VRの世界篇

たびはふたたびの章

第23話 青年は仲間と共に王都にたどり着く

 レイトたちは、ようやく王都の見えるところまできた。

 となり町まで二、三日かかっていたのが、朝町を出れば夕暮れ前には着くようになり、今日は昼には着きそうだ。

 道幅は広くなり行き交う人も多く商隊だろう馬車の列もひっきりなしに行き交っている。

 人々の服装もミレーの落穂拾いで描かれている農婦のような野暮ったいものからレンブラントのフランス・バニング・コック隊長の市警団に描かれている人々のようなものにかわっている。

 まあ、レイトには落穂拾いはともかく、なんちゃら市警団なんて言っても判らんちんだろうけどね。

 王都は高い城壁に囲まれたたいそう立派な街のようだ。

 レイトにはまだ知りようもないことだけれど、街は古い市域である丸い城郭に囲まれた貴族地と星形要塞として拡張された下町とでできている。

 外郭は深い堀で囲まれ、王城から放射状に伸びる四本の主要道を跳ね橋で繋いでいる。

 跳ね橋は朝の合図とともに降ろされ、日暮れの合図で跳ね上げられる。

 王都への入場には通行証が必要で、王家であっても例外はない。

 もっとも、王家が発行するのだから王様はいくらでも新規発行できるんだけどね。

 まぁ、ご多分にもれず警備はわりと雑でルーズ。

 たぶんいくらでも警備の目を盗んで侵入できるだろう。

 そもそも通行証にしたって偽造防止の仕掛けがあるわけじゃなく、たとえば冒険者はギルドが発行した通行証を持っているのだけれど、見せればほとんどフリーパスだ。

 むしろ、村長や町長発行の市民パスの方が厳重に調べられるとか、どうなってんだ?

 それはともかく、レイトたちは騎士であるクリスがいることも幸いしてか楽々と王都に入場した。

 下町区域は雑多で猥雑、人が多いこともあって騒がしく臭いがきつい。


(あれ? 臭い!?)


 そう、ニオイ。

 レイトが匂いを感じたのはクリスティーンと二人で地下迷宮をさまよっていたとき、第二階層ボスのメイジと戦った際の一度きりだ。

 あの時は唐突に匂いを感じた。

 つまりあの時はイベントとして匂いが与えられたのだ。

 嗅覚以外の五感はだいたいあったのに嗅覚だけがあの一度きりであったのはなぜだったのだろうか?


(処理能力?)


 そんなわけあるか!


(……ま、いっか)


 …………いいよいいよ、いつものことだ。

 ホント、主人公適性高いな、レイトは。

 たくましいよ。

 それはともかく、不衛生感バリバリむせ返るような臭いの下町を後にしてまっすぐ円形城郭に囲まれた貴族街を目指す。

 ここもまた四箇所の城門がある。

 当たり前か。

 この城門はさすがに通行審査がしっかりしていた。

 と言っても、騎士としてそれなりの地位にあるクリスを門番が知らないはずがなく、そのクリスがどんな使命をおびて王都を出発したかも理解しているようで、簡単な身体検査を受けただけで通行を許された。

 内郭に入ると視覚情報のクオリティがまた一段上がった。

 必要以上にリアリティを強調して逆に作り物感があった景色や人物がごく自然にそこに存在しているという確かな実感を得られるまでにアップグレードされている。

 その代償なのか、解像度が明らかに落ちた。

 TFT液晶のフルHDハイビジョンからブラウン管モニタのSD画質で16ミリフィルム撮影のドラマを見せられている感じだ。


(モヤるなぁ……)


 確かに輪郭がぼやけ気味だな。

 しかし、それに合わせて自分の視覚が本来の情報をすべてうつしてくれているんだから、いいじゃないか。


(ま、これでとりあえず五感を取り戻したってことでよしとしよう)


 よっ、さすが主人公!


