先手を打たれた策略

「二人が来る前に準備を始めていたので。行きませんか? 王都に来る時は違う道を通るようになってしまって、あれからあの場所には行けていないから、この機会にもう一度見ておきたい。というのが本音なんです」


 セセラギが穏やかに言うと、ヨルベは仕方なさそうに態度を改めた。


「わかったわ、なら行きましょう。ミサギはしばらく仕事から離れられないらしいから。私たちだけでも行ってあげましょう」

「私もいいのでしょうか?」

「構わないわ。許可をとってあると言ったでしょ? たまには休むことも大事よ。あなた、あまり元気ないみたいだし」

「馬車の人数的には問題ないから、どうぞ。気にしなくていいよ」


 セセラギは、先に部屋を出ていった。続いてヨルベも歩き出す。シルワは、二人からそう言われてもどこか落ち着かなかった。

 ミササギが忙しいのは、重要なことが起こっているからだ。

 そして更に何かが起きようとしているのではないのか、そんな予感がシルワの魂を震わせている。

 二人の後を追って、シルワは屋敷の外に出た。外といってもまだ屋敷の敷地内で、庭に止めてある馬車に向かう。

 正直に言うとシルワは馬車に乗ったことがほとんどないため、あまり馬車が好きではなかった。落ち着かないのはそのせいもあるかもしれない。

 先に待っていたセセラギが、二人に近づいた時だった。


「貴様、何者だ。用向きを答えよ」


 門にいる守衛の声が庭に響いた。三人の中で最も早く反応したセセラギは、彼の従者に目をやると従者とともに走りはじめた。


「そこにいてくれ」


 と、セセラギが言い残していったものの、ヨルベは落ち着かないように首を振ると、後を追いはじめた。

 シルワと同じような予感を、もしかしたら感じているのかもしれない。

 そうして、二人が後を追って門に着くと、セセラギと見知らぬ男が向かい合っていた。周りでは守衛が油断なく見張っている。更に近づこうとしたシルワを、ヨルベが引き止めた。


「あの人は……」


 ヨルベが男を見て、小さく声をあげる。彼のことを知っているのかもしれない。


「これはこれは、セセラギ殿か?」


 見知らぬ男は、セセラギを面白そうに見た。四十半ばほどの男で、黒髪を後ろで一つに束ねている。黒を基調にした金糸で縫い取られた衣装を見るに、貴族階級のようだ。

 人の裏まで見透かしそうな鋭い目が、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


「確かに、私はセセラギ・クラーウィスだが、貴公はいかなる用で参られたのか。守衛が警告しているのを聞いたが」

「ふ、大した用ではないが、まあ、断りもなく敷地内に入ろうとしたことは謝ろう。それでセンカ殿はいらっしゃらないようだな?」

「父上なら会議が終わった後、自領に戻られた。何か用向きがあるなら、私が伝えよう」

「なるほど、そうか……ならば」


 男は笑みを深めた。灰色の目からは真意が読み取れず、セセラギは眉をひそめた。

 同時に、ヨルベが魔法を唱えられる構えをとったことに、シルワは気づいた。


「貴公は私をご存知のようだが、失礼ながら、貴公の名をお聞きしてもいいか?」

「私の名か? ふふ、そうだな」


 男は声を上げて笑いながら、セセラギに向かって礼をする。


「お初にお目にかかる。シュンイ=スケ=ドミナーティオ・トキノキラと申す」

「なっ」


 トキノキラと聞いて、セセラギは小さく声をあげた。


「何をそんなに驚いておいでかな? セセラギ殿」

「貴公は、病で臥せっておられたのでは?」

「そう、大変に辛く大会議を欠席したが、数日前に良くなったもので、せめてクストス殿には挨拶申し上げようかと思い、王都に来ただけのこと」


 トキノキラは、組んでいた両手を下ろした。


「セセラギ殿もご一緒にどうかな? 本当はセンカ殿にしようかと思ったが。お前の方が、都合がいいのかもしれん」

「何の……」


 セセラギが不審げに声を上げると、トキノキラは笑みをおさめた。そのまま何かを言おうとしたが、


「失礼だが、あなたはモルス殿に会いに来たのでは?」


 ヨルベが隠れていた所から前に進み出て、声を掛ける方が早かった。

 トキノキラは首を傾げてヨルベを見たが、すぐに思い当たったように何度かうなずいた。


「確か、お前はモルスの婚約者だったな。なるほど。自分から親しい者を遠ざけようとしたようだが、私の方が一枚上手のようだな」

「どういう意味だ?」


 セセラギが険しい声で聞くと、トキノキラは右手を下ろしたまま指を小さく動かした。それに気づいたヨルベが、追うように法陣を描く。


「――眠りよ」

「守りよっ」


 トキノキラによって眠りの法陣が発動され、追うようにヨルベの守りの魔法が展開されたが間に合わず、クラーウィス家の従者たちは魔法で眠らされ倒れこんだ。守れたのはセセラギとヨルベ、シルワだけだ。


