第27話 束の間の

「……つ、疲れたあぁー」


ミランダとアイリスからの怒濤のごとく追及を何とかかんとか誤魔化して、ようやく自宅に帰って来た私は、着ているドレスがシワになるのも気にせずに、うつ伏せにベッドに倒れ込んだ。


あの二人は、嫌になるほどに似た者幼なじみだった。探求心が半端ないというか好奇心旺盛というか、何というか。

……だけど、本音を言えば少しだけ楽しかった。


『ミランダとお友達のあなたは、私ともお友達なんだから、様付けなんてしないでよね!?』

そう言いながら頬を膨らませたアイリス……可愛かったなー。ツンデレか。

まるで学生時代に戻ったかのように賑やかな時間だった。


……すごく疲れたけど。

暫くは二人に会わなくても良いかもしれない。それだけ密な時間だった。


「……お嬢様。お行儀が悪いですよ」


外出用のドレスのままベッドに転がったことを侍女のエルザにたしなめられてしまったが……今はこのまま転がっていたい。


「……ごめん。今日だけは許して!本当に疲れたの……!」

「……分かりました。今日だけですからね?」

両手を合わせて懇願すると、エルザが苦笑いを浮かべた。


「ありがとう!大好きエルザ!!」

「はい、はい。分かってますよ」

手際の良いエルザは、ベッドに転がっている私から靴やストッキングを器用に脱がせていく。


「もうすぐ湯浴みの準備が整いますので、それまで少しお休み下さいませ。湯浴みの後にはマッサージもいたしましょうか」

「うん。いつもありがとう」

「いえ。大切なお嬢様のためですから」

優しい笑顔を浮かべてくれるエルザに頭を撫でて欲しかったが……お仕事の邪魔をしてはいけない。

それでなくとも、私にとって姉のような存在であるエルザには、いつも甘えてばかりなのだ。

我慢だ……我慢だ。

枕に顔を押し当てると、後頭部に温かいものが触れた。


「何があったかは存じ上げませんが……お疲れ様でした」


……エルザには私の気持ちなんてお見通しだったようだ。恥ずかしいけど、嬉しい気持ちの方が勝っている。

優しく頭を撫でてくれるエルザに感極まった私は、ガバッとベッドから起き上がり、そのままエルザに抱き付いた。


「エルザ~!」

「あらあら。私のお嬢様はまだまだ甘えん坊さんですね」

「エルザにだけだもん!」

ギュッと更に抱き付く。


「そういえば、お嬢様へプレゼントとメッセージカードが届いていますよ」

エルザは私を鬱陶しがることもせずに、されるがままになってくれる。


「……私に?」

「はい。カージナス殿下とバン侯爵家のラドクリフ様のお二方からだそうですわ。あちらのテーブルにお運びしてあります」


エルザの指した方には、確かにラッピングされたお酒などが並んでいた。


え?……何?怖いんだけど。

……どうしてあの二人からプレゼントが届くの?


「『謝罪』だそうですよ」

「……謝罪」


ああ……。なるほど。

『謝罪』という言葉を聞いて、腑に落ちた。



「私はこれ以上詳しい話は伺っておりませんので、メッセージカードをご覧下さいませ」

「うん……そうする。ありがとう」

私はエルザから手を離した。


エルザから離れがたかったが、これ以上、引き留めて仕事の邪魔をしてはいけない。



――エルザが去った後。


私はゆっくりとベッドから降りた。

エルザが用意をしてくれたルームシューズを履いて、例の物が置かれているテーブルまでやって来た。


テーブルの上には、薄紫色の包装紙で包装れ、銀色と紫色の二色使いのリボンで結ばれたワインの瓶らしき物が二本と、朝露が光る薔薇の花が描かれたメッセージカード。

そして、白いリボンがかけられた桐のような箱と可憐な鈴蘭が描かれたメッセージカードが一緒に置かれていた。


メッセージカードを読まなくても、カージナス様とラドクリフ。この二人がどちらを送って来たのか想像がついた。


ワインらしき二本の瓶と薔薇のメッセージカードがカージナス様で、桐のような箱と鈴蘭のメッセージカードの方がラドクリフからだろう。


……さて。問題はどちらから読むかだ。


良い話と悪い話。どちらから知りたい?

