第12話「インセプション」
もし街が無事なら、一人くらい生存者がいるのではないか?
そんな安易な考えが頭にふっと浮かんだ。
ニュースで災害の映像を見ると「これでは無事で済まない」と嫌でも理解できる。
それはこの街も例外ではない。当時から今までずっとそう考えていた。
だけどこのスカイツリーの麓なら。
「…………」
「えっ」
声が突然後ろから聞こえた。
思わず振り向いて、でも誰の姿も見えなかった。地面にも空中にもその声の主はいない。
気のせいだったか? 確かに、いや、聞こえたに違いない。それとも過ぎた孤独による幻聴か?
「……………………」
今度は聞き逃すまいと、立ち止まって目を閉じて、話しかけられるのを待った。
わたしはここにいる。どこにも行かないから、はやく喋ってくれ。頼むから早く。
今度はおそらく、いや間違いなく、声がしたんだ。脳に響くように。
脳に……響くように。響く?
これでは普段の聞こえたとは違う。
『察しが良いみたいだね、さすがだ』
今度は確かに、声は頭の中に在った。
そしてその持ち主はスカイツリーの鉄骨から、私を見下ろしていた。
普通に話すなら大声でもなきゃ届く距離じゃない。つまり彼も人間じゃ……。
『さて』
彼はひょいっと飛び退き、まるでお伽噺のようにゆっくりと降りてくる。
『遥々と壁の外からようこそ。生きて来られたということは我々の同胞であるな?』
「…………」
『無口な者だ。我が何か知っているか感じているか、それとも言葉を発せられぬのか……』音もなく着地。『まあどちらでもよい』
ぺたりと近付いてくる。
異様だ。
ゴミ箱から拾ったかのような丈の長いシャツを着ているだけで、手も足も晒している。文明人ではないのは明らかで、月野さん達の仲間でもなさそう。
『何にせよここに辿り着けたのであれば、生きるに値するのは間違いない。そして真実を知る権利さえある。強い個体であれば我と同等……いや、それは自惚れだな。おそらく足元にかろうじて及ばぬ
真実……真実と言ったのか?
『うむ』
「!」
『世界には真や
「それもそう……か」
『なんだ、口が利けるのなら最初から使えばよいのに』
脳内に直接語りかけているんだ。それ以下の事くらいできて当然だろう。
『…………』
「その、真実っていうのは」
『不思議ではないな。当然か』
問いかけには応えず、一人頷き踵を返しスカイツリーの中へと入っていく。
ついて来いということか……信じていいのだろうか。
信じるしかない。求めてきたモノがここにあるかもしれないんだから。
『歓迎しよう。厳粛、いや! 盛大になッ!』
体がくんと引っ張られた。ウッとなるくらいの力で首がガクッとなった。
思わず閉じた目を開けると床と鉄骨が目の前に見えた。
それだけじゃない。床も鉄骨も私の後ろから前へと流れていく。体をすり抜けて行く。
そして、頂上にいた。
頂上よりも上にいた。足元の更に少し下に、スカイツリーはあった。
今なら届きそうな高さを飛行機が飛んでいる。
「…………!」
『どうだ美しかろう? そして……』
彼は手を掲げ、指先から光り輝く波紋を放った。
同時に快晴だった空は黒く染まり、一瞬の内に夜へと変わる。
波紋は高速で拡がり、空も地上も呑み込んでいく。
波紋が当たった飛行機が、その場で停止した。前に進むことも戻ることも、墜落することもない。
眼下の灯りも点滅を止め光り続けている。
車も動かない。
ネオンサインもその表情を変えない。
……時が止まっている。
『これよりスカイラブ計画を始めるゥゥゥッ!!!』
ドライバーが震え始めた。まるで……コイツの力に共鳴しているみたいだ。
『手始めにッッ!!』
指パッチン。その瞬間、物凄い大きな音がした。
爆発だった。四方の壁が次々と炸裂し、その爆炎がみるみると街を飲み込み、スカイツリーの根元まで達した。
嫌な予感がする。と思った時には、既にスカイツリーは先端を残して砕けていた。
だけど幸いにも、時が止まっているおかげで倒壊は免れている。
……壁も同じだ……!
