『すすぎの宮』にて

「書斎におらぬと思うたら、ここにおったのか」


 後ろからしたクストスの声に、ミササギは振り返った。そこは王立図書館の屋上で、彼らの他には誰もいない。風の音が静かに響いている。


「わざわざご足労いただくとは。何かご用でしょうか、クストス殿」


 屋上から見える王都に目を向け直すと、ミササギは問いかけた。

 丘にあるこの城から王都ははっきりと見え、雲一つない空に浮かぶ日の光を受けて、王都全体が日の色に光っているかのようだ。


「ラクスから、おおよその話は聞いた。どうするべきか検討すべきであろう。ラクスももうすぐ、そなたの書斎に戻ってくるはずじゃ」

「そうですか」

「それで結局のところ、そなたは此度の事件をどう考えている?」

「私の噂を流すことでモルスの評価を下げ、魔法の管理体制への疑問を民衆に持たせようとした、のでしょうね」


 答えないだろうと考えていたクストスは、彼が答えたことに驚いた。


「上手くはいかなかったようですが」

「それはまるで、そなた自身が相手の狙いのように聞こえるが」

「この国が、魔法に関して積み上げてきたもの。間違いではなかったのかもしれない」

「モルス殿?」


 ミササギはまるで、クストスの声が聞こえていないかのように王都を眺めている。


「クストス殿。モルスはもう、この国にいらないのかもしれない。これ以上、我らの秘め事を積み重ねる必要はないのかもしれない」

「それはどういう」


 クストスに視線を向けると、ミササギは淡く微笑んだ。


「しかしそうだとしても、それを決めるのはあなたでも私でもない」


 クストスが更に問いを重ねようとした時、階段を上がってくる足音が聞こえた。

 二人が顔を向けると、そこには見知らぬ人物がいた。城の兵士でも使用人でもないのは明らかで、貴族の家臣のような恰好をしている。

 その男は近づいてくると恭しく礼をした後、二人に向き直った。


「モルス殿とクストス殿で間違いないな?」

「そうじゃが、何か用か?」

「我が主トキノキラから伝言を言い渡す。『すすぎの宮』にて、モルスの大切な者たちとともに待つ」

「何だと……?」


 ミササギは驚くと、厳しい目を男に向けた。


「モルス殿とクストス殿。どちらもこのまま大人しく私と来てもらおう。来なければ、今のところ無事である彼らが、どうなるかわかるな?」

「考えを読まれていたか……すまない」


 ミササギは宙に視線を向けると、悔いるように拳を握りしめた。

 この男の魂は感じれるものの、いるはずの彼の仲間の魂は感知できない。魂の感知で気づかれないように、それを防ぐ魔法をかけた上で城内に侵入したのだろう。距離が開いていれば、この魔法が使われていることに気づけない。


「私が狙いだろうに、彼らに手を出すとはな。後で悔いるといい」

「来る、ということで構わないな?」


 ミササギは黙ってうなずくと、クストスに顔を向けた。


「悪いなクストス殿。どうやら下手を打ってしまったらしい。一緒に来ていただけますか?」

「それは構わんが」


 クストスは探るようにミササギを見てきたが、ミササギは小さく首を振った。

 今ここで魔法を行使してこの男に危害を加えても、『すすぎの宮』に行った時点でそれがばれるだろう。

 兵士のような助けを呼んでも同じだ。彼らの命を優先するなら、何も下手なことをしない方がいい。トキノキラが魔法を使えることはもう間違いない。

 二人が納得したことを見てとると、男は二人に歩くように示した。

 見張られながら階段を降りていき、モルスの建物と図書館を結ぶ渡り廊下に来た時、ミササギは足を止めた。


「悪いが、書斎にこれだけ置いてもいいか?」


 ミササギが懐から紙を出すと、男はその紙が問題ないことを確認した。ふんと鼻をならすと、


「そんな紙切れのために、大切な者たちが死んでも知らんぞ」


 早くするように仕草で示す。

 ミササギは二人と一緒に、モルスの建物に渡り書斎に入った。男が見ている中で、造作なく机に紙を置く。


「早くしろ」

「そうかすな。わざわざ言われなくとも『動け』る」


 男に見張られている中で、ミササギは紙と羽ペンに視線を向けながら答えた。そして素早く扉を閉めると足早に歩き始める。後はラクス次第だと、ミササギは思った。


 そのまま階段を経由して外に出ると、庭園の方向を指し示されミササギたちは先に歩かされた。城内の者に怪しまれないために、二人から距離を取るつもりのようだ。

 そうして見えてきた花が咲いている庭園は、柔らかな甘い香りが立ち込めている。

 その中にたたずむ白い『すすぎの宮』の辺りは、とても静かで水の音しかしない。起きている事態とは、逆のゆったりとした時がこの場所には流れているかのようだ。

 ミササギとクストスはそこに足を踏み入れた。すると男が二人を歩き抜いて、待っていた黒髪の男に向けて進み出た。


「お連れしました、トキノキラ様」

「ご苦労」


 トキノキラは頷くと、宮に備え付けられていた椅子から立ち上がった。

 その横には、彼の部下が二人を連れてきた男と合わせて三人。部下たちの前で、床に座らせられているのがセセラギたちだった。

 宮はそれだけの人数がいても十分に広く、トキノキラとミササギの間には三メートルほどの距離があいている。

 ミササギはまず、セセラギたちに目を向けた。シルワは元気がなさそうにうなだれているが、見たところ全員に怪我を負っている様子はない。あくまで、ミササギをここに誘導するために連れてきたのだろう。

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