第26話【LOVETRS ONLEY 番外編ⅱ】
The Road to Renaissance
入学式のざわめきも過ぎた。
そこは美術大学の講義室。
新年度は聴講する学生は多い。
制服のない大学生活にも慣れた。
「それは春なのであります」
春か!いいね!
春は好きだ。
「春に急成長する世界のアレゴリーとは?」
世界ってまだ成長中?
アレゴリーってなに?
花粉症の一種か?
「amore platonico!・・これを日本語に訳せば、プラトニックなラブですな!これは、現代の日本での解釈とは多少違っており」
アモーレ!アモーレ!いいね!
アモーレ・プラティコ!
今度使ってみよう!
夜の街あたりで!
「この言葉の語源となったのは、古代ギリシアの哲学者プラトン、彼は同性愛者でありました・・本来は、これは同性愛者に用いられた言葉であったとされています」
そいつはソクラテスにどう弁明したものか。
あれ?これ使い方間違ってる?
それより教授・・そろそろ絵の話してくんねえかな。何しろその画題は世紀の名画。
そろそろ春の女神の絵画の話をしようