第3話③「奴らはどこから来たのか 後」
遊びに来たのではないから、ゲームなんかやらない。
というのもあるけど、そもそも知識ゼロのものに手を出す事が間違っているのだ。
「……………………」
。百円玉を手元に積まず、ポケットに財布を入れてすらいない。つまり連コインの意思はない。
プレイヤー情報を記録するカードは発行していないらしい。この状態だと対戦履歴どころか段位は上がらず名前も残らない。
文化に関して何も知らないところを見るに、初心者というのはデタラメではないようだ。
画面端のクレジット表示はゼロ。
しかし対戦開始直後、体力バー下の勝利数は十一。
連勝数も嘘やでまかせではないのか。
「…………」
『YOU WIN』
「くそぉぉっ!」
さっきと違い少しだけダメージを受けてるけどまた勝った。
本当に初心者なのかさすがに疑わしくなってくる。初心者というのは嘘だ、カードもわざと持って来ていない、なんて向こうから聞こえる始末で、私も同意しそうになった。
「そろそろいいでしょ。出よ」
「待てまだ……」
首根っこを掴むように襟を引っ張って、立ち上がらせると強制的に退店させた。
向かいの大声を聞いてるとどうも気分が悪いし、戦闘以外で余計なトラブルを起こして怪我をして欲しくない。決してこいつを気遣ってるのではないが。
線路沿いの自販機まで来れば、もうあの店は見えない。
「金が無駄になったぞ」
「いいでしょ、別に」
どうせ元は取れてるんだから気にする事じゃない。
「それよりあんなとこで何をしてたの……」
「ああそれか。実は興味深い噂を耳にしてな。どうやらこの辺りには神が現れるらしい」
……神?
神って神様――いやその神様ではなくて、凄腕のプレイヤー等を指すスラングとしての呼び名か。
「神って?」
「どのゲームかは知らないが、不定期に近辺のゲームセンターにやって来るという話だ」
「へー。どんな人なの」
「詳しい素性はわからん。本名も当然不明。わかっているのは、名前が『fortune』という事だけだ」
ふぉーちゅん。
「それで?」
「そいつに出会ってみたい。何でも実力だけは世界レベルと聞く。世界レベルというのはつまりこの地球を制すると言っても過言ではないだろう」
過言だけどね。
心なしかアツく語ってるように見えるけど、きっと気のせいだろう。
「でも会えないんじゃ意味なくない?」
「それが妙だ。さっきの奴も『いつもならいる』と言っていた」
あれとコミュニケーションは取れてたのか……。
というかこんな場所にいるんだな。もしかしなくても民度相応の人なんだろうか。
「フォーチュンね……」
幸運。
幸せを運ぶ者、と言ったところか。そんなメルヘンチックというか、キュートな名前であんな殺伐とした場に現れるなんて。一体どんな見た目をしているやら。よっぽどカワイイ見た目でもしてなきゃ……それも偏見か。
「さっきの店に戻んの?」
思い付きで、自販機に小銭を突っ込みながら。
福井は財布を見せびらかすように掲げた。
「お前に止める権利はないぞ」
「いやその気はないけどさ……」
私はあの空気に当てられたくなかったし。
「だがfortuneの実力はこの目で確かめたい。俺には博士をも上回る力が欲しい」
「ゲームだけど? 」
「それでも構わん。反射神経と判断力を養えるならな」
「あっ……そう……」よそ見でボタンを押したらコーヒーが出た。
……しかし実にポジティブな考え方だ。自分だったら実戦で鍛えたいけど、嗜好や娯楽で経験を積めるなら一石二鳥か。
でも
「あそこで戦い続ければ会えると考えていた。だが来ないのは想定外だった」
「そういう事もあるでしょ。誰だって予定くらいある」
返事はなし。個人としては納得がいかないようだ。
そこまでして会いたい理由って……。
戦いたいっていう純粋な気持ちだ。
本当に純粋な好奇心から来てるんだ。ごく普通の人間とちっとも変わらない。
だから結局戻って来てしまった。
「あれ」
さっきまでいた人達はいなくなっていた。離れてる間に帰ったか移動したみたいだ。他に一人も座ってないから静かで落ち着ける。
「どうすんの」
「やるに決まってる」
「おお……」
間髪入れずに百円玉を筐体に入れて起動させている。
それがまずは一クレジット目。椅子にどっしり構える福井はコントローラに置いた手をブレさせない。反対側をちらりとも覗こうとしないので、闘争本能が真っ先に立っているらしい。そこまでして会いたいんだな。
そして起動から一分も経たない内に挑戦者が現れた。
相手の名前とランクは――
「!」
「無名……?」
表示されていない……。
相手もカードなしだ。
当然勝利数はゼロ。これまでの勝敗数もわからない。
私でもわかるのはファンシーな着ぐるみのキャラ――ウサギか?――で挑んでくる事だけ。
「このゲームって初心者の人口はどんなものなの?」
「ここなら俺一人だ」
『ROUND 1』
会話をする余裕など与えられないで闘いの幕が開けた。
ウサギを迎え撃つのは
相手は非常に落ち着いていて、開幕から突撃はしなかった。キャラの特性を熟知しているのか一定の間合いを保っている。
「こいつ……」
動きからして違うのを福井も察している。
すぐには仕掛けない。
後ろに下がり、数歩前に出て。それを数回繰り返す。
「このままでは時間の無駄だな」
時間が三秒経過。
先手を打ったのは福井だった。
ダッシュで一気に間合いを詰める。
相手もそれを見て一瞬だけ動きを止めた。
跳躍。福井は空中からキックを繰り出した。
だが不発。ウサギもダッシュで迫り、その落下予測地点を駆け抜けた。そしてすぐさま反転。
