26.真相しんそう

 インターホンの音で目を覚ますと、すぐとなりでは、まだ規則正しい寝息が聞こえている。

 昨日遅かったからきっと、ちょっとやそっとのことでこの寝息は乱れないだろうけれど、どうやらお客様に居留守は通用しない様子。

 3回目のピンポーンの音で、私はようやく起き上がる決心がついた。

 首に絡み付いていた大きな腕を静かに離し、カーディガンを羽織って寝室を出る。

 暦は春でもまだまだ朝は肌寒く、低血圧もありすぐに起き上がるのは辛い。おまけにせっかくの休日なのだからもう少し寝ていたかったな、と思いつつ玄関へ急ぐ。

「私、私~」

 ドアの向こうからの声で、本日の予定を思い出す。

 まずい…寝坊した?

 慌ててドアを開ける。

「おはよー」

「渚さん、ごめんね!寝坊しちゃった」

「違うよ!新居見たかったから1時間早く行くねっ、てラインしたじゃん…見てなかった?」

「あ、」

 アパートは新しく大学と蘭館の中間で探し、ようやく引っ越しも一段落したところだった。

「ごめんね」

「いいよ。じゃ、おじゃましまーす…って……え?…はぁ!?」

「どうしたの?」

「そ、その靴…」

 彼女が釘付けになったのは、明らかに男物のくたびれたスニーカー。そうだった…彼がいることを忘れてた。

「えっと…今日説明するつもりだったんだけど」

「なんだぁ!彼氏で来たの?言ってよ~水くさいな、杠葉さん」

「そういうわけじゃ…」

「あれー?サユリん?」

 弁解しようとでかかった言葉を、寝室からのっそり出てきた英先生に遮られる。

「そういう事だから、よろしくねサユリン」



「さぁ、白状しなさいよ!」

「だから、違うんだって渚さん」

 せっかく楽しみにしていた映画なのに、予定していた時間よりも一本遅らせる事になり適当に近くの喫茶店に連れ込まれた。

 ファミレスと違ってケーキひとつが高い。フリードリンクもない。お洒落な音楽が流れ、普通のボリュームで話しても迷惑になりそうなくらい私たちは場違いな気がした。

「違うって何が?」

「だから…」

 すぐ後ろのテーブルのマダムたちの視線に気付いて、更にボリュームを下げる。

「まぁ色々あって…ちょっといい感じになって…それからは執筆が終わると遊びに来て、泊まったりとか…」

「ちょちょちょ…もうすでに半同棲?」

「違うよ!」

「だってもうやったんでしょ?」

「ちょっと直球すぎ!違うんだって」

「じゃぁ何なの?」

 渚さんは今、バーやコンビニなどでバイトを掛け持ちし、すぐ彼氏ができたらしくとても幸せそうだった。

 そんな彼女に言うのもちょっと恥ずかしいけれど…

「はぁ?覚えてない?」

「うん…」

「は?え?な、なにそれ!」

 彼女は疑問が多すぎて混乱しているのだろう。周りの状況をすっかり忘れ段々と声が大きくなる。

 それをたしなめると若干気を使ってくれたようだが、きっとまたすぐヒートアップしてしまうのだろう。

「まさか前戯でいったとか?朝起きて裸でびっくり隣に先生が…とか?でもまさか普通わかるよね?…初めてでもあるまいし」

「……」

 ポンポン飛び出す質問についていけなかった訳じゃない。あまりに図星過ぎて、答えられなかった。

 俯き顔がかぁーっと赤くなる私を見て、事実を察したのか、彼女は一瞬黙った。

「嘘、でしょ…でも、その1回きり?」

「…うん。先生が朝同じベッドに寝ている事はよくあるけど」

「何なの~気になる」

 お似合いだから付き合っちゃいなよ、なんて彼女は軽く言うけれどその辺はグレー過ぎて私もどうしたら良いかわからない。

 今さら聞けないし…

 先生といると楽しいし、とても優しくしてくれる。でもだからこそ気持ちに嘘をついてはいけない気がした。

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