21 ギガンティック・ダンス

 暗黒色の空を鈍色にびいろの機械甲虫が埋め尽くしている。

 羽音の代わりに青白いフレアを背から吐き出し、この空間フィールドに訪れたを威嚇でもてなす。


 は、かの群れを無造作に見上げた。

 彼らの視線は――視線は、いまいる雑魚ザコどもの先に待つ存在を不敵に見据えていた。



「始めましょう、セイバー夫人」

「よくってよ、ルミナさん」


 視界の下端に赤い光がにじむ。

セントラルおれの胸部に搭載されたビーム砲が起動したのだ。


発射のため身構えたとき、右隣りからヌッと大きな影が進み出た。


高さはセントラルの胸あたりまでだが、前後に長い。

全身を灰色の装甲で覆われたシルエットは、四本の脚で雄々しく立つ機械マシーン狼。

だがその頭部には目鼻も耳も牙もなく、代わりに左右一組の機関砲にレーザー砲、ミサイルランチャー、火炎放射器がひとまとめに据えられている。

さらに背中では大型の二連装滑空砲頭が2基、前方の敵群に照準を合わせる。


「置いていかないでくれたまえよ。掃射は私も担当しているからね」


 火力の権化とでも呼ぶべき獣脚戦車型アバターの尻尾型スタビライザーを立ててみせながら、バケツラバー氏が優雅に言った。


「我ら全バ連の技術の粋を集めた“アイマーヴォルフ”の力、とくとご覧あれ」


 彼の言葉通り全身をバケツヘルムの部品パーツで造られた機械狼が砲哮する。

 顔面から弾丸とレーザーとミサイルと炎が放射状に放たれて、同時に背中の大砲がつるべ撃ちでフルバケツジャケット砲弾を叩き込む。


「うふふふ、花火大会ね」


 セイバー夫人の操作により、セントラルも負けじと内装火器を斉射する。


 フィールドはたちまち閃光と黒煙の着弾エフェクトに覆われた。

 もうもうとするエフェクトが消えないうちから、のクワガタドローンが数匹突っ込んでくる。



 その突撃に合わせて、アイマーヴォルフの後ろから同じカラーリングの人影が飛び出す。


 セントラルと同等の身の丈30メートル。

バケツヘルム由来の頑強な装甲を幾重にもまとった重騎士が、精確な投擲で鎖付き鉄球をクワガタドローンに直撃させた。


「“バケットナイト”、いきますッ!」


 セントラルおれの左隣に並び立ち、バケットナイトメッくんは引き戻した鉄球を頭の上でブンブン回し始めた。


 回る鉄球よりも頭上から、もう一つ――いや、6つの回る音がする。


 6が回る金切り音だ!



「ぬっおおおおおおおおお!!(音割れ)」



 上空から降ってきた黄金色の巨体は、虎を模したから絶叫をほとばしらせた。

獣人ロボットが硝煙エフェクトの残滓を霧散させ、残るクワガタドローンたちの真ん中に着地。

次いで左右合わせて6本の腕を大きく拡げる。


6本のドリルアームを!