 クリスが凱旋したことが王城に報告されたのだろう、ほどなくして豪奢な四頭立ての箱馬車がギャロップで飛んできた。


「姫ー!!」


 急停車の馬車から転がるように飛び出てきたのはいかにも「じいや」と言った身なりのおじいさん。


「セドリック」


「おお、まさに、まさにまごうことなきクリスティーン様であらせられる」


 と、ぼうの涙を流してむせび泣く。

 しばらく泣かせていた同行者であったけれど、やがて「セドリック様、往来ですぞ」と王城へと戻る準備を促す。


「おお、そうであった。姫、ささ、こちらへ」


 と、乗ってきた馬車にエスコートする。

 馬車に乗り込むと、とっとと出発していってしまった。


「いやあ、清々しいほど爆無視かまされましたけど」


 思わず口を吐いても仕方ないよねぇ。

 ヴァネッサも開いた口が塞がらない。


「お前たちのことは、私が責任持って報告する。姫の救出はお前たちの協力がなければなせなかったことだからな」


 なんのかんのと面倒見がいいクリスである。


「お兄様」


 と、心地いいアルトの響きが耳を打つ。

 人好きのするハスキーなヴァネッサやイメージ通りの落ち着いたクリアなソプラノボイスのクリスティーンとは違う声色だ。

 振り向くとクリス似の女性が鎧姿で近づいてきていた。

 女性騎士の鎧は機能より見た目を優先しているのか、細身で着用者をスレンダーに見せている。


「ソフィア。心配かけたようだな。私はなんとか生きて戻ってこれた」


「ご無事で何よりです」


 と、ハグをする。


「ところで……」


 と、ソフィアはクールな印象を与える切れ長の目でレイトたちを一瞥いちべつする。


「この者たちは?」


「旅の仲間だ。私より先に姫をウィザードから救い出し、姫を護りながら地下迷宮を攻略した勇者だよ」


「勇者……」


「ああ、勇者だ」


 そう言われたソフィアは、数歩進み出て胸に拳を当てて一度目を伏せる。


「失礼をした。兄を助け、姫を取り戻してくれた恩人への非礼をお許し願いたい」


(かったいなぁ)


 そうゆうてやるなよレイト。

 ボーイッシュな美人さんはこれくらいの方が似合うと思わないかい?


「礼はいいからそろそろ移動しないか? 人だかりができてるし」


 と、ヴァネッサが居心地悪そうに辺りを見回す。


「そうだな。帰城報告もせねばならん。積もる話は道々といこう」


「判りました。お兄様」


 セドリックに連れ去られたクリスティーンの代わりにクリスの妹ソフィアを加えた一行は、メインストリートの緩い坂道をゆったりと進む。

 小高い丘の上に建つ王城は質実剛健で飾り気もないいかめしいものだった。

 内郭である貴族街の街並みも古めかしいことからも古い代から変わっていないんだろう。

 外郭の平民街の方がむしろ街並みが新しい。

 それだけ王都は平和だったと言ってもいいのだろう。

 そんな街並みを見ていると、レイトはクリスたちがどれほど騎士としての務めを果たしてきたかがおもんぱかられる。

 21世紀日本の大学生からみてちょいちょい思想・言動に相容れないものがあったとしても、彼らがこの世界で当然の責務ってやつをまっとうしていることは尊敬に値する。


 王城警護はこれまでになく厳重で、剣は鞘に納めて腰に吊るすいわゆる帯剣こそ許されたもののすんなり抜けないように留め金で留めるように指導され、それ以外の武器どころか持ち物すべてを取り上げられてしまった。


「城を出るときに返しますよ」


 と、報告のため別行動になったクリスの代わりに残ったソフィアは言うけど、有無を言わさず取り上げられたことにはやっぱり納得のいかないレイトであった。

 案内されたのは来客用の控え室で、人数なのか身分のせいか、こぢんまりとした小部屋だった。

 とはいえ狭いながらも王城の控え室、質素ながら美しい木製のテーブルとそれに合わせた木製のイスが四脚。

 椅子の座面と背もたれは布張りで座り心地は上々だ。

 一息ついた頃を見計らって持ち込まれた飲み物は心地よい温度に調整された薬草茶で少し苦味があるのが逆にアクセントになっている。

 給仕の女性は残念ながらメイド服は着ていない。


(まあ、あのメイド文化は産業革命以降のものだっていうしな)


 どれくらい待っただろう?

 ご丁寧なノックの後、セドリックが


「国王陛下が謁見を許される」


 と、声をかけてきた。

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