という選択に似ている気がする。


今回の場合はどっちもどっちな気がするので、ここは……二枚のメッセージカードをいっぺんに開くのだ!!


ふふふふふっ。

まさに合理的(?)な作戦である。

開いてからは、中身の気になった方から読めば良い。


という事で、両手の人差し指と中指の間にメッセージカードを挟み、親指を使ってカードを開きつつ――すかさず押さえる!


はい!OKー!!大成功!!

……もたついたのは内緒である。


開かれた二枚のメッセージカード。


私が先に興味引かれたのは……


【麗しの薔薇ローズへ。君の好きそうな最高のワインを贈るよ。だが、悪くない一日だったろう? カージナス・メルロー】


カージナス様の方だった。


お呼び出しなどなどでカージナス様の筆跡を見慣れていたのがあだとなった。

条件反射で文字を追ってしまった……。

解せぬ!!悔しいが、カージナス様の字はとても綺麗なのだよ!


大きな溜め息を吐いた私は、そのまま隣のメッセージカードへ視線を移した。


二択なので、残っているのは当然ながら、ラドクリフのカードだ。


【鈴蘭の君へ。眠り姫の君も愛らしく素敵だったよ。君に相応ふさわしい物を贈るよ。ラドクリフ・バン】


ちょっと癖のある筆跡は、ラドクリフの性格を物語っているようだ。


……胡散臭い。相変わらず胡散臭い。

無意識にスーッと瞳が細くなっていく。


……うん。には関わらないでおこう。

それよりも箱の中身は何だろう?

箱からして高級感があるけれ…………ど!?


シュルリとリボンを解き、パカッと桐の蓋を開けた私は、中身に目が釘付けになったまま石のように固まった。


こ、これは……!!

ア、ア、アローワ産のスパークリングワイン!?あの、三年前まで予約でいっぱいの……あれ!?


プルプルと震える手をどうにか動かして蓋を閉める。


こ、これは……全てにおいて最高のコンディションで挑まなければ絶対に後悔する!!


エルザを呼んで貯蔵庫に入れてもらおうと思ったが、カージナス様の方のワインをまだ見ていなかったことに気付いた。

綺麗なリボンと包装紙を順番に解いていく。


最高のワインと言っていたが、アローワ産のスパークリングワインよりも最高なワインなんて、なかなか………………………あった。


ミ、ミラージュ産のヴィンテージもの!?

蜂蜜のようにトロッと甘いのに、きちんと酸味もあって全くしつこくない。何杯でも飲めちゃうっていう……あれ!?

しかも十年ものと、二十年ものの二本!?


ど、ど、ど、どうしよう……神々しさが半端なくて、これ以上迂闊に触れない。


流石は王子カージナス様。

プレミアムな素晴らしい贈り物だった。


ありがたや……ありがたや……。


「……お嬢様。何をしていらっしゃるのですか?」

「……へ?エ、エルザ!?」

いつの間に戻って来たの!?


お酒様達に両手を合わせて拝んでいるところをエルザに目撃されてしまった。


「ええと……これは、その……ね?」


疲れているところに、嬉しすぎるプレゼント。更に恥ずかしいところを目撃された私の感情は、色んな意味で限界を迎えてしまった。

思考も語彙力もどこかへ飛んで行ってしまった私には、エルザの手を握りながら、ワインの置かれているテーブルとエルザをチラチラと交互に見ることしかできない。


すると……

「……ああ、なるほど。大丈夫です。状況は全て理解いたしました」

エルザが大きく頷いた。


……え?分かったの?……あれで?


「取り急ぎ、頂いたワインを貯蔵いたしましょうか。最適なタイミングでお出ししますね」

「……っ!エルザ大好き!」

私はエルザに抱き付いた。


「ふふっ。お嬢様の考えていることは、とても分かりやすいですからね」


……ちょっと引っ掛かるところはあるけれど、無事に伝わったのであれば問題はない。

今のプレゼントで貰ったお酒の処遇が第一優先なのだから!


「では、湯浴みの用意が出来ましたので、こちらへどうぞ」


問題が解決してスッキリした私は、ルンルン気分でエルザに促されるままに湯浴みへ向かった。



カージナス様のメッセージカードの最後に書かれていた『追伸……』から始まるメッセージに気付かずに――――。

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