第30話 青年は槍に漢のロマンを感じ、軍師ばりの策を弄する

 村はずれを開拓していた元冒険者家族と鍛冶屋の親父の証言を受けて、レイトたち冒険者は村を守った英雄として報奨を受け取った。

 大きいとはいえそこは村、多額のお金があるわけもないし、むしろ彼らにとってはお金より旅を続けるための食料などの方がありがたかったので現物支給にしてもらう。


「助かったな」


 ヴァネッサが面倒くさい買い出しもしなくてすんだと馬車の中でホクホク顔だ。


「しかし、困ったな」


 と浮かない顔をしているのはむしろソフィアの方だった。

 本当ならレイトがする表情だぞ。


「この先には王国の国境砦しかないが、そこでレイトの武器が調達できるだろうか?」


「なるようになるだろ」


「ヴァネッサは本当に楽天家だな。羨ましいよ」


「レイトさんは魔法剣士ですし、最悪武器がなくても戦えますし」


 と、慰めにもならないフォローをするのはビルヒー。

 それにアシュレイが反論する。


「白兵戦力が二人というのは心許ないよ。ヴァネッサとビルヒーが別行動したガーゴイル戦で実感したんだから」


「いやいや、鍛冶屋の親父の好意で五本も剣をもらったんだし、大丈夫じゃないかな?」


「国宝級の剣であの始末なんだぞ。この先そんななまくら何本あっても足りない気しかしない」


「逆にあんたは心配性なんだよ、ソフィア」


 しかし、ソフィアの心配は現実になる。

 砦に着くまでにもらった五本の剣をすべて使い潰してしまい、レイトの手には王都を出るときに予備として持ってきた「鋭利な鉄の剣」一本しか残っていなかった。


「そりゃあ、災難だったな」


 砦の隊長はこともなげにいう。


「ここならもっとマシな剣を提供できる。それに、ここから先はゴーレム系はあまり出てこないだろう」


「もっとも、出会うモンスターはゴーレムよりやばい敵ばかりですけどね」


 副官として隊長のそばに侍っている男装の麗人が怖いことを言うので、ビルヒーの背筋にもぞもぞとなにかが這い上がってくる感覚が走る。


「どんなモンスターがいるのか教えてもらえないでしょうか?」


「百聞は一見に如かずです」


「は?」


「領域に放っている斥候が今しがた報告してきた。明日にもここにモンスターが来るとさ。実際戦ってみろ」


(はー、こういう最前線にいる隊長キャラってのはどうしてこう型破りなんだろうね?)


 キャラって……まぁ、確かにありきたりなキャラだけど。


「武器は鍛冶場に行って好きなやつを選んでいいぞ」


 と言われたので、レイトはソフィアとヴァネッサと連れ立って鍛冶場に足を運ぶ。

 蒸し蒸しとする熱気の中、何人もの鍛冶師が槌を振るっていた。

 壁には打ち上がったばかりの武器がなかなか無造作に並んでいる。

 鍛冶場の奥には斧や槍などに仕上げる工房が併設しているようだ。


「こんなに武器にバリエーション作ってどうすんだろ?」


 素朴なレイトの疑問に斧柄を取り付けていた男が耳ざとく答えてくれた。


「そりゃあお前、それぞれ得意な得物ってのがあるだろう。お前さんだって剣が得意なんじゃねぇのか?」


 たしかに「得意な武器は?」と聞かれれば、使い慣れた剣だと答えるだろう。

 けど、日本でオタクをやっていたレイトとしては、大規模戦闘は槍で統一した方が有利なのを知っている。

 地球では、世の東西を問わず銃による近代戦以前の主力兵装は弓と槍と相場が決まっていた。

 ファンタジーものではなぜかみんな剣で戦ってるけどね。

 てなわけで、レイトは文献知識による槍の有用性を信じて自分の身長の二割り増しほどの長さにしてもらった槍を使うことにした。

 新しく手に入れたものは使いたくなるのが人情ってもんだ。

 レイトは訓練場に移動してソフィア相手に槍を試してみることにする。

 不慣れな武器ながらその倍以上のリーチで互角以上に戦うことができたことに満足して、隊長のところに戻ってくると、


「どうした? 騎士にあるまじき表情だぞ?」


 と、隊長にからかわれるソフィアであった。


「人のことは言えないでしょう」


 と返された隊長は眉間の皺を深くしてガシガシと頭をかく。

 フケ、飛んでますけど?

