とどめの一撃

 ミササギは高い位置にある枝に転移すると魔物の様子を振り返った。舗装された道を、魔物がまっすぐ駆け抜けてくるのが見える。誘導はうまくいったらしい。

 転移は目に見える範囲でしか行うことができない。次は何処に転移するべきか、それともこの辺りで仕掛けるべきか。


「さて」


 もう一体の魔物は疲弊していたから、調査官だけでも対処できるだろう。

 とすると、残りはこの魔物だけになる。この魔物は傷つけたとはいえ、まだまだ体力は残っているように見える。

 ミササギの姿が木の上にあることを確認すると、魔物は咆哮ほうこうを上げた。角が光り出す。


「もう、いいか」


 諦めたように、ミササギはつぶやいた。

 いくら森に被害を出さないようにすると言っても、無理がある。先ほども対処を少しでも誤っていれば、誰かが大怪我を負っていたに違いない。

 墓所周辺ならともかく、この辺りなら多少の被害を出しても問題は少ないだろう。あの場から引き離したのはそのためだ。

 ミササギは考えながら、魔物の攻撃を止めるために風を放った。魔物は角の光を止めると、それを簡単によけて着地しようとする。

 そこに追い打ちをかけるように、背後から別の風魔法が放たれた。魔物はすんでのところでそれをかわす。

 風の魔法が起こった方角を見ると、アクイラが走ってきていた。


「思ったより早かったな」


 ミササギはその姿を見ながら、転移の魔法を使用して、アクイラとは反対側に移動した。ちょうど、魔物を挟み込む形になる。


「片方は眠らせました」

「なら、こちらも終わらせよう」


 挟み込まれた魔物は、二人に向かって交互に首を向けている。どうするか迷っているのは明らかで、狙うにはいい機会だった。


「仕方ない、どうせ直すのは私だ。風の魔法を頼む、切り吹け」


 ミササギの魔法が、魔物に襲い掛かる。

 魔物は何度目かの風を簡単によけた。アクイラは同じ攻撃を加えることに疑問を抱いたが、言われた通りに風の魔法を使用する。

 当然のごとくそれもよけた魔物は着地しようとしたが、それを防ぐように、ミササギが壁の魔法を地面と平行に作り出した。

 魔物は宙に浮かぶ壁に乗る形となり、魔物の重みと衝撃で壁にはヒビが入りこむ。

 それを見ると、魔物は足元の壁を蹴り上げて改めて着地しようとした。その体が壁を蹴り上げ、宙を舞い、そして地面に着くのとほぼ同時に、


「――突き刺せ」


 ミササギによって、魔物の足元の地面が隆起しまるで大きな針のように鋭くなり、魔物の体を刺し貫いた。


『ギャアアオオオォォォッッッ!!』


 貫かれた魔物は針ごと持ち上がり、血を辺りに散らした。地面や周りの木々が所々赤く染まる。


「ゼギ」


 飛び散る血をよけながらミササギが魔法を打ち消すと、土の針は崩れ、魔物ごと地面に落ちた。辺りに血と土ぼこりが舞う。

 地面に落ちた魔物は、力なく倒れ伏した。ぴくぴくと痙攣した後に動かなくなる。


「ふう……」


 ミササギは、顔にかかった前髪をかきあげると深く息を吐いた。そのまま鎮魂の言葉を唱える。

 アクイラはその間、貫かれた魔物とぐちゃぐちゃになった土の針の残骸を黙って見つめていた。


「どうした?」

「あのような魔法は初めて見たので」

「地を操る魔法だ。難しい魔法ではないが、むやみに使用しても魔物に避けられただろうし、地面を無意味に荒らしただけだろうから、着地地点を絞るよう誘導した。君が来てくれて助かった」


