第4話「サチが来る」

『Atomizer...System ON...』

 コア部分らしき灰色の球体が青く発光。アトマイザーが起動状態になった。

 福井はどうやら特にポーズは取らない主義らしい。足は開いて、手は真っ直ぐ垂らして。

 その左腕に装甲が波のように形成されていく。腕に光が這って、そこから隆起するように次々とパーツが出現する。

 やがて指先まで覆われると、感触を確かめるみたいに手を強く握り締めた。いぶし銀に近い色が渋くてかっこいい。

 あと誰も…………見ていない。

「早速始める」

『Detect...active』

 ディテクトのカードをセットし、目を閉じてぴくりとも動かなくなった。

 月野さんのようにはいかないのか。

 私も使ってみないと情報の共有も難しそうだ。ドライバーを装着してカードをスロットに放り投げると、

『ディテクト、アクティベート』

 足元から青白い光が放たれてを地面に、木に、建物に、壁に、視界一杯に広げた。

 世界が真っ青で気持ち悪いけれど、暗視効果まで発動しているからかどこまでも明るく見渡せる。これで暗闇の中でも不利になる事なく戦えるというのなら、あの人の言った下位互換は予防線だったのかもしれない。

「なるほど。悪くはないようだ」

「それで、どうやって捜すのさ?」

「戦闘が終了するまでは続行だ。あとは俺に従えばいい」

「あーはいはい」

 周囲や近くにはそれらしき反応もないし、シンカーである彼の判断は正しい。

「で、敵の位置は?」

「……俺が来たせいか。奴も下手に動き回るのは止めたらしい」

 定期的に音と光の波が飛んでいく。これが月野さんの物と同じ機能であるならば、この海の中に赤い影が映りこむはずだ。ここまで見るに有視界内にしか及ばないようだから、そこは確かに下位互換と言っても間違いではない。

「アイツらのする事は決まっている。このままを捜しに壁から離れるのが一つ。そしてもう一つが一定の範囲に留まり俺を迎え撃つ、という勇気ある選択だ。これまで戦ってきた中で逃走をしたのが二体。隠れて不意打ちが三体。そして自ら仕掛けたのが圧倒的に多い」

 福井が壁沿いに道路を歩くので後ろを付いて行く。

「じゃあ今回のは?」

「少なくとも逃げる気はない。互いに場所は割れているからな」

「…………」

 という事は不意打ちで襲われる可能性も少しはあるのか。

 でも前も後ろも横もまだクリアだ。

「遠くから銃とかで撃ったりは?」

「それだけ頭が良いなら今頃戦闘になってる」

 それもそうか。

「ねぇ、どんな奴と戦ってたのさ」

「…………」

「無視すんなよ」

「聞いても面白くない。木や草花に擬態したりだ」

「で、で、今近くにいる奴の種類とかわかったりするの?」

「…………。……動物の模倣体だな。体もそこまで大きくない」

「ふぅん」

「話しかける暇があるなら周りを見てろ。少しずつ近くなっている」

「見ながら話しかけてるんだよ」

 左は壁。

 右側とずっと向こうは街。明日まで時間はあるから、車がバンバン走ってる音が聞こえる。緊迫した私達とは違って何とも平穏だ。

 未だに青いままでやっぱり見付けられない。

 本当に近くまで来ているんだろうか。昼間は社会に溶け込んで息を殺す連中だ、夜ならセンサーに引っかからないくらい造作もないんじゃないか。このカードも初使用だから性能をどこまで発揮できるやら。アップデートは可能だし上方修正に期待するか。

「壁の近くにはいるの?」

「……。いないな。おそらく街に出ていると見ていいだろう」

 となると面倒だな。私達もシンカーも一般人には目撃されないとはいえ、戦いの痕跡は確実に見られてしまう。

「……まずだけど、関係ない人達が襲われたりとか、面倒事は増やしたくない」

 福井はどこまで考えて戦ってきたのか。余裕がある時はツミッターで何度も調べた事もあったが、人が死んだり怪我を負ったというニュースは一回も見なかった。多分巻き込んではいないはず。

