第26話 人の趣向は様々です

趣味、趣向は人によりけりで――例えそれが、ハーレム願望であろうと、極度の面食いであろうとも、他人に迷惑をかけなければ良いと思うのだが……王子カージナスさま相手だとアウトではないだろうか?


この世界の王達のほとんどが、である。王は妻である妃を沢山召し抱えることができるが、妻である女性側は夫を一人しか持てない。


絶対に関わりたくないが……妻の数が多ければ多いほど『賢王』と褒め称えられる国もあるとか……。


そんな国に生まれてたら、婚約者なんかではなく、速効で結婚させられていたかもしれない。

……考えるだけで目眩めまいがしそうだ。


一方で王妃は、国母として貞淑さを求められる。

……まあ、それはそうだろう。

王妃が産んだ子供が次の王になるのだ。王妃が奔放では後々に困ったことになる。


……夫にハーレムを作られるなら、自分で逆ハーレムを作った方が良いという気持ちは少しは分かるけど……


「それに、カージナス殿下と結婚すれば、弟王子殿下方だけでなく、色々な国の綺麗なお顔の方々とも知り合う機会が増えるのよ!?綺麗なお顔が見放題になるのだから、パラダイスよーー!!」


アイリス様は、うっとりとした眼差しで天井を見上げながら、両手を横に広げた。


なると、暫く戻ってこないわよ」

ミランダは空になったカップに紅茶を注ぎ入れながら、肩を竦めた。


――アイリス様は妄想の世界に旅立たれたそうだ。


……アイリス様。

ま、まあ……妄想だけなら自由だ。


そもそも貴族の結婚とは、望まぬ相手との政略結婚がほとんどであるのだから――アイリス様ぐらい突き抜けている方が、寧ろ幸せなのかもしれない。


カージナス様がミレーヌを選んでいなければ、アイリス様が婚約者に選ばれていたかもしれない。


カージナス様は、逆ハーレム願望で極度の面食いのアイリス様をきっと『面白い』と思うはずだから。


って……あれ?ちょっと待って。

『アイリス』と『逆ハー』って……?


――思い出したことがある。




直接本人に確かめたかったのだが……アイリス様は、今にも天に召されてしまいそうなほどに幸せそうな顔をしているので、まだ妄想の中にいらっしゃるようだ。

一体、どんな妄想をされているのか……。


仕方ない。ここはミランダに聞いてみよう。


「ねえ、ミランダ。突然だけど、アイリス様のオーラって虹色?」

「違うわよ。……って、本当に突然ね。アイリスのオーラがどうかしたの?」

「ええと、ちょっと気になって……?」

「もしかして……を思い出したの!?」

笑いながら言葉を濁すと、ミランダの瞳がキラリと輝いた。


……しまった。

ミランダの『好奇心スイッチ』を押してしまったらしい。


「確かにアイリスのオーラもピンクと金色という珍しい色の組み合わせよ。でも、ローズほどではないわ!」

キラキラ――ギラギラと瞳を輝かせたミランダに両手を掴まれた。


「ねえ、何を思い出したの!?少しだけ……ほんの少しでも良いから!私に教えてちょうだい!」

「ええと、その……」

「うん、うん。何かしら?」


……ミランダさん。

そんなに見つめられると話し難いです。

見つめられ過ぎて穴が空いてしまいそうです……。


……いや。こうなることはきちんと考えれば分かったはずなのに!!私の馬鹿……!


――さて、どうやってミランダを落ち着かせようか。


私はアイリス様の妄想の如く、逃避するように天井を見上げた。




『マイプリ』にも逆ハーエンド的なものがあり、それはアイリスのヒロインルートでのみ発生する。



アイリスの好感度をカンストさせずに、ミレーヌやローズ、ミランダの好感度を少しずつ上げてしまう――つまり、アイリスを選んだのに、ろくに相手もせずに他の女性全員に手を出すと、アイリスが闇落ちするのだ。


父であるマスール侯爵を焚き付けて国と戦争を起こし、謀反に成功したアイリスは、密かに雇っていた魔法使いに父親達を始末させ、女王の地位を手に入れる。


そして、捕虜にしていた主人公をはじめとした見目麗しい男達を全員奴隷にしてしまう。


『ふふふっ。可愛い私の奴隷達。私だけを一生愛し続けなさい』


――という『飼い殺しバッドエンド』と、実はもう一つある。



女王の地位を手に入れるところまでは同じだが……捕虜にしていた主人公をはじめとした見目麗しい男達を氷の中に生きたまま閉じ込めてしまうのだ。

氷に閉じ込められ、永遠に変わることなく生き続ける主人公達……。


『ふふふっ。やっと私だけの物になったわ。永遠に変わらない綺麗なままのあなた達をいつまでも愛し続けてあげる』


王座の周りに並べられた氷の墓標をうっとりと眺めながらアイリスは微笑んだ。

その傍らに魔法使ミランダいを置いて――。


という『氷付けバッドエンド』である。


因みに、アイリスを選んだ状態でローズの好感度を適度に上げると発生なる。

まるで、ローズを選んだ罰のようだ。


……何故だ。

どうしてローズが絡むとここまで酷くなるのだろう……。


「ねえ、ねえ!早く教えてちょうだーい!」

握られた両手を上下にブンブンと振られた私は、ハッと我に返った。


――バッドエンドには魔法使ミランダいがいた。どんな理由でアイリスに付いたのかは分からないが……。


思わずミランダを見つめると、ミランダが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「……何でもない」


ミランダにオーラの色を聞いたのは、この世界にいるアイリス様が、転生者なのかを知りたかったからだ。

のような存在がいるのだから、後何人かいてもおかしくはないと思う。


敢えてバッドエンドを選ぶ転生者なんていないと信じたいが……ハーレムルートの条件がバッドエンドなのだ。


「相談事?聞くわよ?」


いっそのこと話してしまいたいが……あくまでも『マイプリ』の中での話であって、現段階で現実的とは言えない。


「んーん。ありがとう。大丈夫」

起こるともしれない未来を語られても……ね。


「そう?だったら、早くさっきのを教えてちょうだい!」


……忘れてなかったか。誤魔化せたと思ったのに。


「何でもないの!本当に何でもないよ!?アイリス様に似てる人を知っているような気がしただけ!それだけだから!」

「そうなの?」

「私に似てる人……って?」


……。

アイリス様が妄想の世界から戻ってきてしまった。


「ええと、そのー、アイリス様みたいな面食いな人がいたような……いなかったような?」

「……それはいるの?いないの?」

「あ、あの、乙女ゲームの中にいました!」


あっ……。

思わず口を滑らせてしまったが、私はアイリス様の表情の変化を見逃さなかった。


「おと……め……げーむ?」

アイリス様はキョトンと瞳を丸くし、何の事か分からないという顔で首を傾げたのだ。


……あ、本当に知らないんだな。と、思える納得の表情だった。


これが演技だったら……私にはもうどうする事はできない。

バッドエンドは回避できません!!


という事で、アイリス様は転生者ではなかった。……そう信じる。


「おとめげーむって何?」

「その中って入れるの?」


うっかりポロリとした発言のせいで、この後私は、ミランダとアイリス様から怒濤のごとく追及される羽目になったのだった。


……流石は幼なじみ。

夢中になると周りが見えなくなるのは、アイリス様もミランダも同じだった。

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