」



 左肩のじんじんする痛みが、俺にの闘志を沸き立たせてくれていた。

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