第4話 「今すぐ窓から飛び降りろ」

はっきりと言わせてもらいたい。


うん。むかつく。理解できない。


そろそろ死ねばいいと思う。

























結局、班は変えられないまま遠足の当日を迎えてしまった。


「怖いよ」


朝一番でこまに言われたのがそれだった。や、それはそれであたしだってショックだ。


でも、これぐらいしとかないと奴はあたしに寄ってくる。それは間違いない。


「ねぇ、愛。そんなに佐間君のこと嫌?」


「嫌に決まってるじゃない。あんな女誑し」


「あのー内海。聞こえてんですけど?」


あたしの後ろに奴がいた。


「当たり前じゃない。聞こえるように言ってやってるんだから。それとも、女誑しの自覚ないの? それならいい病院紹介してあげるわ」


「じゃあ、俺はお前に最高の眼科を紹介してやる」


「あたしは精神科ね」


あたしたちは暫く睨みあった。


こまに至ってはすでに諦めているのか、あたしに話しかけようとしなかった。


実は既に精神科は調べてある。まぁ、実際に使うことはないだろうけど。


「ま、今日は仲良くやろうぜ」


「お断りよ」


奴の言葉に即座に否定を返す。誰があんたなんかと。


あたしはこまと楽しくやるわよ。


「愛。そろそろ落ち着いたら? それに、私は佐間君の意見に賛成させてもらうから」


「裏切るの?」


「裏切るも何も。こうして班になってるんだから。佐間君を嫌ってるのは愛一人だし。だから、愛が納得してくれれば問題はないんだけど」


孤立無援、四面楚歌とはこういうことをいうのかもしれない。


いや、この戦いは止められない。止めるわけにはいかない。奴があたしに寄ってこなくなるその日まで。


「じゃ、佐間が出てってよ。そしたらあたしは皆と仲良く出来るよ」


「意味ないじゃない。少しは大人になってよ」


どうしてこまとまで喧嘩をしなきゃいけないんだろう。


それもこれもあいつがいるせいだ。あいつさえいなければこんな風にこまと喧嘩しなくても済んだのに。


「愛!」


あたしがもう一度奴に突っかかろうとしたのがわかったのか、こまが鋭い声を出した。


こういう時のこまに逆らうといいことはない。それを知ってるからあたしは黙ることにした。


「はぁ。ここまで意固地にならなくてもいいじゃない」


こまの溜息を意識しながら、あたしは心の中で奴を叩きのめしていた。それぐらいしかあたしには許されてないみたいだったから。


でも、何でこまはあいつを庇うんだろ? こまだってチャラ男は嫌いなのに。


























あたしは今、非常に機嫌が悪い。


それもこれもこの座席の所為だ。


いや、座席と、奴の所為だ。


あたしは窓側に座りたかったけど、あたしたちの班に割り振られたバスの座席の窓側は先日の籤で決められていて、あたしは通路側だった。


それだけなら、まぁ運がなかったかなと諦めるよ。諦めるけど。今回は諦めきれない理由がある。


「内海。こっち睨むな。怖いから」


奴があたしの隣だった。


ふざけろ。


「今すぐ窓から飛び降りろ」


「いや、死ぬし」


「死ね」


そこまでしてあたしに遠足を楽しむなと言いたいか。あたしに物事を楽しむ権利はないといわれてるみたいだ。


早速、高校選びで失敗した気がする。


「ふざけんな」


「ふざけてないわよ。今すぐ窓開けたら? あたしが突き飛ばしてあげる」


「そんな世話いらねーよ。つか、何でそんなに俺を嫌うわけ?」


「この前言ったでしょ」


あれだけ言ったのに、何もわかってくれないのに腹が立つ。


寄ってこなければここまで敵意を剥き出しにしなくても済んだのに。ただ気に入らないだけの赤の他人で終わったのに。


どうして態々近付いてくるの?


あたしにはそれが理解できない。


「内海」


「呼ぶな。その口で、あたしのことを口にするな」


「聞けよ。俺、今まで誰かと付き合ったことない」


「寝言は寝てから言って」


そうよ。そんなことあるわけがないじゃない。


「本当だ。嘘だと思うなら俊之に、大塚俊之に聞け。あいつなら全部知ってる」


「は? あんたトシの何? トシの名前出せばあたしがあんた信用するとでも思ったの? 頭の中年中お祭りなの?」


「もういいよ。ただ、俊之には話を聞いてくれ」


それきり、奴は何も言わなくなった。


最初から何も言わなければいいのに。


ていうか、何でトシ?


かなり不満はあったけど、あたしはトシにメールすることにした。トシへの初メールがこんなのだなんて。


むかつく。


大体、何であたしがこんな奴の為にトシにメールしなきゃいけないのよ。そうだ。別にする必要もないか。話を聞いたところで何かが変わるわけでもないし。


真剣になりかけてた自分が馬鹿みたい。こんな奴、何で真剣に相手しなきゃいけないのよ。それこそ馬鹿じゃない。


じゃ、ちょっと寝ようかな。おやすみー。


























「起きろ」


随分と乱暴な起こし方だった。この起こし方はこまじゃない。あいつだったら嫌だ。あいつだったら絶対に起きてやんない。


そう思って、あたしは薄っすらと目を明けて相手を確認する。


あれ?


