二番目候補は頑張らない!!〜私の結婚相手は王子様じゃない〜

ゆなか

第1話 二番目候補者は頑張らない!

わたくしは、ローズ・ステファニー。

ステファニー侯爵家の次女であり、麗しのお母様譲りの白銀色の髪とアメジスト色の瞳を持つ十七歳である。


――そんな私。

この度、メルロー王国第一王子であるカージナス殿下のの婚約者候補に選ばれてしまいました。


正直に言ってしまえば、不本意でしかない。

不本意だ。全くを持って不本意である。


万が一にでも、『婚約者』に選ばれようものならば、ゆくゆくはこの国の王妃になってしまうわけで――――。


……無理。絶対に無理!!


自分で言うのもなんだけど、私は王妃になるような器の持ち主ではない。

これは謙遜でもなければ、自己評価が低いわけでもなく、ただただ事実である。


――『ノブレス・オブリージュ』。

貴族の令嬢として生まれた以上、己に課されている義務は十分に理解しているし、愛国心もある。


だが、それとこれとは全く話が違う。


自領民の生活を守るだけでも大変なのに、名前も顔も知らない全国民のために、身を粉にして働ける程の献身も覚悟もない。

王妃なんて大役は、面倒くさ…………荷が勝ちすぎて、私の身の丈には合わない。


そもそも、隣国に長女が嫁いでしまった我が家は、次女である私が婿を迎える必要があるのだ。


『少しでも優しくて理解のある、身の丈に合った旦那様を婿に迎えたい』――と、理想の婿探しをしていたはずなのに……どうしてこうなったの!?


――ことの発端は、三日前の夜。


*******


「……すまない、ローズ」

夕食の席に現れるなり、お父様が私に向かって深々と頭を下げた。


……あら?

お父様の頭、少々薄くなったのではないかしら。


帰りが遅くなると聞いていたために、先にお母様と夕食を取っていた私は、持っていたワイングラスをそっと置いて、お父様(の頭)を見た。


「カージナス殿下の婚約者候補に決まってしまった」


カージナス殿下、って……。

「我が国の第一王子カージナス殿下のことでしょうか?」

「ああ、そうだ」

「……お父様がですか?それはおめでとうございます?」

理解が追い付かないものの、私はニコリと微笑みながら首を傾げた。


「ば、馬鹿なことを言うんじゃない!私にはソフィーがいるんだから、お前のことに決まっているだろう!?」


『ソフィー』とは麗しのお母様のことである。

娘が十七歳になったというのに、二人は未だに新婚夫婦のように仲が良い。

お母様がいなければどうだったのかと、失言しようものならば、真っ赤な顔をして声を荒らげたお父様の顔が、更にとんでもないことになりそうだったので止めた。


この国の第一王子を冗談に使うには不敬極まりないことだし、お父様はこの手の冗談を言わない。

――ということは、本当のことなのだろう。


……なんて、厄介な。


「嫌です」

私は即答した。


そして、テーブルに置いたワイングラスを持ち直すと、そのまま口元で傾けた。


……んー、美味しい。

思わず頬に手を当てながらうっとりしてしまう。


「しかし、ローズ……!」

「お断りして下さい」

お父様から懇願の眼差しを向けられたが、私はツンとそっぽを向いて、視線ごとバッサリ切り捨てる。


「……ローズ!」

「い・や・で・す・わ」

「ローズ、聞いてくれ!これは王命なんだ!」

「絶対に嫌」


ツーン。


「お姉様が隣国の王族に嫁いでしまった我が家は、第一王子殿下ではなく、ステファニー侯爵家を私と共に継いでくれる婿様が、必要なはずではないのですか?」

「そ、それは……」


……お義兄とお姉様の結婚は、恋愛結婚だったからまだしも。

お姉様を出汁にして、あれやこれやと隣国との交渉を有利に進めた王国は、我が家の事情をそれはそれははずなのに……。

『王命』って、何?

