第3話 神の祟り

 加藤の目の前には、朝に会った美しい蒼銀の巫女が立っていた。

 名を華月雪、何故か妖艶な感じがする巫女だ。


「加藤、君はどうしてこんなところに?」

「こんなところ……? あぁ! そうだった!!」

「忘れてたくらいなら、大したことなさそうだ。良かった良かった」


 目の前で大げさに頷く華月を見て、先ほどまでの妖艶な雰囲気が一気に覚めてしまった。

 恐らくノリは良い方なのかもしれないと思う。

 漫画やアニメでは、この姿はデフォルメされているに違いないだろう。


「いや、大切だから!」

「ほぉ、聞かせろ。ちょうど退屈していたところだ」

「俺の知り合いが、御神木を折っちゃったみたいで……それから誰かにつけられたり、誰かに見られたような気がするみたいで困ってるんです」

「ふむ。どこの御神木に手を出したんだ?」

「いや、ここだけ……ど……? んん?」


 改めて辺りを見回してみると、ここが今朝の神社と同じことに気付く。

 加藤は自分の立っている場所が、深山神社ではないことに気付いた。

 どうして、蛍雪高校の山中にあった神社がここにあるのか、事態を良く呑み込めていない。


「おぉ、ここだったか」

「あ……はい……」

「なるほど。確かに良からぬものに憑りつかれているようだな」

「え!?」


 華月は蒼い瞳を輝かせながら、真剣な雰囲気で語る。

 巫女という存在が、その言葉の信憑性を高めていたのは言うまでもない。


「助けてやってもいいが、条件がある」

「条件……?」

「そうだ。私が助けてやる代わりに対価を払え」

「それって……どんな?」


 お祓いしてくれるというのならこれほど好都合なことは無い。

 加藤の興味は、既に対価の内容に移っていた。


「お前の体を一時的に借りる権利をもらおう」

「え? それって、どういう……」

「私がしたいことを、お前にさせる感じだ」


 加藤は、パシリという感じなのだろうと軽い感じの解釈を行った。

 だからこそ、この程度で寒川を助けられるならと、了承してしまったのだろう。


「分かった」

「良い返事だ」


 華月は軽く頷くと、加藤に近づいてくる。

 加藤は思わず目を瞑ってしまったが、気が付くと既に華月は距離を置いていた。

 何が起こったのか、理解することができず呆然としていたが、その姿をみて華月は呟く。


「よし、君の知り合いを助けてやろう」

「ありがとうございます!」

「だが、今日は帰った方が良い。コーコーセイは、早く帰らなきゃいけないのだろ?」

「いやいや、ガキじゃあるまいし!」

「だが、未成年ではないのか?」


 町の明かりが存在感を増すように、空は暗闇に包まれていた。

 加藤は、視線を目の前の華月へ向きなおす。

 心の中に、ほんの少しではあるが恐怖心が芽生え始めたことに気付く。

 その妖艶さが、少し不気味に感じてしまったのだろう。


「じゃ……じゃあ、俺はとりあえず帰ります」

「ふむ。また明日」


 加藤は、そそくさと神社を後にした。

 帰り際、加藤の瞳に神社の名称が焼き付く。

 ”白銀神社しろがねじんじゃ


***


 加藤が去った後、神社には華月が1人佇んでいた。

 街の明かりは、境内を薄暗い程度には照らす。

 しばらく加藤が去った後の鳥居を見つめた後、裏道を睨みつける。


「何か用かな? クズども」

「いやぁ~手厳しいぃなぁ~」


 裏道を黒い衣服に包まれた男が入ってくる。

 堂々とした立ち振る舞いは、長年の経験がモノを言っているのだろう。


「用件は手短に頼む」

「そんなに僕のこと嫌いかい? まぁ……単刀直入に言うと……お前人間と接触したな? この人の皮を被った妖怪が」

「ちょっとした暇つぶしだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふーん。あっそぉ、で人間には何を吹き込んだのかな?」

「別に。件の少年は、深山神社の御神木を折ってしまった知り合いを助けに来たそうだ」

「それは大変だね」


 黒服の男性は、素っ気ない態度を取る。

 全身を黒い服で包まれ、黒い帽子は顔の半分を隠している。

 ただでさえ薄暗い神社の中では、この男の姿が目に入らない者も多いだろう。

 そして、その男は華月が人間と接触したこと以外には興味がないような素振りだ。


「陰陽師如きが、用がないなら早く出ていけ」

「酷いこと言わないでよ」

「なら、さっきの少年を助けてやれ」

「ん~。分かった分かった。助けておくよ。だから、君は妙な気を起こさないように」


 それだけ言った後、陰陽師の男は振り返ることもなく、そそくさと神社を出ていく。

 しばらくの間、華月は男の方を睨み続けていた。


「貴様らが人間を助けることなどないくせに、良くいうな」


 天を見上げ、眉間寄せたしわを伸ばしつつ、華月は呟く。


「陰陽師は人間を守ることが仕事ではない。奴らの仕事は、妖を消すこと。全くもって忌々しい」

 

 その声がこの世から消えた後、華月は闇の中にひっそりと溶けていった。

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