第14話 二人の夜

 私、水瀬華蓮(みなせかれん)は自分の部屋へと足を運んでいた。少し濡れた髪をバスタオルで覆い、それを首元まで垂れ下げている。お嬢様は先に戻ると言って私はお嬢様を後から追う形になっていた。


「お嬢様……」


 先程まで私はお嬢様と露天風呂に入っていたのだ。洗い場では少々破廉恥なことをしてしまったが、その後は二人でゆったりと湯に浸かった。そしてお嬢様の心情を聞いていた。


 咲お嬢様は確かに昔に私にお会いした記憶がないと言われている。だがそれも十数年前のこと。お嬢様にとっては、私だけでなく誰に対しても同じようなことをしていたから。お嬢様はそれは行うべき些細なことに過ぎなかっただけだ。


 お嬢様はひどく気に病んでいた。けどお嬢様がそれで気落ちする必要もない。だって本当にこれは一方的な思いなのだから。


「とはいえ私を好きでいてくれるのは伝わってきますがね」


 お嬢様の行動もそうだし、以前にも枕元で『好き』という言葉も聞かせてもらった。しかしそれは敬愛なのか恋愛なのか。どうなのだろうか。お嬢様は学校での私の姿に憧れて好きと言ってくれたと思うが、その思いは本当にそうなのか。


「愛にも色々とありますから。でもどうなんでしょうか?」


 そう考えていたとき急に先程のお嬢様からの頭なでなでのことを思い出した。


「ふあ」


 ぼふっと顔に熱気が湧く。そして顔を真っ赤にして恥ずかしくなってしまう。思わず撫でてもらった所を自分で触れる。


「とても柔らかかったです」


 自分で言うのも何だが、私は学校では優等生のクールキャラで通っているみたいで、他の女性よりも長身だ。それは当然ながら咲お嬢様よりも背がかなり高い。そんな人が頭を撫でてもらう機会なんてそうそうあるものではない。


 さっきはよくそんなお願いができたことかと自分を褒めたくなる。好きな人から撫でてもらうだけでとても癒やされたし、温かくなったのだ。


「で、でもこれで動揺してはお嬢様とまた会うときにどういう顔をすればいいか」


 私もお嬢様相手に余裕ぶっているときもあるが、実際問題そんな訳はない。むしろ奮い立たせているに過ぎない。


「と、とにかくお嬢様のところへ戻らないと」


 私はとにかく急ぎ足でお嬢様との部屋に戻る。そしてドアの前にたどりたどり着く。


「お嬢様、おまたせしました。お夜食でも取って参りましょうか?」


 ドアを開けて、お嬢様に話しかける。だがベットにはお嬢様の姿は無かった。


「え? お嬢様、どこに?」


 焦った私だったが、そこに置き手紙を見つける。


「これはお嬢様の字でしょうか?」


 その手紙は部屋に常備されているメモ帳の切れ端だった。そしてそこにはお嬢様の字で『少しホテル前の浜辺に行ってきます。すぐに戻ります』と書かれていた。


「…………」


 特に妙な不安など感じはしない。文面通りに解釈すればお嬢様は戻ってくるらしいが、私の足は自然とその浜辺へと向かっていた。





★★★★★★★★★★





「お嬢様!!」



 昼間に、ビーチバレーをした砂浜にお嬢様はいた。シートを敷いて、海を眺めている彼女の姿があった。私はすぐに声をかける。するとお嬢様はこちらに気がついて私の方を見た。


