7 「暴力」と「消尽(蕩尽)」(5)

 「宗教的消尽」の一事例として、バタイユはチベットの非武装的仏教社会を取り上げています。


 周辺地域からわりと孤立したチベットにおいては、外へ攻め込むだけのエネルギーがない。ゆえに「軍事的消尽」というイスラーム的選択肢はなかった。

 そこで、「宗教的消尽」というパターンが誕生します。

 

 バタイユは、成年男子の3人に1人が聖職者であり、膨大な数の僧院が建てられ、聖職者のために使われているお金は国家予算より多かった、という試算などを引用しています。


 バタイユにとって、この聖職者(仏教徒)という存在は、無為で、なにも富を生みださない、純然たる消費者を意味します。

 つまり、’ぼくらの共同体’が生みだしてしまう過剰な富は、この無為な聖職者が悉く消尽していく、ということです。


 これが、宗教的消尽です。


 ここでまた、たとえ話をしてみましょう。

 日本の戦国時代に目を向けます。

 戦国の争乱を終わらせたのは、周知のとおり、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、ですね。

 彼らが背負い込まざるを得なかった課題は、日本を統一した後、どうする?、といったものです。

 争乱中は、相互暴力が入り乱れていました。

 ところが統一してしまえば、その相互暴力の捌け口がなくなります。

 それを、どこに求め、消尽していくのか、ということです。


 まず、豊臣秀吉は、これも周知のとおり、朝鮮半島を経由し、大陸への進出を狙いました。つまり「軍事的消尽」という選択をしたわけですね。


 織田信長はというと、もちろん大陸進出を考えていなかったわけではありません。史料的証拠(傍証?)もあります。

 しかしぼくは、信長の視野には「宗教的消尽」があったものと考えています。

 詳しくは、たとえば、秋田裕毅さんの『神になった織田信長』(小学館、1992)とかを参照いただくとして、信長は自身が宗教的シンボルとなり、統一後、捌け口を失った過剰エネルギーの運動が、宗教的に消尽されていく在り方を構想していた可能性があります。


 最後に家康です。

 秀吉の「軍事的消尽」が失敗におわり、かつ、信長の「宗教的消尽」も、キリスト教の進出に危険性を嗅ぎつけていた家康ですから、好まなかったのかもしれません。もっとも、秀吉にせよ家康にせよ、神格化されてはいますが。

 家康(というより、家康の死後、江戸幕府)がとった選択は、これも周知のとおり、大土木工事や参勤交代など、半ば無意味な発散でした。

 参勤交代という名の消尽により、各大名は疲弊していき、相互暴力性が減退します。大土木工事にしても、しかり、です。


 とても簡単な言い方をしますと、あのピラミッドになんの意味があるのかわかりませんし、どんな有用性があるのかわかりませんが、とてつもない無駄な労力にも思えますが、さしあたり、懸命かつ膨大なるエネルギーを注ぎ込んでピラミッドをつくっている間は、’みんな相互にぶつからず、連帯的でいられる’わけです。

 となると、みんなが仲良しでいられるためには、ピラミッドはできるだけ完成しないほうがいい。完成は、遅れれば遅れるほどいい。つまり、でかければデカイほどいい、ということになりますね。

 これが、大土木工事的消尽です。

 ただし、近代における大土木工事はインフラの整備であり、それがさらなる富の増長を生むため、消尽とは言いません。

 また、江戸期の大土木工事もインフラ整備としての側面があったことは言うまでもないでしょう。

 ですから、純然たる大土木工事的消尽は、宗教的消尽の一形態、と考えたほうがよいのかもしれませんね。


 まとめておきましょう。


信長・・・ 宗教的消尽?

秀吉・・・ 軍事的消尽


 江戸幕府の場合は、それを参勤交代に見ましょうか。

 参勤交代するときの華々しい大名行列には、見せびらかし、威信の提示、張り合い、といった側面がありますから、おそらく、対抗贈与的消尽の一形態として位置付けられるかもしれません。


 ちなみに、古代日本では小国が入り乱れ、争っていましたが、次第に収まり、大和朝廷なる統一政権が誕生していきます。

 そのとき、注目される現象として、とてつもなく巨大な古墳、があります。

 争乱の終焉(相互暴力の停止)と、大土木工事的かつ宗教的な消尽は、普遍経済的見地からいうとセット販売されているわけですから、巨大古墳についても、同様のメカニズムが働いていたのかもしれませんね。


 さて、バタイユが提示する消尽のパターンはこれだけで終わりではありません。もう一つだけあります。

 それは、資本主義です。

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