 風呂、入ってますか?


「斥候からの報告がな、かんばしくないんだ」


「どう言うことですか?」


「いつもより数が多くて種類も多い」


 副官の補足によると、いつもならゴブリンやオークが百から百五十体で襲ってくるらしい。

 砦の兵士は常時二百人は戦場に出られる程度には詰めているし、ゴブリンやオークなら一対一で遅れを取ることもない。

 たまにオーガやサイクロプスが襲ってくることもあるらしいけれど、そう言う時は二、三十体なので数を頼んで撃退できるのだという。

 ところが、今回はオークだけで百以上、そこにオーガとサイクロプス、それにトロールが合わせて四十体以上いるのだという報告が入った。

 これはもうモンスターの襲撃というよりモンスター軍団の進軍だ。

 冒険者たちは互いの顔を見合わせる。


「なるほど」


 隊長も彼らがこの砦を訪れた理由は最初に聞いている。


「つまり、この砦の向こうは『魔の領域』ではなく『魔王領』になったってことなんだな?」


「こんなに早く魔王がモンスターを掌握できるなんて想定外だけど、遅かれ早かれ魔王軍が攻めてくるだろうってのは判っていたことさ」


(シナリオ的に言ってもね)


 ゲーム思考から離れなさい、レイト。

 でも、そういう風に割り切って考えた方が冷静でいられるかもしれないね。


「副官、今日は見張り以外全兵に休息を命じて明日に備えるよう……おっと、一小隊割いて王都に向かわせてくれ。増援部隊を要請しておこう」


「かしこまりました」


 副官がカツカツとぐんの音を響かせて出て行く。


「君らもできるのならゆっくり休むがいい。明日は頼りにしているぞ」


 なんて言われてぐっすり寝られるやつなんてよっぽど肝の据わった……って、ぐっすり寝たなぁヴァネッサとレイト。

 もっとも、レイトの方はこの世界に来てからの仕様で「寝る」と一瞬にしてすっきり爽やかな朝を迎えてしまうからなんだけど。

 装備を整えて砦の城壁に登ると、そこにはすでに隊長と副官がいた。


「よう! ぐっすり眠れたか?」


「おかげさまで」


 と、答えたのはレイト。


「勇者様はさすがだね」


 そんな軽口を受け流して、彼は砦の外に視線を向ける。

 防衛しやすいように障害物を綺麗に排除した下りの丘陵地帯の先に魔王軍が見える。

 下を見ると日本のお濠より幅も深さも倍はある空壕からぼりが掘られている。


(巨人系モンスターにはこれでも心許ない気はするな)


「作戦は?」


 武者震いなのかさっきからふるふると震えているソフィアが上ずる声で聞く。


「いつもならうってでるんだけどな。正直どうすりゃいいか迷ってる」


 副官が補足するには人間相手と勝手が違うのでいつもなら籠城戦は取らないのだという。


「オークはともかくオーガたちには並の矢じゃ効かねぇんだよ」


 なるほどとレイトも納得する。


「攻撃魔法が使えるやつがもう少しいりゃあな」


 砦の悩みは飛び道具の攻撃力不足の深刻さのようだ。


「なら、先制攻撃は俺らに任せな」


 と、アシュレイの肩を抱き寄せるレイト。

 ナチュラルにセクハラしてるぞ。

 まぁ、嫌がってる感じはないけど。

 二人は十分に敵軍を引きつけてから危険度が高いオーガやサイクロプスなどが比較的集まっているところを狙ってファイヤーボールを放つ。

 ファイヤーボール自体は砦の魔法使いでも使えるが、二人のファイヤーボールは3LVで、威力も範囲も1LVのものより二割り増しだ。

 先制攻撃を喰らって魔王軍は突撃を始めた。

 この辺りは人間より知力の低いモンスターゆえのことだろう。

 レイトのタイミングを合わせた指示の通り、迫り来る魔王軍のなかほどにファイヤーウォールを作り出すアシュレイ。

 この火の壁でモンスター軍団は分断され、砦側は一時的に数的有利な状況になった。

 レイトくん、なかなか策士ですなぁ。

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