第9話「顔」

 お店に来たら、ドアが吹っ飛んでいた。それだけじゃなくて、店長とサチが近くの自販機の隣に蹲っている。喋らないので失礼ながら不気味だった。

「先に始末したか」

「はっ」ぬっと福井が現れた。

 多分と言うか、ほぼ絶対にシンカーとの戦闘があったと云うのはわかる。それがどうやって二人を落ち込ませたのかはまだわからないけど。

 店がめちゃくちゃにされたから、ではないだろうな。それくらいだったら「何とかなる」と胸を張るのが店長のはずだし。

「博士だ」

 福井がアトマイザーを見ながら呟いた。

「なんて?」

「スピーカーモードにして繋ぐ」

 利便性の増した機械から光線が放たれ、眼前に月野さんがホログラムで表示された。

『ムーゾンの過剰な放出を確認した。何かあったのではないかね』

「みたいなんですけど……」

 と言うかあえて私達に訊かなくても。

『ふん……カオリ君ではなく、サチ君のドライバーか。発動時の怒りの感情に引っ張られ、どうもコア内のムーゾンを半分は消費してしまったらしい』

「感情に?」

『どうやらまだまだ未解明の性質があるようだ。同時に壁の中で同じ事態に陥るという懸念も見えたな』

「……」

 何を言ってるのかわからないけど、サチがさっきまで怒りに燃えていたと云うのはちょっとわかった。店を壊されたからではないんだろう。

 すぐに通信が切れたみたいで、福井は腕を下げて周りを見回していた。

「間違いない。サチが倒した」

「凄い怒ったって……」

「俺が追っていた個体の臭いだ、消えている。町の中でも見たことのある顔をコピーしていたシンカーだった」

「町で見たね……」

 有名人ってやつだろうか。

「……。…………」

 いや。

 違う、違うな。

「…………」

「どうかしたのか」

「……サチは。サチは…………大きな決断をしたんだ」

 多分そうだ。

 倒さなきゃいけないけど、倒したくない敵だった。

 倒したくないけど、倒さないとまた誰かが。

 その役目を背負ったんだ。罪を引き受けたんだ。

 泣いているんだ、人が。

 だからだ。

 お母さんが帰らなくなったあの日から泣いてないだけなんだ。

「私が…………」

 声をかけづらい、特に店長には。寄り添う資格があるのかもわからない。

 サチは……。

「……大丈夫?」

 泣いてはいない。顔を覗いたら目を合わせてくれる。けどすぐに目を伏せて返事はなかった。

「…………て……」

「……………………」

「……」

 店長は私がいる事に気付いてるかも怪しい。

 気付いていたとしても、意識は向けられていない。


 一旦、帰ろう。


 そう思って後を福井に任せて、家に戻ると父と月野さんが対面していた。

「……」頭を抱えた。

 いや。内情を明かさなければ顔くらい見せてもいいか。

 食事用の方の席に着き夕食を摂ってるのはなかなかに異様ではあるけど。

「おう、おかえり」

 口にものを入れたまま喋るな。

「遅かったな。作らせてもらったぞ」

 あんたはなんでここにいるんだ。

 いやありがとう。

「何か言いたそうな目をしているね」

「カオリの言ってた最近の若者とはこの人だったんだな。だけど奇抜なのは髪だけのようだ」

「奇抜とは失礼だな。これからの時代ならレインボーも流行る」

「はははは!」

 なんか息まで合っている。

 本当に異様だった。

 でもちょっとだけだけど、また見てみたかった光景でもあった。父も母もいて三人で一緒にジョグダイヤルを囲んで、それで他愛もない話を楽しくして。

「では、ごちそうさま。美味しかったです」

「お粗末様だ」

 手を合わせ食器と共に席を立つ父と、したり顔でふんぞり返った月野さん。

 シンクに食器を置き、そのまま風呂場へと直行。ドアの閉まる音がした。

 それを合図に私も座った。

「意外です。できたんですね、料理」

「不思議な感覚だった。メモの通りに道具達を操るだけで簡単にできてしまった」

 メモって……冷蔵庫に貼ってある母が遺したやつだ。あれに書かれてるのは分量も大ざっぱで、身内じゃなければとてもじゃないけど読み解けるレシピではない。

 それを容易くも解釈して味に仕上げるなんて、メカニック方面とは別にも才能を持っている訳か。

「ところで、私の家で……」

「ああ、それには心配及ばない」

「あ、そう」

 聞きたい事があったけど、配慮はしてくれてたみたいだ。

「サチ君が倒した個体についてだが……」

 珍しく神妙な面持ちの切り出しだった。

 おそらく月野さんも事のは理解しているみたいだ。

「もし、当日に姿を見せないか、彼女から申し出があれば、これ以上関わらせないようにする」

 たまたまだ。

 今回はたまたま、関わりのある人の家族だった。そう思わないと私も戦う事ができなくなる。最初彼にだって家族はいたはずだし、人間以外の生き物にだって飼い主がいたかもしれない。

 誰かの命を奪う事に迷わず戦えるのは月野さん達だけだ。

「そうですよね……」

「君はどうする?」

「…………」

 私も例外ではない。

「…………。……命の重さなど考えるだけ無駄だ。我々は生き物を殺してるのではなく、情報の伝播を阻止しているんだ。情報による侵略行為だぞ。そんな調子でわたしやリュウ君の始末ができるのかね?」

「…………」

 その顔も、体も、誰かのものだったかもしれない。

 いちいち生まれとか育ちとか気にしてたら戦えない。

 そんなのはわかってる。

「降りるなら……」

「それはしない!」

「…………」

「私なりの理由があって戦うって決めたんだから、今更怖くなって辞めますなんて私が嫌だ!」

 もしかしたら、お母さんもシンカーに取り込まれてるかもしれない。

 そうなったら、私が倒さなきゃいけない。二度もシンカーに殺されてたまるか。

「私は戦う。あんたをも倒すために」

 サチが辞めても私代わりに戦えばいい。そしてすべての敵を倒し終止符を打って、壁も消してもとあった日常を取り戻す。

 それが使命であり運命な気がする。

「…………」

「…………」

 しばらくお互いに黙った。

 それから数分して父が戻ると、月野さんがこの家に泊まる――しかも二人で既に決めていたらしい――と言い出した。

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