第一王子を餌にすれば、誰もが飛び付くと思っているなんて、大間違いであり、酷い侮辱である。


侯爵家の令嬢として生まれた以上、政略結婚は仕方ないと思っているが、私が想定していた相手は王子様ではない。

『少しでも優しくて理解のある、身の丈に合った旦那様』を婿に迎えことが、私の義務だからだ。


……保身のために弁解をしておくが、第一王子のカージナス殿下が『優しくもなければ、理解もない』のだと言いたいわけではない。

私と同い年であるカージナス殿下は、金色のサラサラとした長めの髪と、サファイアブルーの澄んだ瞳を持つ美しい方だ。

見目の麗しさだけでなく、先見の明のある――――とーーーーっても、お腹の黒い方だと噂されていたりする。


二番目の婚約者候補とはいえ、そんな一筋縄ではいかないような相手なんて、全力でお断りしたい。


「……それに、殿下にはミレーヌ様がいらっしゃるではないですか」


貴族の中で一番位が高く、王族に近い血筋に当たる公爵家からは、最も多くの王妃が選出されてきた。


今代の公爵家には、第一王子に釣り合う年齢であるだけでなく、隣に並んでも全く遜色のない見目麗しい令嬢がいる。それがミレーヌ様だ。


幼馴染みでもある二人は、昔からとても仲が良く、このまま婚約して、結婚するものだとばかり思っていた。

それなのにどうして、私の名前が候補に上がることになったのだろうか。


「……ローズ、頼むから話を聞いてくれないか?」

「折角の美味しいワインが不味くなるようなお話は、したくありません」


ツーン。ツーン。ツーーーンだ。


「ローズ?お母様からもお願いよ。お父様のお話を聞いてあげてくれないかしら」


ツー……

「……お母様」


大好きなお母様に困り顔でお願いされたら、聞かないわけにはいかない。

一見、強面な顔立ちのお父様が瞳を潤ませているのも、ほんのちょっとだけ可愛かったから、渋々だが話を聞いてあげることにした。




カージナス殿下の婚約者候補に上がったのは、私を含めた四名の令嬢だそうだ。


一番目の婚約者候補は、アスター公爵家のミレーヌ様。

蜂蜜色の立派な縦ロールの髪と濃いブルーの瞳。魅惑的なメリハリボディを持ち、目が覚めるほどの華やかな顔立ちの美人である。

同じ年でありながら、ささやかボディの私とは違う……き、気にしてなんか……!


二番目は、私。

ステファニー侯爵家のローズ・ステファニー。


三番目は、澄んだ緑色の瞳が綺麗な、小柄で可憐なマスール侯爵令嬢のアイリス様。


四番目は、焦げ茶色の髪と琥珀色の瞳。快活で聡明だと噂のバン侯爵令嬢のミランダ様。


以上、私を含めた候補者四名が、カージナス殿下と同い年の十七歳だという。


――余談だが、私がなのは、家格の都合上のことである。傍目には同じ侯爵位であっても、実は序列というものがある。それ故のことなので、深い意味は特にないそうだ。


お父様の話によれば、カージナス殿下の婚約者は、当初の予定通りに、ミレーヌ様に決定されるはずだったそうなのだが……突如として、異を唱える者が現れたのだそうだ。

異を唱えた者の家門は、決して無視できるところではなく、それならばこの際に、婚約者候補を見直すのも良いだろう、という流れになったそうだ。


公平な話し合いを進めて行く内に、アイリス様やミランダ様のお名前が候補上がり、最終的にミレーヌ様、アイリス様、ミランダ様の三名の中から婚約者を選ぶ流れになったとことろで――カージナス殿下が突然、私も候補に入れて欲しいと言い出したらしい。


「……殿下が、ですか?」

「そうだ」

お父様がウンウンと大きく頷いている。


「私には、候補に上げられる覚えがありませんが……」


お父様はこの国でも重要な役職に就いているらしいが、爵位も継いでいない小娘の私が選ばれる理由にらならない。


カージナス殿下に会ったのだって、昨年のデビュタントの時が初めてだ。

それも国王ご夫妻と併せて一緒に挨拶をしただけ。

私のお姉様とカージナス殿下は、多少の面識があったみたいだけど……。



これから一年ほど時間をかけて、四名の候補者の中から、カージナス殿下に相応しい婚約者を正式に選ぶのだそうだ。


色々と不満はあるが……『王命』は絶対で、侯爵家であろうとも覆すことなど到底無理な話だ。

従わなければ、一族郎党酷い罰を受けることになる。それでなくとも、親から結婚しろと言われれば、娘の私は従うしかないのだから。

……それでも。抵抗したいと思うのが、乙女心である。


「お父様のご事情は分かりました。ですが、私は殿下に気に入られるつもりはありません。……それでもよろしいですか?」


恐らくは出来レースになる。

勝者になる予定のミレーヌ様がいる限りは、大丈夫だろうけど、殿下本人に指名されている以上、不測の事態が起こることだけは、絶対に避けたい。



「ああ、助かる。私はそれで全然構わないよ」

「……分かりました。でしたら、謹んでお受け致します」


――なので、二番目候補の私は何も頑張りません!

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