「それは俺でも同意する。最低でも木を数本折る程度に留められれば幸運だ」

「幸運って……。電車とか学校とかは仕方ないけど……」

「……俺にできるのは、逃げられる前に仕留める事だけだ」

「…………」

 あんたがあの日逃がさなければ、学校も、電車も大惨事にはならなかったと思わなくもない。だからこれからは私達で何とかするしかないんだ。もしもなんて言葉、今更意味なんてない。

「こっちが近い…………」

 そう言われたので少し壁から離れて街路に出ると、縦に並んで歩道を歩く形になる。

 前方にも後方にも敵はいない。

 向かいの歩道は、車が絶え間なくビュンビュンと通過するので確認しづらい。

 青い車、青い人。青い車。青い人。

 車、車車車、人人、車、人。

 赤い――。

「いた!」

『ウェポンユニット! ランス、アクティブ!』

 一瞬だけど、赤い何かが見えた。

 何メートルもある道路を飛び越えるつもりでジャンプ。

 赤い人影が、視界の端まで走って逃げた。

「逃がすか!」

 投擲。

 狙いはブレず、槍はその首元に一直線で飛んでいく。

 しかし、振り向かないままキャッチされた。

「あいつっ……!」

 歩道ではなく建物に着壁ちゃくへき

 今度は彼方さんから槍を投げ返された。

「あぶっ」

 体を捻ってキャッチ。いい肩をしているな。

 当然壁に貼り付けず、今度は地面に足が着いた。

 敵は――逃げていない。人混みの中ではなく、ガードレールの上に真っ直ぐ立っている。

 首より下は人間。

 しかし首は、狼の顔。

 狼男ルー・ガルーだ。

「先日の近縁種か……!」

 腕を組み堂々としている。

 その後ろに福井も追い付いて、彼に顔も体も向けて私には振り返ろうとしなかった。

 シンカー同士で通じ合ってるという事か。

「対象を確認。名前を……」

「ガルー、いや、ガルゥと呼ぶ!」

 福井は左手を前に重心を落としてカードを使う。

『Weapon:Blade...Active...』

 持ち手も含めて七十センチはある剣がその手に出現。ゆっくりとそらに向けた。

 そして刃を敵の方へと下ろした。

「了解」

 瞬間、木葉が飛び散る勢いで突進した。

 ガルゥが、福井に。

「ふんっ!」

 両手に持ち替えての袈裟斬り。

 この細い足場は廊下や駅のホームほど自由が利かない。

 だがガルゥは小さな跳躍ジャンプだけで避けてみせた。

 着地。

 蹴り上げ。剣が福井の手から蹴り飛ばされた。

 奴の目が一瞬だけど剣を見た。

 剣を奪って戦うつもりだ。

「やらせない!」

 その背中に槍を投げ付けた。

 しかし今度はこちらに目もくれず再びキャッチ。

 でもこちらが有利だ。

 奴が掴んでいるのは柄の中央。

 反撃に福井が槍を蹴り上げガルゥの体勢を崩した。手を放さないのが悪い。

『Weapon:Blade...Active...』

「もう一発だ……!」

 一歩踏み込み生成されながらの剣で首を狙い刺突。

「グギギギィィギギィ!」

 その刃をガルゥは歯で噛み後方へと受け流す。僅かに下方向に捻って福井の勢いを殺し、更に右肘で砕き刃だけを奪い取った。それを手裏剣のように投げるが、軌道が逸れて近くの街路樹に刺さった。

「うおぉッ!」

 折れた剣で次は胴体を狙う。

「ガッ!」

 今度は人差し指と中指だけで捉え余った右手で福井の腕を掴むと、軽々とその体を回転させながら道路へと放り投げた。

 あのままでは……!

「だっ……」

「心配するな」

『Unit:Wire...Active...』

 助けなければ、そう思ったのに。

 空中で抵抗のできない状態からワイヤーを放ち、ガルゥをガードレールから引き離した。

 これで歩道の通行人はひとます安心。私がエスケープを彼に投げ渡す必要はすぐになくなった。

「抵抗するなっ……!」

 彼らがいるのは道路の真上。このまま落下すれば、タイミングによっては車に轢かれて死ぬ危険に晒され続ける。ワニが獲物に噛み付いて回転デスロールするように二人も回りながら落ちていく。