 魔物の体には、残った土の針の先端が刺さったままで、今もなお傷口から血が滲みだしている。


「こちらは結局傷つけてしまったから、法陣痕ほうじんこんの調査がしにくいが、眠らせた魔物の方は問題なく調査できるはずだな」

「と、思いますが。一応こちらもやってみますか」


 アクイラは、魔物に対して法陣痕を出す魔法をかけた。


「これはっ、初めて見た」


 そうして、魔物の体に現れたのは紫色の法陣痕だった。


「従属の魔法だ、間違いない」


 ミササギは目を細めてその法陣を見つめた。先日の魔物のものよりもはっきりと見える。眠らせた魔物を調べても、おそらく同じ結果が出るはずだ。


「従属の魔法など、私は、魔法禁書の中で禁忌の魔法であるということくらいしか見たことがないのですが、魔物にも使えるものなのでしょうか」

「使えるが、魔物の場合だと細かな命令は与えられないな。例えば、特定の場所に向かえとか、人を襲えとか、単純な命令になりやすい」

「それで十分ですね……」


 アクイラは重々しくそう述べた。


「しかし従属の魔法を使える者が本当にいるのなら、何のためにという疑問よりも、なぜ使えるのか、という疑問の方が勝ります。禁忌となっている魔法を知っている者など」

「そう。私しかいないはずだな」


 禁忌の魔法の詳細は、モルス以外は見ることができない重要禁書に載っている。


「いえ、別に疑っているわけでは」

「わかっている」


 取り繕ったアクイラに対して、安心させるようにうなずいてみせる。


「二百年前、魔法により腐敗した政治を打倒した時、モルスは魔法に関する書籍を処分し、一部を新王国の管理下で保管することにした。それでも知っていると思うが、隠されたのか処分から漏れたのか、魔法に関する書籍が、二百年の間ぽつぽつとあちこちで見つかっている」

「はい。しかし、ここ三十年ほどでぱたりとそのような事例はなくなっているはずです。まだ、残っているのでしょうか?」

「わからないが、今のところはそう考えるのが自然だろう」


 ミササギは答えると、左手をおもむろにあげた。


「ノル・ラケニ・シーシエ、元に帰れ」


 桃色の法陣が魔物の周囲に展開され、その下の地面が元に戻り始めた。土の針を作り出したことで深くえぐれていた地面に、散らばっていた土が集まり平らなものに戻していく。


「とりあえず、王家の墓所に戻るとしよう。眠らせた魔物も調べなくては。あの場所も荒れてしまったから、整える必要もあるが、それは後から人手をよこしてもらおう。ちょうど儀式の準備もあることだ、人の力でできることはしてもらわなければ」


 ミササギは地面が元に戻ったことを確認すると、次に周囲に向けて水の魔法を使い、木々についた魔物の血を拭った。

 それからおもむろに、王家の墓所に向けて足を動かし始めた。アクイラもそれに続く。


「『御魂みたま送りの儀』、予定通り行うのですか?」

「ああ。でないと、先達の魂がこの世で迷ったままになってしまう。調査が終わった後、守備の兵を森に配備してもらおうと思っている。儀式までの数日、監視していれば大丈夫だろう」

「何も起こらないことを祈っておきましょう」


 それを聞いてミササギは足を止めた。


「そういえば、一つ聞いていいか」

「はい」

「君は先ほど、私の噂を聞いていると言ったな」


 聞いていたアクイラの顔がわずかに曇る。


「もしかして、レイリ殿に関する噂を聞いたこともあるのだろうか」

「それはっ」

「あるんだな?」


 ミササギは彼の言葉を打ち切ると、


「私が先代モルス、レイリ=モルスを殺して、モルスとなったという下らない噂を聞いたことが」


 表情一つ変えることなく、そう言い切った。


「その噂……調査官でも知っている者は多いかと。しかし、私はそのようには考えていません。本気に思っている人も少数かと」


 アクイラは断言した。それを聞いてミササギは笑みを浮かべた。珍しく、柔らかいものだ。


「感謝しよう、その言葉に。それに」


 ミササギは再びゆっくりと歩き始めた。


「そのような噂を払拭ふっしょくするためにも、儀式は行い、成功させなければと思っている。手間をとらせたな、戻ろう」


 歩きだした二人に、木々の間から漏れる日光が当たる。すでに、昼近くになっているようで、太陽はほぼ真上から差し込んできている。

 日光が時々当たるミササギの横顔からは、いつの間にか笑みが失われており、何かを考えるように険しくなっていた。

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