第5話 「名前で呼びたい」

あいつは兎に角イレギュラーすぎた。


どうして、あたしに歩み寄ろうとするんだろう?


あたしは顔のいい男を信用できないのに。
























遠足は滞りなく進んでいく。


ていうか、ただハイキングコースを歩き続けるだけのもの。まぁ、全く運動してないミーハー女子は音を上げてるだろうけど。どうして今日の遠足がジャージで集合だったのかを考えてみてほしい。これくらい、前もって予想して来い。


本人達はジャージはダサくて嫌、とか言ってたけどさ。そういう問題じゃないよね。


そりゃ、あたしだって自前のウインドブレーカーで参上したかったけど、指定ジャージだって言われたしね。スカートがいいとか言う奴は山を嘗めてるとしか言えない。


「内海ってやっぱり体力あるのな」


「やっぱりってどういうことよ」


佐間が先頭で大して息も切らさずに話しかけてくる。


馴れ馴れしい。でも、今日は仲良くするって宣言したんだから、大人しくしておこう。


「ん。だって、もう2つくらいのグループを追い越してるだろ? かなりのハイペースだったんだけどな。宮路は意外だったけどな」


あたしは普通だと思うけど。


「普通じゃないの? あと、こまは剣道してたから体力は結構あるよ。ね、こま」


「え、うん。まぁ、あんまり強くないけど」


あたしがこまに話を振ると、こまはきちんと返してくれた。


良かった。こまはもう怒ってないみたい。


「内海が普通だったら、世の中の女子の大半は普通じゃないことになると思うぞ」


「何を呆れてるわけ? あ、それからこれ以上のペースアップは止めてあげてね。こまはもう現役でやってるわけじゃないからあたしよりは体力ないから」


「心配しなくても上げたりしないよ。折角話が出来るのに、その時間を自分から削る必要もないだろ」


佐間の言葉に、あたしは何故か急に鼓動が早くなったのを感じた。


何、これ?


そんなに激しく動いたつもりもなかったのに。


「内海?」


「な、何でもない」


佐間の顔をまともに見れない。


あたし、ほんとにどうしたんだろ?


「まぁ、もうちょっと落としてもいいか」


佐間はあたしのことは気にせずに少しだけペースを落とした。


少しだけ、沈黙が続いた。


無性に、その沈黙に耐えられなくなってきた。


「佐間は、何か運動とかしてたの?」


「俺?」


少し意外そうな顔で佐間は言葉を返してきた。


あたしは無言で頷く。


すると、佐間は顎に手を当てて笑った。


「佐間?」


「取り敢えず、太るのが嫌で走ってる。それぐらいさ」


「何それ」


おかしかった。


反応もそうだけど、言い方も。変だけど、悪くない。


あたしらしくないな。なんか、調子狂う。


「俺さ、本当は入学する前から内海のこと、知ってたんだ」


「は?」


ストーカー?


一瞬、そんな考えが脳裏を過ぎった。いやいや。まさかね。


「よく、陸上競技場走ってるだろ?」


「走ってるけど……」


「俺、普段からやってるロードワークの折り返し地点をそこに設定してるんだ。そしたら、内海が走ってた」


何だ。こいつも運動してるだけなんだ。それでいい目印になる競技場を使ってて、あたしを見かけただけなんだ。


でも、知ってたうちに入るのかな?


「内海はさ、可愛いんだから。宮路が凄い小柄だから際立たないけど、結構小さくてさ、顔もいいから。だから、ああいう着替えは感心しないなって」


「結構、小さいことは気にしてるんだけど」


バスケをやってる人間として、身長はほしい。


「内海、少し論点が違う」


「え?」


「着替えだよ。インナータイツを下に着てるからって、その場でおもむろに脱ぐなよ。あれ目当てで競技場に通ってるオヤジも多いって聞くぞ」


そんなに問題なのかな?


だって、下が裸なわけじゃないし、下着を見せてるわけじゃない。


それに、男だって同じもの着て走ったりしてるわけじゃない。そこの違いじゃないかな。


「そんなわけないじゃない。それに、あたし別に可愛くなんてないし」


そう、そこだ。


だから、佐間がそこを気にするのは何か違うんだ。


「…… 話が変な方向に行きそうだ。話題を変えようか」


「あ、うん」


まぁ、男女間だろうと若い世代で盛り上がるのはY談とか聞いたこともあるけど、こういう場でする話じゃないよね。


それより、あたしが佐間と話せる話題ってあったっけ?


「いつもどれくらい走ってる?」


「あたしは休みの日なら10キロは走るかな。それからダッシュとか入れて…… 有酸素運動で持久力、無酸素運動で瞬発力をつけるようにはしてる。あと、走る前に少し筋トレしてるくらいかな。平日とかは部活だしね」