 ほんの一瞬のマウンティングを制したのはガルゥだった。地面に槍を突き刺し福井だけを叩き落として、槍の上に留まった。

 だがワイヤーがまだ外れていない。体が槍の持ち手に痛め付けられながら強制的に引き摺り降ろされた。二人して車と接触しづらい白線に転がる。

「グゥゥァッ!」

「ふゥンッ!!」

 福井がになり形勢逆転。

 倒れたガルゥの襟首を掴んで立ち上がらせる。

『Unit:Knuckle...Active...』

 ナックルユニットの生成が始まり、同時に手を離すと、浮いた体にナックルの高速パンチを二発叩き込んだ。

 締めに車線へと蹴り飛ばした。

「あれは……ゲームでやられた技じゃん……」

 学習して自分のものにしたみたいだけど、実際にはかなり効果があるようだ。ガルゥは立ち上がろうとしてるけど手足が震えている。

 迫るトラックを避けるのは極めて困難なはずだ。

 そう思ったのに、ヤツは片腕をバネに飛び上がった。あっさりと死ぬ事だけはないか。

 だが隙アリだ。

『ウェポン、ランス! アクティブ!』

 ここから道路に刺さった武器を手に取るなんてできない。

 ならばもう一本出して、投げる!

「そこだ!」

「アマイ!」

 わかってはいたけど、これも避けられた。

 別の建物の壁に刺さっている。

 そしてガルゥはその細い棒を足場にして、木に止まる鷲のように見下ろしてきた。

「……オ前モ、ソコノオ前モ…………ヤルナ。ダガ遅イ」

「…………」

 見下ろされるのが嫌らしく、福井も建物の上にエスケープで移動した。

 ガルゥの目が私ではなく福井に向けられる。

「聞クトコロニヨルト、力任セノ戦闘スタイルガメインダッタハズダガ……」

「俺だって成長するさ」

「当然ダ。ソレガ、我々ダカラナ。デナケレバ私ガ勝ッテイタ」

 信号が赤に変わり車の通行が止められる。

「シカシ妙ダ。オ前一人デソコマデ進化デキルモノカ?」

「…………」

「下ノ者ニ出会ッタカラカ?」

 私の事か……?

「ソレニ……」

「それはどうでもいい。今はお前を倒しデータを手に入れる」

 カードを一枚、アトマイザーに挿入しながら身を屈めた。

「……ナルホド」

「覚悟しろ」

「オ前モナ」

『Mode:Accel...Activate...』

 能力発動と同時に、二人は前へと飛び出した。

 福井は剣で斬り付けたが、ガルゥはその腕を掴んで攻撃を封じた。

 互いに押されもしない。力はほぼ互角だ。

 そのまま再び落下。

 信号が青になり、車が絶え間なく襲いかかった。

 だがどちらも轢かれない。

 ガルゥは元から足が速いのか難なく避け、福井もアクセルの能力で当たらずに済んでいる。

 避けては剣を振り。

 避けては拳と足を見舞い。

 しかしお互い攻撃は当たらず。

 攻撃も車も避けての、文字通りのスピード展開だ。加勢したいけど長物だと位置取りは難しい。やはりナックルを使うしかないか。

「グオゥ!」

「!?」

 そんな必要なかった。福井がこっちに戻ってきた。

 何があった。

「クッ、邪魔ガ入ッタナ……!」

 ガルゥがまた壁の槍に立っていた。私達は見ておらず周りを警戒している。

 腕が焼き切れていた。

「ダメージ入ってたんじゃん……」

「……いや違う。俺は何もしていない」

「?」

「誰かがいる」

 福井がそう言った。

 でも近くに他のシンカーは見当たらない。

 だがガルゥは槍から落下した。

「クソッ! ドコダ!」

 足を滑らせたのではない。

 槍が根元から折られていたからだ。

 その折れた槍を手にガルゥは人混みを縫うように進む。

「…………」

 私達の身には何も起きていない。アイツの言う事が間違いでなければ、シンカーなどではなく他の戦闘者が介入してるという事になる。

「妙だ……」

 でも月野さんや更に言えばハルなら、加勢の前に一言ぐらいは何か言ってくるはずだ。生死のかかった戦いだから喋る余裕がないのかもしれないけど、少なくとも二回は攻撃している。それでも通信すら入らない。

