星の水

 ステンドグラスを通して降ってくる光は、とても薄くてぼんやりとしている。けほ、と小さく咳をしてしまい、存外に響いた。口元に手を当てて、周囲を見回す。砂埃が空中で停滞しているようだった。差し込む光に漂う砂埃は、外にあった星の砂よりもずっと細かい。

 見上げると、先ほど見たものより大きな月が四角い枠で切り取られた空の半分を占めている。うっすらと橙の混じる明るいのか暗いのかわからない空に掲げられた白い満月。一本の糸のようだった星の水は、どこにも見当たらない。本当に、ここなんですか。そう問いただそうと視線を戻したところで、つい先刻まで向き合っていたはずの先生の影が遠くに見えた。

 軽やかに歩いていく先生の背中は思うよりも早く小さくなっていく。慌てて歩き出した。いくつもの大きな扉のない入口が並ぶ石の壁は、ステンドグラスを通した複雑な光が降り注いでおかしな色を見せている。もともと使われている石が、自我を持って意図的に輝きを変えているようだ。そのうちの一つへ入っていく背中を追いかけながら、先生に呼びかける。

 影から返事はない。元の色などわからないほどに赤から青、青から黄と複雑に模様を描いていく壁を横目に、進んでいく。建物の影に入るほどに彩豊かに表情を変えていた石壁が静かになる。藍色の沈黙を持つ壁が双方に高く並ぶ道。遠い先生の背中は、まるで掌で包める指人形のようだ。

 星の霧を語る先生の顔を思い出す。綺麗な横顔だった。すっと通った鼻梁が背の高い木を思い出させる。静かな風貌の癖に、一度話すと言葉が止まらない。癖のある人物だった。

 考え事をしていた私の足が自然と立ち止まる。行き止まりだった。先ほどのものよりも大きなステンドグラスが外の光を吸い込んで輝いている。白い輝きが一本の大きな筋となって舞う。上から下へ流れていく滝のような光。さあ、とどこからか霧雨が降る音がした。

 先生。小さくあの人を呼ぶ。これが、星の水ですか。続けたかった言葉を飲み込んで、一歩前へ出る。不思議な流れは、差出した掌へ当たって甲高い音を鳴らした。

 きん、きんと弾かれる柔らかくて硬い音。誘われるように一歩前へ進んだ。降り注ぐ雨のような星の水。きらめく音が、まるで大きな楽器の中に入り込んだように反響する。

「星の水、星の砂、星の霧…」

 先生が見たがっていた、あの星から生まれた一本の美しい流れ。しばらく耳を澄まして、私は何処かに隠れたはずの先生を呼んだ。教えて貰ってから一度も呼ばなかった名前が自然と零れて、私の唇は先生に呼びかけた。

 やはり返事がなく、星の水が奏でる柔らかくて硬質な音ばかりが耳につく。仕方ない先生だ。私は、流れから受け止め続けたそれを流して、一歩外へ出た。

 先生、どこへ行ったんだろう。

 探しに行かなければ。

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星の船が往く しえず @lunasya

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