「本日お披露目のぉぉぉぉ! ドリル29号タイガープリンスッッッ!」



 ドリルばんちょうがバーンと見得を切り、六本ドリルを振るって一度に数匹のドローンを穿つ。

 あの数の腕を自在に操り、なおかつライブ動画配信でいちばん目立つであろう位置取りをキープしている。実に器用だ。


「ハハハハハ! 踊りましょぉぉぉう! 今宵は私がぁぁぁ、シンデレラでぇぇぇぇぇぇす!! はまだお昼ですけどぉぉぉ!」


 言葉通り舞い上がってんな。


 俺はコントローラのレバーを前へ倒しセントラルアバターを踏み込ませる。

 同時に左腕のバインダーから抜刀、残骸に潜んでいたクワガタドローンが飛び出したところを一刀両断した。


「ま、こんな感じでお互いに背中を守っていこうな」


 背後から不意打ちを受けるところだったタイガープリンスドリルばんちょうの虎面が小刻みに震える。


 恥ずかしいのか悔しいのかどっちだろう。


「両方でぇぇぇす!」

「心読めんのかお前」


「とはいえ皆さんは頼りになりますからねぇぇぇ! 少々不本意ではありますがぁぁぁ!」



「油断して良いのはここまでよ。よろしくて?」



 夫人の冷静な言葉に俺たちは頷き、横一列に並ぶ。


 混沌暗黒の空を仰ぐ。

 虚空の彼方から六体の甲虫悪魔“アヴィーク”降臨。



「よーし、手はず通りいくぜ」

「お下品よルミナさん。作戦と言いましょうね」


「それじゃあ、で!」


「了解ですっ!」



 俺たち“地獄のロボット軍団(ドリルばんちょう命名)”は、まずバラバラに散開してアヴィークたちの目標ターゲットを分散させた。


 アイマーヴォルフの弾幕を追い風にしてセントラルを突っ込ませる。

 俺の目の前にはアヴィークが一体。長杖から大鎌を伸ばしている。


 セントラルおれは左手にも青龍刀を持ち、斬りつけた。

 鎌で払われたところをすぐさま右の刀で連撃!

 有効なダメージは与えられていない。


 ビリビリ震えるコントローラを握り締め、俺はレバーを倒しボタンを押して前方へジャンプ。敵を跳び越える軌道だ。

 当然むこうは鎌を切り上げて追撃してくる。


 だが、そこへ横合いから“鉄球”が飛んできた!


 空中で足元を見れば、セントラルおれと入れ替わりにバケットナイトがアヴィークにかかっていく。


「ナイス、メッくん!」


着地と同時に、2対1でドリルと鎌とを応酬しているタイガープリンスの方へ割って入る。


 アヴィークは反応が異様に早く、死角からのが命中することは基本的にない。

 それでも別の方向へ振り向くこと自体がコンマ数秒の隙になっている。


「いまだッ!」


 間隙に左の刀身を突き入れる。

 コントローラに手ごたえあり、アヴィークの右肩に亀裂が入った!


 同時に右後方でバギィ! とショッキングな音がする。

 見るまでもなく、ドリルが黒い甲殻を貫いた音だ。


 敵に有効打を与えたセントラルとタイガープリンスは攻め手を――続けずバックステップ!

 追ってこようとするアヴィークたちに、視界の外から飛んできたミサイルと砲弾が命中!


「交代でぇす!」


 方向転換したタイガープリンスがバケットナイトと対峙するアヴィークに襲いかかる。


「ルミナさん、後ろに3体よ」

「了解!」


 セントラルの背部からミサイルが発射され、後方の敵を牽制。

 振り向きざま両手の剣を平行に横薙ぎ、衝撃波ソニックブレードをアヴィークたちにぶつける!


「素晴らしいわ。皆さんも、ここまでは順調ね」

「へへへ、どう、もっ!」


 マイクの向こうで小さく拍手する夫人に、あがってきた息を整えながらこたえる。



 俺たちの策は、今のところうまくいっている。

つまり、各自が頻繁に相手を変えて戦うことで奴らの行動ルーチンを都度仕切り直させる作戦だ。


 巨大ロボットアバターの攻撃力で手数を稼ぐ。

 多少のミスも装甲でカバーできるため安定感もある。


 この作戦、難点はチームメイトの揃えにくさだった。


 The Universeユニバースのプレイヤーたちで――少なくとも俺が出入りしてるコミュニティ圏では――ロボットアバターを使うプレイヤーは多いとは言えない。


 まして巨大ロボットアバターともなれば、等身大アバターたちとの交流もしづらいし活動できるワールドも制限される。

使できないアバターをわざわざ用意してるのは、そうとうのロボット好きだ。


それにお互い息を合わせて戦うとなればもともとのフレンドでないと難しい。


よって、集まれたのはこの5人。


セントラルを駆る俺とセイバー夫人。

もともと巨大ロボットアバターを作り続けているドリルばんちょう。

組織ぐるみでのアバター製作ノウハウがあるバケツラバー氏。

そして、シンプルに製作スピードがめちゃくちゃ早いメッくんだ。



このメンバーが集まれたことはそのまま、難点を補って余りあるメリットでもある。


――


 みんなとこうして並び立ち、一生懸命に戦えることがものすごく楽しいと思うんだ。



「このまま! やってやるぜ!」


 改めて剣を構える。

 駆けろ、セントラル! 心はやるままに――!


