第32話

部屋に戻り、全員に計算台前で起きた事を話した。そして取り調べから帰って来てオヤジに衛生係に任命された事も。


「そうだったんですか…TOYさん、…自分はTOYさんに付いて行きます!」


「自分もです!」


『有り難うな…でも…』





翌日工場へ行き、ラジオ体操をした後、いつものオヤジの訓示の途中で俺が呼ばれた。


「昨日滝川と稲本が取り調べに行ったから、今日からTOYが衛生係、そして計算係が…水元だ。」



…やはり。昨日俺が恐れていたのはこれだった。水元は稲本の派閥のNo.2。BAD MINDの中にも男気を持っていた稲本とは打って変わって、水元は通称


[ハメの水元]


と呼ばれている。自分が気に入らない奴がいると、姑息な手段を使って相手を懲罰にしてしまうボンボクラな野郎だ。


「最初は慣れないだろうから全員でフォローする様に!以上!」


全員のまばらな拍手があっていつもの作業が始まった。


運動の時間になると、案の定水元が近付いてきた。


「TOY、俺は稲本とは違ってお前とは仲良くやろうと思ってっからよ。宜しくな!」


『…水元さん、自分は昨日まで世話になった人間に手のひら返して呼び捨てにするような人間とは仲良くするつもり無いんで、そこんトコ宜しくお願いします。』


話しはそれだけだった。俺は何か言いたげな水元をシカトしてその場を離れた。


衛生係の仕事は全員の作業着や下着をまとめ洗濯工場へ出したり、食堂での配膳、食後の食器洗い等様々である。覚えるのも一苦労で俺は実にテンパっていた。


しかし色々な奴に応援された。どうやら今回の一件を期に旧稲本派の人間の半数以上が俺側についたらしい。そう、最悪な奴らを除いては。


昼が終わり、工場着を配っていると、水元と同じ部屋の臼井が俺に耳打ちしてきた。


「TOYさん、昨晩早速水元さんがTOYさんの事をハメるって騒いでたので気を付けて下さい。自分はもう水元さんには付いていけません。毎日…」


『…毎日何だ?』


「…いや、何でも無いです。失礼します。」








翌日、臼井は工場にいなかった。夜に水元に飛びかかったらしい。何があったかは分からない。だけど一つだけ確実なのは臼井は悪く無かったって事だ。


1日も早く娑婆へ出る為には他人に関わらないというのが一番だ。だが水元だけは絶対に許さない。



BAD MINDを燃やす為の闘志はしばらく消えそうになかった。

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