第31話 青年が仮に一騎当千の兵だとしても実際千人相手にできるわけもなく
ファイヤーウォールで敵軍勢を分断するというレイトの戦術は図に当たったわけだけど、根本の戦力差を埋めきれたわけじゃあなかった。
予備兵力まですべて駆り出し打って出た歩兵はしかし、ファイヤーウォールの持続時間が切れるまでに前衛を倒し切ることができなかったため戦略的撤退を余儀なくされ、門を閉ざしての防戦になる。
映画ランボーもびっくりのグロ描写が目の前に繰り広げられるのでレイトのSAN値がゴリゴリと削られていく。
あ、いや、そんなパラメーターがあるわけじゃないよ。
比喩だよ、比喩。
もちろん、防衛部隊は必死に戦っているし、レイトやアシュレイは攻撃魔法で応戦する。
ビルヒーだって回復魔法で負傷兵の手当てをしていたけれど、戦況は悪くなるばかりだ。
「まずいぞ」
一度壁の上の前線に出たソフィアとヴァネッサが血みどろになって帰ってくるなりそう漏らした。
状況は逼迫している。
今日は何とかしのげても明日はどうか判らない。
それが二人の見立てだった。
砦にこもってからの隊長の指示は非常に明確で、飛び道具は徹底的にオークを狙い大型のモンスターは無理に倒そうとするなと言明していた。
ソフィアたちは試しにオーガ、サイクロプス、トロールと一体ずつ倒してみたが、二人がかりでも相当骨が折れるといっている。
(っつーか、お前ら相当強いだろ? 砦の兵なんて四、五人で囲んでいても誰か一人は大怪我してるようにみえたぞ)
そのとーりっ!
一見、一進一退にみえた攻防は日暮とともに終了した。
「状況は?」
隊長と共に戦況報告を聞く冒険者たち。
「まずは敵へのダメージですが、確認できた範囲でオーク49体、オーガ九体、サイクロプス13体、トロール八体を倒しました」
(少なっ)
そういうなよ、レイト。
「味方の戦死者88名。現在、魔法による治療を施しているものの明日の戦線復帰が難しい者が62名にのぼると思われます」
「損耗率26%か……」
(うはぁ、近代戦なら撤退を考えるレベルだ)
ここは剣と魔法の世界だよ、レイト。
「それは状況としてはどんな具合なんだい?」
基本、個人戦しか知らないヴァネッサが訊ねると、
「俺の経験上、兵の損耗率が50%を超えると守備に穴が開く。すると逃げ出す兵も出てくるから戦いにならんな」
「今日と同程度の損耗率だとすれば50%を超える危険があるのではないか?」
他人事のようにいうあたりソフィアも大規模戦闘は初めてらしい。
「あるのではないか? ではない、彼我の損耗率を考えるとなにか手を打たにゃ確実に崩壊するぞ」
とはいえできることなんて限られている。
「お、俺たちも明日は本格的に戦おう」
「いや、お前たちはこれから闇に紛れて魔王領へ向かえ」
「なに!?」
「お前たちの使命はこの砦を守ることじゃなかろう? お前たちはお前たちの使命をまっとうしろ」
「でも……」
「気にするな。俺たちは砦を守るのが使命だ。それぞれがそれぞれの使命を全力で遂行する。それだけだよ」
気負いもない穏やかな口調は覚悟の決まった男のものだ。
かっこいいね。
「心配するな、いつものことだ。隊長はいつも我々の大半を死地から救ってくれた」
副官もそういって冒険者の旅立ちを後押ししてくる。
イカすなぁ、男装の麗人。
夜陰に紛れて出発するため馬車を置いていかなければいけなくなった彼らに
「
と、隊長に渡されたのは冒険者
背負い袋になっているそれは、袋の口から入れられるサイズならば見た目の十倍も入る優れもの。
しかも入れたものの重さがほとんど感じられない。
レイトなんか本当に入っているのかと何度も覗いて確認したほどだ。
冒険セットのほとんどをその背負い袋にしまった冒険者たちは隊長と副長と固い握手を交わして王国側の門を出る。
少し遠回りになるのは仕方ないのだけれど、拓けた街道をそれて森の中へ入り、日が昇り木の間隔がまばらになるまで歩き通す。
ようやくテントが張れるスペースを見つけて設営すると、全員でその中に入って雑魚寝する。
「隠匿の」とついているこのテントは、文字通り設営者以外からはその存在が知覚できなくなる五、六人用の魔法のテントだ。
中に入ると外の気配も遮断されるらしく、彼らは魔王領だというのに何の心配もなくぐっすり眠ることができた。
もっとも、何度もいうけどレイトは寝ると一瞬でスッキリ爽快な朝の目覚めを体験できるのだけどね。
「朝?」
お、気づいちゃったね。
そう、なぜか爽やかな朝だった。
昼を少し過ぎたくらいに寝たのに目覚めたのは翌日の朝、他の四人も一度も起きることなくレイトと共にグッドモーニングとなったようだ。
(こんな仕様だから微妙に現実味がないんだよなぁ)
いいじゃないか、ボヤくなよ。
テントを片付けて携帯食をかじりながら林の中を北へと進む冒険者たち。
魔王領は確かに砦の人たちが言っていたように手強いモンスターが多かった。
死を連れてくるという黒い犬ヘルハウンドは素早くなかなか攻撃を与えられなかったし、ヒュージグリズリーはデカくて硬くてこちらのダメージがなかなか通らないのにベアナックルの一撃がしんどいほど重いとか反則級の強さを持っている。
下半身が蜘蛛や馬のモンスターもやっかいだ。
なんせ人並みの知能があるのに好戦的で野蛮なんだから。
アンデッドはより醜悪で単なるアンデッドより知能のある
吸血鬼なんて魔法か魔法の武器じゃないとダメージが与えられないんだから困ったものだ。
そんな体力も精神力も魔力も生命力もギリギリの中、彼らはひたすらに魔王のいるだろう城を目指す。
もちろん、「魔王」っていうくらいだから城にいるに違いない……という考えなだけであって、それがどこにあるのかなんて前人未到の魔王領を進む人の身では判ろうはずがないのだからいかに無謀な冒険なのかが判る。
しかも、出会う敵出会う敵片っ端から倒していればさすがに魔王側にも彼らの情報がもたらされているとみなければいけないわけで、いつ組織的な敵に襲われるかと日毎に警戒レベルを上げなきゃいけない。
魔王領に入って十日以上経ったある日、ついにその時は来てしまった。
明らかに組織的な武装集団が近づいていた。
彼らにとって幸運だったのは、最初に敵を発見したのがヴァネッサだったことだ。
やり過ごせるならそれに越したことはなかったのだけれど、世の中そんなうまくはいかないらしく、ついに彼らは敵に発見されてしまう。
相手は魔族らしい十人以上の武装集団だ。
多勢に無勢と逃げの一手を打ったのはいいが、敵に追いすがられて二度三度と交戦。
その都度一人二人と倒してきたレイトたちだったが、ついに三方を高い崖に阻まれた袋小路に追い詰められてしまう。
「しまった、行き止まりだ」
「また見つかるのも時間の問題だな」
「こんなところで交戦なんて分が悪すぎるよ」
「みなさん、そこに洞窟が」
ビルヒーが指さす先にはなるほど人が入れるほどの亀裂が走っている。
「考えている暇はないな、とにかく中へ入るぞ」
逃げる先に一縷の望みを託して五人の冒険者は亀裂の奥、洞窟の中へと入っていった。
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