『…………。……………………』
「……………………」
明らかに、不機嫌……怪訝な顔をしていた。
彼は、私を睨む。
『おかしい。力は戻っているはずなのに……。まさか』
「……!」
感づかれた。
『むっ!』
感づかれたと同時に、一発の銃弾が彼の眉間に命中――!
していない。
数ミリ手前で、停止している。
「サチ……!」
『一つでは……ない…………まさか』
「今のはワタシの仲間の攻撃だ……!」
『……! やはりッッ!!』
砕け停止した鉄骨の中の一つ、そこに月野さんが立っていた。その目は私ではなく彼を捉えている。
「久しぶり……いや待たせたな。ここまで時間をかけたのは想定外だった」
『おかしくはあった。壁の外に回収に向かわせた我の眷属が戻らなかった訳だ…………はっはっはっ!!!』
感心したのか笑って手を叩いた。
「月野さん!」
「カオリ! ああ、そうだ、こいつが……」
『月野ぉ? ははは! 貴様そんな名を名乗ってるのか! 堕落したものだな!』
「お前こそ、充分な復活ではないみたいじゃないか? ふっ」
『っちッッ! まったくだよッ!』
月野さんの笑みを受けた彼は空で地団太を踏んだ。
『本来ならば時は止まらないッ。これが貴様が生きている何よりの証明!! そして我が障害ぃぃあ!!!』
頭を抱えうずくまる。それと同時にその周囲に金属の塊のような何かがいくつも出現し、やがてそれは大砲のような形を成した。
狙いは月野さんに定められていた。
「だ、駄目……!」
『邪魔をするなぁ!??』
思わず飛び出した。
が、真っ先に指先が金色のバリアに阻まれる。
『その目……その顔……どこかで見た気がしていたが、間違いない。貴様…………』
今度は、体が動かない。
なのに奴は背中からカマキリみたいな前足を生やし、私に向けて振り上げていた。
『あの時の女だ……。同じニオイがする』
躱せない。
だから覚悟した。目は瞑らずに。
「うッッふぅあッ!!」
だから、見えた。
誰かに庇われてるのを。
……リュウだ。
「今だ……撃て!!!」
銃弾が数発。素早くかつ正確に、絶え間なくヤツに撃ち込まれた。
だが何の音もなければ怯ますことも叶わず、額の手前で全て停止していた。
銃弾は徐々に徐々に回転し、
『狙いだけは正確だったな』
足元よりも遥か下へと送り返された。
「さ、サチ!」
『避けたか……』
「くっそ!!!」
月野さんがヤツに掴みかかった。
同時に、止まったはずの時間が動き出した。二人も私も地面へと落ちていく。
加勢したい一心でドライバーを巻きはするが、今攻撃をしても月野さんまで巻き込みかねない。
わたしにはどうすることも……。
『貴様ぁぁぁあ!!』
ついに地面に激突。
二人は瓦礫と砂埃を撒き散らし。
私はハルに抱き止められていた。
「二人とも……!」
『お待たせしました』
「あっ!」
体がガクンと叩き付けられた。
痛みに耐えながら体を転がすと、ハルは両腕が千切れ膝から崩れ落ちていた。私をキャッチしたばかりに……。
「こっ、これは……」
「限界だったんです!」
サチが無防備な格好でハルを抱き起こす。その傍らには半壊したドライバーがあった。よく見ればサチの顔も傷だらけで、髪も少し焼けている。
『役立たずどもめ……無駄で無能で無意味だった……』
……ヤツが砂煙の中から揺れながら姿を現した。
月野さんは……膝を突いている。リュウは…………いない。
『可能であればコイツの命も奪いたかったが……間に合った、充分だ。まずは』
ゆっくりと、手が私の方へと向けられる。その掌に光が集まり、鮮やかな球体を創り出した。
嫌な予感がする。こういう時は何が来るのか、相場が決まっている。
『その命をいただく!!』
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