鋼断社ラノベ文庫『死ぬなら草原で死にたい』

「…………うぅっ……」


「…………」


「………………ふぐううっ……ううっうっ……」


「…………」


「…………うぅあっ……うヴぉお…………ヴぉオオオ……」


「先輩」


「ヴぉっ、ヴぉおえっ………………ふご……」


「先輩うるさいんでそろそろ泣き止んでくれませんか」


「うう……。ティッシュティッシュ……。ヴッ、ヴヴゥゥッじゅるる」


「きったね」


「ふぅ……。さて後輩君……。今日は私が泣きながら読み終えたこのラノベ……鋼断社ラノベ文庫『死ぬなら草原で死にたい』について語るとしようか……」


「いえ、結構です」


「語るとしようか……」




 鋼断社ラノベ文庫『死ぬなら草原で死にたい』


 ~あらすじ~

 三枝さいぐさ撫菜なずなは失恋した。

 告白した相手は撫菜にとっての全てだった。好きな人とともにいられない自分に価値はない、そう思い自殺を試みる撫菜。生死の狭間を体験しつつも奇跡的に助かるが、しかし――――魂だけは自分が死んだと勘違いしてしまった。

 針が一回転すれば肉体にも死が訪れる〝魂時計〟は時を刻み、余命四十四日を示している。撫菜は生死の狭間にて垣間見た〝あの草原〟が忘れられず、死に場所をそこに定めて旅に出た。行く手に広がる、不思議な世界。自殺未遂がきっかけで視えてしまうようになったこの世とあの世の狭間を撫菜はゆく。

 これは少女と世界が紡ぐ、救済のレクイエム。




「このラノベを読んでな、このラノベを読んでな、泣きすぎてハゲそうになったのじゃ」


「早くハゲてください」


「何から話そうかな~、魅力だらけなんすよマジ。まず撫菜が自殺未遂するシーンから始まるんだけど、とにかく描写が緻密なの。首をくくる縄の繊維の一本一本を、直接的に描写されてるわけじゃないんだけどそれにもかかわらずイメージさせられちゃうっていうかね」


「読者の想像を喚起してる感じですか」


「そうだね。だから自殺のシーンはドキドキする。未遂だけど。でそのシーンと並行して、撫菜の回想みたいな形で失恋の様子が描かれるんだけどさーあ、これがさーあ、まっすぐなのよね。撫菜はビシッと告白して、相手はバシッとお断りしてる。歪みも何にもなく、まっすぐに王道の悲恋を描いてんの」


「先輩の胸の起伏とどっちがまっすぐですか?」


「は? 私はAカップの巨乳なんだが?」


「はぁ……」


「溜息つくなや! クソが! てめえが揉んでデカくしろやクソが!」


「無を揉む……哲学の話ですか?」


「歪んだ後輩君と違って撫菜はまっすぐな女の子だっていう話に戻そうか。歪んだ後輩君と違って撫菜はまっすぐな女の子だっていう話に戻そうね。歪んだ後輩君と違って撫菜はまっすぐなんだけど、0か100かみたいな極端な思考の持ち主でもあるんだ。ゆえに失恋したらその日のうちに自殺することに決めた。まあいざ首を吊って死の恐怖を味わったら苦痛と後悔で暴れるくらいには中途半端なところはあるんだけどね」


「メンヘラとは違うんです?」


「メンヘラ……うーん……違うと思う。たぶん。メンヘラってなんだか闇じゃん。ネチネチジメジメしてるっていうかそういうイメージじゃん。撫菜は光なんだよ。明るいとかそういうレベルじゃなく、邪魔なくらいに強烈すぎる光。いろいろと度が過ぎてるんだよね。正義感が強くて、正論しか言わなくて、周りから疎まれる。相手の目を潰しかねない光。で、その明るさで自分自身を見る目すらバカになってるから、『彼と交際し、愛し合えないのであれば、わたしの人生に何の意味があろうか』みたいな結論に光の速さで至っちゃう」