福井の着地。
そのわずか数フレームの隙を見逃さず、福井の背中にアッパーが一発入れられた。
一撃で体が浮いた。
更にパンチがもう一発、コンボが成立する。
まだ浮いている。
雑に蹴り飛ばすようなキックが繋がり、福井はステージ端までフッ飛ばされた。
「……こいつ!」
「強い!」
福井が地面を転がるが、攻めは止まらない。
ウサギは次のコンボを叩き込まんと再びダッシュ。
このままではまたダメージを受けてしまう。
起き上がって低姿勢のまま反撃の体勢に入る。
「まだだ……まだ!」
後ろに逃げる事はできない。
ガードか。
リーチの長い技で対抗か。
カウンター持ちならカウンターか。
「……!」
選んだのはカウンター。
だが。
ウサギは跳躍し、キックの構えに入った。
「意趣返しかよ……!」
カウンター不成立。キックが入りよろける。
続けざまにまたパンチ。
ただのパンチではない。左右交互に高速で次々と叩き込む。
フィニッシュで壁に叩き付けられ、体力は三割を下った。
「たった数秒で……」
「………………………………」
私なら戦意喪失して席を立ってしまう。
なのに福井はまだ立ち上がる。
そんな彼に立ちはだかっているのは、棒立ちのウサギ。
どんな攻撃でもいなしてやるという構え。
逃げ場はない。かと言って反撃も赦されそうにない。
ウサギの回しかかと蹴りが残りの体力を消し去った。
『YOU LOSE』
「……………………」
残り時間は九十秒弱。
相手は完全勝利。あまりに圧倒的だ。
けど福井は口も眉も動かさず、ただの無表情で座り尽くしていた。その表情に悔しさも怒りもない。手が震えてもおらず、しかしコントローラから手を離さない。
だからコインも投入できないまま再挑戦の機会も失われる。
『CONTINUE?』
その文字の下で十秒のカウントダウンが始まるが、カーソルが『YES』に合わせられる事もなければ、カウントが早まる様子もなかった。
有体に言うなら福井は呆然として、瞬き一つしなかった。
画面が真っ暗になると、諦めも着いたのかさっと筐体からは離れた。
「…………」
「…………帰る?」
「……………………」
沈黙が長い。
無視してる訳じゃないのはわかる。目線を含めた意識が、完全にさっきの対戦相手に向けられているんだ。
やはりと言えばいいのか、その顔を見ようとはしないので納得はしているらしい。
「強かったね」
「ああ。噂に聞く神だ」
「ええ?」
それだけ言って、今度は彼が進んで退店した。
後に続くと、入り口の脇であのカードを眺めながら突っ立っていた。
「それは?」
「使う暇がなかったな。これを使えば勝っていた」
おい。
「カードを使うなんて卑怯でしょ」
「卑怯? 卑怯も何も……」
「少なくとも
「……。それもそうか」
「強かったじゃん」
やけに早いけど、理解はしてくれたようだ。
いやまあ私が個人的に嫌なだけではあるんだけど。
しかしだ。
「さっき神って言ったよね。あの人がそうなの?」
「知らん」
「いやいやいや、自分で言ってたじゃん!」
「おそらくだ。戦って理解しただけだ」
「野生のカンってやつ?」
「特徴は二つ」
マッチの火を消すようにカードを仕舞った。
「自分の地位と実力は誰にも隠している」
「それがあれ?」
福井みたいにカードを使わなかった訳か。
「そしてもう一つが、ウサギ。あのキャラを使っていた」
「誰でも使うでしょ」
「尤もだ」
やっぱり勘で言ったんじゃないか。
あれを使ったからこれをしたからでプレイヤーを特定できるはずがない。
「だがあの動きは間違いない。相手が誰であろうと容赦のない攻撃……肌で感じた」
福井が言うと逆に説得力があるような気もする。
「それで、どうするの?」
「目的は達成したからな。いい暇潰しにはなった」
「暇潰し?」
ゲームがやりたくて外出してたんじゃないのか。
最近は日没か早くなっていて、街頭が灯りを点している。長居はしてないのにもう真夜中になったみたいだ。
こんな時間からの用事なんて何があるのか。
「……」
いやこいつなら一つだけあるんだな。
周囲を警戒でもするかのようにねめ回している。
「早くない?」
用事がまだあるのなら、十中八九はシンカーに関係しているのだろう。
だと仮定すると引っ掛かる新事実が生まれる。もしシンカーと遭遇でもするのなら、一週間周期の定説が破られてしまう。
……とはいえ先日に昼間にも――ひっそりとだけれど――そこらを動き回ってる事が判明したのだから、少なくとも私の知らない所で二度目は起きていたのかもしれない。
「近くにはいない。まだだな」
「まだって?」
「壁から遠出はしていない、という意味だ」
「本当に?」
「おそらく、だが」
まさか本当に活動周期も変わってしまっていたのか。
ここまで来ると月野さんは嘘を言っていたとさえ勘繰ってしまう。出鱈目や雑な推測ではなく。
「とにかく確認だけは急ごう」
「!」
急に腕――二の腕の真ん中あたり――を捕まれた。
と同時に物凄い力で空へ引っ張られたと思うと、
『Escape』
目の前に壁があった。
「こ、ここは……」
「ここにはよく来る。お前が最初に遭遇した個体も、北側から壁外に進出した」
「……それでわざわざ遠くまで追いかけて来たわけ」
「そして今から」
福井は左腕を――正確に言うとこれもまた二の腕――胸の前まで持ってきてアトマイザーを装着した。
「捜索する」
そして、ディテクトのカードを取り出した。
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