「ほう、悪くない発動速度だ」


 ヨルベを見て、感心したような声をトキノキラは漏らした。


「お前、魔法が使えるのかっ。何のつもりだっ」


 セセラギは腰の剣に手をかけた。それを見ると、トキノキラは冷ややかな目線をぶつけた。


「やめておけ、剣など魔法の前では無意味だ」

「なら、魔法をぶつけるまでよ」


 ヨルベが構えたまま鋭く言葉を返すと、トキノキラは困ったように手を広げて見せる。


「やれやれ、困った小娘だ」

「なんですってっ」

「私の魂の強さに気づいたことと、魔法の反応速度は褒めてやるが……。その他は甘い、ということだ」


 トキノキラが告げた瞬間、ヨルベは何かに気づいたのか目を見開き、魔法を詠唱した。

 その瞬間、四方から刃のような風が現れ、追加で作られた守りの魔法がどうにかそれを弾いた。

 トキノキラは魔法を発動していないため、他にも魔法が使える者がいるということになるが、ヨルベにはいるはずの他の者の存在を感知できない。風の音の中で、トキノキラの声が冷たく響く。


「ゴルガ・レニカ・ゼギ、汝の魂力こんりきを留めよ」


 白色の法陣がヨルベの足元に展開され、彼女はそれを止めようとしたが間に合わない。風がおさまるとともに白い光が収束し、彼女の魔法を封印した。


「っ……」

「さて。そこのプロムスは魔法を使えないようだから、こんなものか」


 トキノキラがそう言うと、まるで最初からそこにいたかのように、周囲に男たちが姿を現した。トキノキラの部下だろう。


「魂の気配を絶っていても感知する方法があるのだがな。次回までに学んでおくといい。次回があるのなら、だが」


 ヨルベに近づこうとしたトキノキラを止めるように、セセラギは剣を抜くと切っ先を彼に向けた。


「無意味だと言わなかったか? 案ずるな、何もしなければ殺しはせん」

「彼女に近づくな、シルワにもだ。狙いは何だ?」

「復讐を果たせればそれでいいのだが。私にも気になっていることがあってな」


 トキノキラは魔法を唱えようとした自分の家臣を止めながら、答える。


「お前の兄は、本当にそうなのか?」

「何の話だっ」


 会話を聞きながら、シルワは必死に魂を感じようとしていたがやはり上手くいかない。

 こんな時にこそ、せめて自分の身くらいは守るべきだというのに。悔しさに口元を引き結ぶ。


「まぁ、モルスに会えばわかるだろう。だが、モルスにはさすがに今のような小細工は効かん。そこでお前たちを連れていけば、向こうは私に応戦できなくなるはずだ。対等に話をしてくれるだろう。それに、観客がいた方が面白いからな、来てもらうぞ」

「あなた性格悪いのね。どっかの誰かと一緒だわ」

「おや? 誰のことか知らないが、口は慎んだ方がいいぞ」


 ヨルベは悲しげに微笑むと、「そうね」と短く答えた。


「セラギ。行きましょう。あなたが死んだら、ミサギが悲しむ」

「くっ……」


 セセラギは、剣を向けたまま周囲に目を向けた。トキノキラを入れて敵は六人。おそらく全員が魔法を使えるはずだ。剣で抵抗しようとしても無駄なのは明らかだ。

 屋敷に残っているはずのセセラギの家臣やヨルベの従者が出て来ないことを考えると、彼らもこの間に眠らされている可能性が高い。

 セセラギは目を伏せると、ゆっくりと剣を鞘に納めた。


「よろしい」

「彼らには何もするな」


 セセラギが眠り伏している家臣らを示しながら言うと、トキノキラは大仰にうなずいてみせた。


「部下に、屋敷の中に運ぶよう言っておいてやろう。では、そこにあるお前の馬車を借りてもいいか?」

「……好きにしろ」

「この騒ぎが周囲にばれる前に、城に行こうではないか」


 それを聞いて、シルワは声を上げて助けを呼ぼうとしたが、トキノキラが冷たい視線を向けると口を閉じた。


「そうそう、やめておくといい。助けに来た者たちに死んでほしくないだろう?」


 震えているシルワを見てから、トキノキラは部下たちに命じて屋敷に残る者とそうでない者をわけると、馬車に乗るように三人に命じた。


「ごめん……兄さん」


 馬車に乗ったセセラギのつぶやきを、部下に見張られながら聞いたヨルベは、悲しげに目を伏せた。

 部下とトキノキラ、三人を乗せた馬車は王城に向けて動き出した。貴族の別邸が連なるこの通りは人通りが少なく、馬車は誰にも不審がられることなく走り抜けていった。

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