「遊ぶ時間、あるのか、それ」


「意外とあるよ。休みの日の午前中を使えば十分に出来ることだし。そしたら午後からこまと一緒に出かけたりすればいいし」


ここまで話題がかみ合うなんて思ってもみなかった。


そりゃ、あたしは顔のいい男なんて嫌いだけど。でも、誠実ならいい。


顔がいい事を自覚している男に限って、女の子を玩具か道具と勘違いしてる気がする。


「へぇ。内海って体動かしてるほうが好きなわけ?」


「そりゃ、ね。寧ろ、大人しくしてろって言われるのが辛いくらいね」


だけど、こいつは違う気がする。


「じゃ、遠足がハイキングってのは嬉しかったりした?」


「うん。ま、班員が最悪とも思ったけどね」


今はそれほどでもないけど。


それは、それだけは言わない。言ってしまえば、きっと後戻りできなくなる。それは、拙い。


「お前なぁ。まぁ、いいけどさ」


「あはは」


不貞腐れた佐間がどこか面白くてあたしは素直に笑った。


その瞬間、佐間が全力でガッツポーズを決めた。


「何?」


「いや、笑ってくれたと思って。今まで笑ってもくれなかっただろ? だからさ。そうやって、笑ってほしいなって思ってたんだ」


どこか、言葉が足りない気がした。


まだ、何か隠してる。そんな気がする。


「あたし、笑ってなかった?」


「俺に対しては」


「それは悪かったわね」


「全然思ってないだろ?」


「当たり前じゃない」


そこまで言い合って、あたしたちは笑った。


これが、あたしたちのらしさなんだ。それを、知った瞬間だった。いがみ合っても、それは相手を本当に嫌いだからじゃない。それを、今になって、初めて理解した。


あたしは、自分がしたくなかったことを、ずっと佐間に対してしてきたんだ。


後で、謝ろう。


























ハイキングコースの終点で昼食になった。


まぁ、まだ到着してないグループもいくつかある。


勿論、最初あたしと佐間がいた班もそうだ。


今なら言える。あの班にいなくて良かった、と。お互いに。


あたしも佐間も体を動かすことが好きで、それを邪魔されるのは相当のストレス。あんな、佐間に自分が可愛いんだってアピールしたい連中と一緒じゃなくて本当に良かった。


「内海の弁当、誰が用意したの?」


「あたしだけど」


佐間の問いかけに、あたしは淡々と答えた。


このあたりはあたしの家庭環境も関係してくる。ていうか、あたしが顔のいい男を嫌悪するきっかけにもなったのはあたしの家族にあるといっても過言じゃない。


「へぇ、ちょっと意外。内海って花より団子、色気よりも食い気とかそんな感じだったのに」


「間違いではないけど、花より団子のために妥協しないと言ってくれない?」


「納得」


まぁ、普段はこうして茶化して答えてる。


あたしのキャラがこういうので固まりつつあるのも問題ではあるんだけどね。


「いつか、ホントのこと聞かせてもらえたりする?」


「ッ!」


気付いた?


「無理強いはしないから」


絶対に、気付かれてる。


でも、そこに触れてこない優しさに感謝。それは、まだ他人の域を出ない相手に話すことじゃない。


「それはそうと、食べ終わったら少し散歩行かない? 集合までは少し時間あるでしょ?」


「それは、別にいいけど」


さっきの話の後だと裏を感じてしまう。


でも、コイツならいいかという気持ちも芽生えつつある。それは、あたしが佐間を認め始めてるってこと?


難しく考えることないか。それはあたしの性分じゃない。


「佐間。弁当食べながらでもいいなら話聞くよ。場所、変える?」


「喜んで!」


本当に嬉しそうだ。


あたしたちは他の班員に断って場所を変えた。


既にこまはトシと一緒にどこかに行ってる。同じことをあたしは佐間としようとしてる。


「ここでいっか」


「うん」


周りには誰もいない。


出発前のあたしなら絶対に佐間を殴ってるシチュエーション。でも、今はそういう気も起こらない。


「俺がさ、ここまでしつこいことどう思ってた?」


「殴りたかった」


あたしは即答した。


「本気だろうなぁ」


佐間が少しだけ嫌そうな顔をしてた。


だけど、あたしが何か言うよりも早く口を開いていた。


「俺、内海のこと好きだ。一目惚れだった。あまり、これ信じてもらえないだろうけど。本気。やっと、話できるようになったから。俺がどういう意図で内海に近付いたか、知ってほしいんだ。


 俺、まだ内海と付き合うとか、そういう答えは急がないから。少しだけ、考えてほしいだけなんだ」


「考えるって」


それだけでも急すぎる。


第一、信じられない。一目惚れ? そんなこと現実にあり得るの?


そもそも、その相手があたしってどういうことよ。


「だから、ゆっくりでいいさ。でも、待ってる分だけ、役得もほしいな」


「何が望みよ」


少し、嫌な予感がする。


キスしたいとか言われたら、あたしはどうするんだろう。


「俺、内海のこと」


やばいやばいやばい。どうする、あたし。


「名前で呼びたい」


へ?


「名前で?」


「あぁ」


「それだけ?」


「勿論」


それが、役得? まぁいいけど。


「じゃ、呼んでいいよ」


「マジ? ありがと、愛。じゃ、愛も俺のこと名前で呼んでよ」


「はぁ!?」


一体どうしたらそんなことになるのか。


いや、理解できない。


「俺だけ呼ぶのもどうだろうって思うし、仲良くなれたんだし、記念と思ってさ」


「記念、ねぇ」


記念かどうかは知らないけど、呼んでやってもいいかな。


「仕方ないから呼んであげるわ。下僕」


「それ、名前じゃない」


「はぁ。秀平。これでいいんでしょ?」


まさか、あたしがトシ以外の男を名前で呼ぶことになろうとは。


ま、友達にでもなれればいいかな。こまだって名前で呼んでるんだし。友達になれれば名前で呼んでもいいんだろうし。


「じゃ、今度こそヨロシクね、秀平」


「あぁ。よろしくされた」


「うわ、すっごい上から目線。あんた何様?」


「俺様」


…… 言うんじゃなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る