第13話

 白い乗用車に乗った。車に乗るのは随分久しぶりだ。

 給仕さんがエンジンをかけると同時にFMラジオが流れた。電波が悪いのか、年季が入っているのか、スピーカーから響く音楽は途切れ途切れだ。

 見慣れているはずの杉や松の森が、車窓を通して見ると新鮮な輝きを纏った。勾配の大きい坂道や急なカーブが、どうしようもなく楽しかった。

 私は紙袋を抱え助手席に座っている。隣で給仕さんが何か話していたが、私は景色に気を取られていた。その後も、ずっと私はうわの空だった。

 車に揺られながら木漏れ日の差す砂利道を見つめていると、木々の影が途切れて陽の光が顔に当たった。私は顔を上げた。私達がいる山の裾野から延びる青田に、雲が涼しげな影を落としている。果て無く続く田園風景の彼方から積乱雲が昇っている。

 給仕さんにこの風景の感想を訊かれたが、何も答えなかった。心を奪われているのは、私の様子から十分伝わったはずだ。

 病院に入っても、私の気持ちは浮ついたままで落ち着きがなく、給仕さんに優しくたしなめられた。

 香織の病室を訪ねた。彼女は厭世的な顔で、お腹に置いた自分の指を見つめていた。私に気が付くと頼りなく微笑み、給仕さんには会釈をした。給仕さんは挨拶をすると、すぐに買い出しへ行った。私は香織と二人きりになった。

「ずっとベッドの上で退屈でしょ」

「うん、テレビを見るぐらいしかすることない。あの兎達に会いたい」香織は淡々とした口調で言った。

 私が何気なく窓の方へ向くと、香織も同じように窓へと視線を移した。香織の横顔は穏やかで、失った妹を偲び、倒れるまで食事を断つという過酷な罰を自分に課した少女には見えない。

 誰かを思い苦しむ生き方が、私には美しかった。その崇高さが羨ましかった。

 今の彼女は、どこか違って見えた。

 

 

 

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白鹿の宗教家 驢馬 @adagawa

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