「ルミナさん、回避よ」


 セイバー夫人の声が沸いた頭に水を差す。


 正面のアヴィークが胸のオーブに炎を集めている。

 即座に真横へステップしようとしたところへ、左右と後方の三方から長杖のレーザー射撃が封じ込めにかかってきた。


 放たれた火球が目の前に迫る!


「ルミナさんッッッ!」


 その時セントラルの右腕に鎖が巻き付き、地面が急に下へと落ちていく。

いや、俺がのか。

 バケットナイトが鉄球の鎖でセントラルをのだ。


 寸でのところで火球をかわしたセントラルに、アヴィークたちが一斉射撃をしかけてくる。

 アイマーヴォルフも斉射で応じるが、連中は多少の被弾には目もくれず明らかに“セントラルを攻撃すること”を最優先にしている。


「守りを固めたまえよ、セントラル! 向こうは各個撃破をねらっている」

「行動パターンが全然違う……もしかしてリアルタイムで制御コントロールしてるんでしょうか!?」

「いいえ。そんなイカサマのような真似、運営かれらはしないと思うわ。この作戦はわたくしの立案ですもの。、想定されていたのでしょうね」

「それってどういう……」


「とにかく、こうなったら真っ向勝負ですよぉぉぉぉぉ! 私は前に出まぁす! メクサコさん、壁役タンクはお願いしますねぇぇぇぇぇ!」


 バケットナイトがうなずいてセントラルおれの前に立つ。

 鉄球を正面でプロペラのように回転させて、敵弾を防ぐ盾にしている。


「ドリルばんちょうの言う通り、敵の狙いがセントラルに集中しているのなら我々も向こうを各個撃破していこう。だがルミナくんは回避に専念した方がいい。急いで敵の数を減らす。それまで頑張ってくれたまえ」


 言いながらアイマーヴォルフは砲撃を続け、バケットナイトは俺の方へ斬りかかってきたアヴィークに鉄球をぶつけ追い払う。


「足元注意ィィィ!」


 平面プレーンのフィールドが唐突に弾け、突出したアヴィークの足元からタイガープリンスが飛び出した。

 6本ドリルの連打で長杖を持った腕を肩口から穴だらけにする!


 仲間たちの奮闘で、俺の方へ飛んでくる弾も斬撃もに抑えられている。


 別方向から同時に飛んでくる攻撃を両手の剣ではじき、足さばきでかわす。

 俺は、毎晩続けてきた“特訓”を思い出していた。


「お上手よ、ルミナさん」

「練習の成果です、よッ!」


 集中しながらも、なんだか思考がクリアな感じ。

 こうしてコントローラを振り回し、しゃがんで跳んでステップ踏んでる自分の肉体を、自分の意識がコントロールしているような。


 明瞭で、虚ろで、分離した一体感に俺は没入している。


 頭を狙ったレーザーを切り払う。


 三日月状の衝撃波を剣で受け止め、飛び掛かって振り下ろされた長杖にバインダーをカチ上げて弾く。


 自分の胸から発射されたビームで動きが止まった大鎌に真横から剣を打ち込んで叩き落とす。


 ちょうどがら空きに見えた敵の胴体に勝機を見て、両断すべく右の青龍刀を振りかぶり――



「なにを、よそ見してぇぇぇぇぇぇ!」



 バギャ、と不快な炸裂音。


 スローモーションになった視界に映るのは、敵の肩越しから飛んできたランスの狙撃光線と。



 俺をかばって目の前に躍り出たタイガープリンスの腕が一本、吹き飛ばされるところだった。

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