「トシ?」


「そうだ。愛ちゃん。ちょっと、時間いい?」


トシは、怒ってた。でも、理由がわからない。


「愛ちゃん、秀平の話を一度でも真面目に聞いた?」


「は? 聞くわけないじゃない。トシも知ってるでしょ、あたしがチャラ男が大っ嫌いだって」


当たり前のこと言わないでよ。


そんな奴の話なんて真面目に聞く価値もない。


「あのさ。俺、秀平とは小学校の頃からの友達なんだ」


「出てって」


トシがあいつの友達? だったら、トシもあいつと一緒なの?


そう思うと、急にトシを許せなくなった。


「待って。俺は、付き合うようになったのは、こまが初めてだったよ。秀平は、今まで誰とも付き合ったことはないんだ。皆、顔を見て寄ってくるから。それが、あいつは嫌で仕方がないってずっと言ってきたんだ」


「信じられない。信じる価値もない」


「先入観だけであいつを見ないでやってくれないか? 今日一日だけでいい。せめて、今日だけは、普通に話してやってくれないか?」


今日だけ。


でも、あたしは悪くない。顔で寄ってこられるのが嫌なら、もう少しぐらい髪型とかダサくしてみればいいじゃない。


なのに、あいつは普通にセットしたりして、いかにもアイドルですみたいな見た目にしてる。それは自業自得じゃない。


「絶対に嫌。それがトシの頼みでも、こまのお願いでも、絶対に嫌。


 ねぇ、トシ。もう、2度とあたしの前で奴の話なんてしないで。そんなことされたら、あたしトシのこと嫌いになっちゃう」


「愛ちゃん。誤解してない? 俺、頼んでるわけじゃないんだよ。俺、怒ってるんだよ」


「え?」


怒ってる。それはわかるけど、そんな激しく怒ってるとは思わなかった。


でも、確かに、少し、怖く見えてしまう。


「愛ちゃんだってこまのこと馬鹿にされたり、変な風に誤解されたら怒るでしょ?  それと同じこと、愛ちゃん、今してるんだよ。秀平のこと、あんな風に言って。こまにも同じようなこと相談したでしょ? こまは秀平が俺の友達だって知ってるから。だから、こまもいい顔はしなかったでしょ?


 友達馬鹿にされて、それでも笑って許せるほど俺は人間できてない。今日一日だけ、秀平と普通に話してみてくれ。普通にいてやってくれ。そうすれば、少しくらい、あいつのことわかるから」


怒ってても、相手に理解させようとするのがあたしがトシのこと気に入ってる理由。そうじゃなきゃ、こまを奪ったとか言って、きっと喧嘩してたと思う。


「今日、だけだよ」


「それでいいよ。その先は、好きにしていいよ」


あたしは、その後トシが何か言ってたのはわかったけど、何を言ってるのかを聞き取れなかった。


でも、後になって思う。


あの時、聞き出そうとしなくてよかった、と。そうしていたら、あたしはトシのことも、こまも、あいつも、ずっと嫌いでいて、今のままの自分でいたと思うから。

























「やーお待たせしました」


当然、あたしは集合に遅れてた。


「遅いよ。ちゃんと、起こしてもらった?」


「うん」


こまと言葉を交わして、一瞬だけあいつに目を向けてみる。


少し、落ち込んでるようにも見える。


トシが言ってたのって、こういうことなのかな?


ふぅ、と小さく嘆息してあたしはあいつの、佐間の肩を叩いた。


「佐間。今日は、取り敢えず仲良くしてあげるわ」


「っ!?」


佐間は凄く驚いてた。


そんなに驚くことかな? でも、まぁ、好きにすればいいんじゃないかな?


あたしはトシといると思って少しだけ仲良くしてあげる。それでもいいんじゃない。


「愛、進歩したね」


「どれくらい?」


「三葉虫」


…… こまさん、それは厭味ですか?


「冗談」


笑ってるけど、目だけ笑ってない。


ということは、こま、本気で言ってる。


ちょっと待って。今、三葉虫なら、その前は何だったの? あたし、何から三葉虫に進化したの?


「内海、俺達遅れてるんだから漫才は後にして早く行こうぜ」


「ちょっと佐間。急に仕切らないでよ」


「仕切るよ。俺、班長だし」


誰が決めたのよ。


そう思って、周囲を見回すと、皆がしきりに頷いてた。


あ、そういうこと。あたしが話し合いに参加してない間にあいつが立候補して、それで即決だったんだ。


「わかったわ。今日だけは言うこと聞いてあげる。その代わり、あとであたしの言うこと聞いてもらうからね」


「いいぜ、聞いてやる。だから、今日は黙ってついて来いよ」


佐間はにやりと笑った。厭味みたいなのに、それを厭味と感じない。それが、佐間のらしさなのかな?


ずっと、目をそむけてきてたから見えてないんだと思うけど。でも、見てても知ろうとしなければ何も知れなかったはず。


「楽しませてよ、班長」


だから、少しだけ、あんたの人間性、見せてもらうから。

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