「頭の固そうな人だ」


「固いんすわ。そこが魅力なんすわ。撫菜はこの世とあの世の狭間という不思議な世界を旅して〝あの草原〟を目指すんだけど、第二章でとある商人と約束をするシーンがあってさ。その商人はエイリっていう少女なんだけど、意気投合して友達になるのね。そんななか、珍しい品を仕入れる予定があるから港で落ち合おうっていう話になって、律儀に待ち合わせ場所に行った撫菜はコンテナの陰でヤクザみたいな男どもに囲まれんの。で、下手に抵抗したもんだからボコボコにされるわけ」


「エイリが撫菜を罠にはめたんですか」


「うん。エイリは最初から特異体質持ちの撫菜を売り飛ばすつもりで近づいたんだよ。人身売買」


「撫菜、恨むでしょそれは」


「恨まないんだよねえ。それどころか、ヤクザの仲間として現れたエイリに、何も訊かずに笑いかけるんだよ。あの時スープを恵んでくれた恩人だから。あの時自分の境遇を聞いて慰めてくれた友達だから。そういう理由で、撫菜はエイリのすべてを受け入れていて、そうと決めたら頑として譲らなかったんだよね。頭、固ぇわ」


「で、エイリは反省して土壇場で助けにくると」


「そうは……ならなかったんだよな~。エイリは船に連れていかれる撫菜を感情のない目で見送って、それきりふたりは再会することはなかったんだよ」


「えぇ……。悲しいですね」


「うう……うヴぉおおほっほっほおお……」


「うわ急に梅干しみたいな顔で泣かないでください」


「ごめんよ、つい思い出し泣きが……梅干し!? ……いや、エイリもね、いい子なの。病気の弟や妹たちを治療するためにお金が必要だったのよ。まあこの事実を読者が知るのは第六章なんだけどね。だからほんとに、撫菜とエイリが別れる第二章のあそこは苦くて救いのないシーンでしかないんだわ」


「僕は救いがある方が好きなんですけど」


「あるよ、救い」


「あるんだ」


「第六章……最終章まで読めばね。基本、第一章から第五章までは感傷的でビターな展開が続くんだけど、最終章でその全てが清算される。撫菜は〝あの草原〟に辿り着くんだ。〝あの草原〟というワードって本作には頻繁に出てくるんだけど、実はそれが何なのかは最終章になるまで明かされない。撫菜にとっての救済が〝あの草原〟で死ぬことだ、ということしか読者には知らされないまま話が進むものだから、私はいろんな想像をさせられたよ」


「草原というと、サバンナみたいな広大なものってイメージありますね」


「その程度の認識でいると度肝を抜かれるから。まあそのへんは物語のコアだから詳しくは言えないんだけどさ。単巻完結ものだけど、分厚いからめったゃ楽しめると思うんだよね。ほら」


「あ、本当ですね。鈍器だ」


「ちなみにあとがきには『最近異世界転生ものが多いので自分も流行に便乗して、現実世界で死んで不思議な世界に行く話を書きました』って書いてあった」


「異世界もの絶対わかってないですよねその作者」


「初期の仮タイトルは『失恋して首吊り自殺で転生』だったらしい」


「担当編集の有能さを感じる」


「あと第三章に出てくる石切いしきりっていうキャラがいるんだけど後輩君好きそうなんだよね」


「ほう。どんなキャラなんですか」


「えーとね、年上の女の子で、根暗で、オタクで、眼鏡かけてて、貧乳」


「や、生理的に無理ですね」


「何で? 私に似てるキャラだよ? 後輩君私のこと好きじゃん」


「先輩が生理的に無理っていう意味で言ったんですが……」


「こいつ表情すら変えねえ……」


「僕の表情を変えることができたら先輩のことを下等生物と思うのやめてあげます」


「後輩君」


「はい?」


「私……、私ね? その……こ、後輩君のことが……好き、なんだ……」


「で?」


「『で』!? でって言った!? 先輩様がわざとらしく告ったんだから頬のひとつくらい染めろや!! 目を泳がせろや!! 勃起しろや!! てか失恋させたんだから申し訳なさそうにしろや!!」


「うう……先輩に怒鳴られてつらくなったので首を吊ります」


「私が吊る流れだろーが!!」

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