「ウッ! グオオッ!」

 その間もガルゥはダメージを受けた。

 けど今度はハッキリと銃声が聞こえた。

 どこからともなく銃撃を仕掛けてる人がいる。

 車の。

 隙間から。

「動かないで」

 見えた。

 ロングヘアだ。

「あんたが敵ね」

「……!」

 二挺の銃を両手にガルゥの前に立っている。

 顔は……ヘッドギアのような物があってみっとも見えない。

 銃。

 そういえば月野さんは新しい武器を導入するって言っていた。武器と一緒に新たな戦力も引き入れたという事か。

「人間の様だな」

「らしいね」

 銃を軽く放って、銃口を下に持ち直すとそこから青いビームの刃が生えた。

 持ち方と刃の生え方せいか、トンファーにも見えた。

「アイツラノ仲間カ!」

 ガルゥが突っ込んだ。

 女の子はその動きを小さなステップで躱すと二回斬りいなした。

 再び持ち替えて、刃がシュゥと縮める。

「グ……貴様、何者ダ!」

 決まり文句が女の子にぶつけられた。

 ベルト左右のユニットにそれぞれの銃を取り付け、女の子はカードを突き出した。

「通りすがりの……ゴホン。いや、シンプルに。私はサチ!」

『バースト! アクティベート!』

 名乗るやいなや聞いた事のない能力を発動した。コアから左右の銃にエネルギーの光が流れていく。

「! 貴様!」

「逃げるなら今の内だよ?」

「クソッ……!」

 抵抗するガルゥ。大ぶりなラリアットをサチに振るうが当たらない。

 サチは後ろに横に下に避けながら、両脇の銃を手に取った。

 そして空ぶったガルゥの背中に一発放った。

 しかしさっきより効果がない。少しよろけたけど傷は浅く、ガルゥもニヤリと笑った。

「ドウシタ。痛クモ痒クモナイゾ……?」

「なるほど」意に介さない。「各形態でダメージ量も変動するというのね。それともカードの効果がそうさせるのか……」

「…………オイッ!」

「……」

『フィニッシュアーツ! スタンバイ……』

 一発、また一発と、銃撃を加えながら必殺技に移行。ガードレールに追い詰めた。

『5……4……』

 カウントが始まり、ガルゥの体から火花が散る。

 連続攻撃の途中、唐突に銃撃を中止して二つの銃を直線上に連結させた。

『ショットガンモード!』

「何あれ……」

「博士、あんなに便利な物を……」

 引き金が引かれた。

 強烈な銃声が鳴り、ガルゥがこちら側に吹っ飛ばされた。

『3……2……1……ファイヤー!』

「とっ、飛んでくるよ!」

「やるしかない」

『Finish Arts! standby......』

 福井もトドメを刺すべくキックの体勢に入った。ガルゥには背を向け腰を落としている。

 サチは連結状態を解除し、再び両手で構えた。

 そして、引き金を引いた。

 無数の銃弾が放たれ、次々とガルゥにダメージを蓄積させていく。

 銃弾を浴びその勢いで福井の手前まで運ばれた。

『Fire!!!』

「だあァッ!」

 振り向き、回し踵蹴りを放った。

 横っ腹に命中。

 ガルゥは体を歪めながら吹っ飛び、走ってきた車に轢かれる寸前に爆発した。

『フルコンボ!』

『Excellent!』

 福井が撃破した判定になったらしく、アトマイザーが福井を褒めた。

 という事は敵を倒せなかったら「フルコンボ!」をこのドライバーから聞けるのか。あの時はエクセレントだったし。

「ちぇっ」

 戦闘終了も束の間、サチがエスケープで私達の前まで来ていた。

 銃を腰に戻してガルゥがいた方向を一瞥。ドライバーを仕舞うと私達に向き直った。

「月野っていう人から聞きました。福井さんですよね」

「……。ああ」

「それから……手嶌先輩。ですよね?」

「そうそ……ん? 先輩?」

 引っ掛かる言い方だ。

「先輩って」

「一年です」

「あ、あー」

 そういえばそうだった。

 それよりもだ。

 何より気になるのはこの子の名前が「サチ」だという事だ。前から捜していた子と同名で、しかも顔もあの写真と少しも違わない。完全に一致している。

 月野さんから聞いたという事は、私の与り知らない所で月野さんがこの子を引き入れ、ドライバーを与えたという事だ。そしてこの子はバイトを始めるよりも簡単に、戦う方を選んだ。

 命を賭する方を。

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