「先輩?」


 少し驚いたような表情。しかし少し安心した顔をしていた。


「なぜ、ここに?」


「それは私がお嬢様のメイドだからです。横よろしいですか?」


「は、はい!」


 私が横に座ろうとすると、頬を赤らめて少し慌てている。やはりかわいいお嬢様だ。


「先程手紙を見ました。浜辺に行くと。どうされたのですか?」


「いえ、お風呂でのぼせちゃったので、湯冷まし的にここに来ただけです。そしてなんだかゆったりと海を見たくなったので」


「そうですか」


 会話が淡々と続く。その度に海の波の音が響く。何度かその音を聞いたとき、私はお嬢様に話しかける。


「そういえば以前お母様にあることを言ったんです」


「?」


 少し、顔をこちらに向けてお嬢様が私を見つめてくる。


「まずはじめにお嬢様のお母様に『華蓮ちゃんは咲ちゃんが大好きね』と言われたんですが、その時私はなんて返したと思います?」


「えぇ、と?」


「あのときお嬢様もお側にいたはずですが、もしかして聞こえてなかったんですかね?」


 そう話すとお嬢様はなにか思い出したようにピンと髪が跳ね上がった。


「あ、そういえばお母さんに言ってましたね。お嬢様は私の、なんたらって。すいません、あのとき興奮しすぎて全く聞けてないです」


 またお嬢様は申し訳無さそうにまた表情が暗くなる。


「いえ、恥ずかしかったので逆に聞こえてなくてよかったです。私もあのとき高ぶりすぎてましたから」


 こちらも顔を赤らめてしまう。そんな表情に興味を湧いたのか、お嬢様は私に何を言ったのかを聞いてきた。


「先輩がそんなに恥ずかしがるって何を言ったんですか?」


「いえ、あの。お嬢様は私の『白馬の王子様』ですと言いました、すごく恥ずかしいセリフを……」


 言った瞬間、今まで以上に顔が熱くなり、穴があれば入りたいと心の底から思った。思い返すとはっちゃけていたなと思う。


「ぷはははははは」


 それを言った瞬間、お嬢様は笑っていた。


「わ、笑わないでください。自分でも恥ずかしいんですから」


「す、すいません。別に水瀬先輩のことだけで笑ったんじゃないんですよ。自分がくだらないこと考えてるなぁって思って」


「くだらないことですか?」


「はい、そうです。ずっとうじうじと悩んでましたよ。お風呂のときでも私は先輩のことを覚えてないと愚痴を吐いてしまって、それでも先輩は関係なく好きと言ってくれました。でも……」


「でもなんですか?」


「それでもやっぱり罪悪感はあるし、悲しくもあるんです。小さい頃の先輩との記憶を持ってないのが。ってな感じで先輩に終わらせてもらったはずの話を蒸し返して、やだやだと」


「お嬢様……」


 大笑いした後のお嬢様は再び海の方角を見て淡々と会話をする。でもすぐに口元は緩まってこちらを見てくれた。


「でも先輩の『白馬の王子様』ってのを聞いたら、おかしくなっちゃって。こんな平凡な私が王子様ってありえないですよ。小さい頃の私はなんかすごいなってね」


 にこりと最後に笑顔を見せられて、どきりと心臓が高鳴る。


「決めました。私」


「え?」


 するとおもむろにお嬢様は立ち上がり、そして私の前に立ったのだ。


「先輩は確かに私のことが好きって言ってくれましたが、やはりその根底は昔の私にあると思うんです」


「そ、それは」


 今のお嬢様はもちろん大好きである。それが恋心なのも私は分かっている。でも確かにもとを正せば過去のお嬢様との触れ合いがきっかけなのも間違いない。


「お嬢様、過去のことは、関係なく……」


「いえ、私は負けたくないです。昔の自分に」


「お、お嬢様……」


「まだまだ私は未熟です。先輩にも迷惑をかけるでしょう。ですが絶対に昔の私より今の私の方が先輩への思いは強いです。こんなに美しい『水瀬華蓮』さんを忘れるような昔の私に」


「…………」


 お嬢様の熱意に、心打たれて何も言えなくなってくる。そしてお嬢様はその次にこう言った。





「昔の私ではない。今の私と……、付き合ってください!!!!」







 その言葉が海に広がる。そして反響しながらも、波の音へと消えていくのであった。













★★★★★★★★★★







「ねぇ、麻也香ちゃん。あの二人あそこで何してると思う~?」


「さぁな。てか天音は分かってるんじゃないの?」


「ふふふ、なんのことかわからないや」



 ホテルの窓を開けて、外を眺めているのは鏡見咲(かがみさき)の同級生である神埼麻也香(かんざきまやか)と柊天音(ひいらぎあまね)であった。


 二人の視線の先にあるのは鏡見咲(かがみさき)と水瀬華蓮(みなせかれん)の二人。二人は見つめ合って何かを言っている姿が麻也香と天音には見えていた。


「イチャイチャしてたもんなぁ。でもあれってうまくいってる感じなのか?」


「多分そうだと思うよ。二人とも笑ってるように見えるしねぇ~。だからこそ、安心したんじゃない?」


「そうだな。咲にはずっと申し訳ないと思ってた。だってあたしら、隠れてずっとだったもんな」


「そうだねぇ」


 二人は切りが良いところで会話を終わらせると、そのままベットに向かい合わせに寝転ぶ。


「見てられないの?」


「うん、初々しすぎてさ。なんかあたしらはドロドロしてるしさ」


「いいじゃないの~。ゆっくりねっとりの愛も私は好きだなぁ」


 そして天音はするっと手を麻也香の首の後へと持っていく。そして


「今日もドロドロになるまで愛してね」


「あぁ」


 そうして二人は深く口付けを始めた。

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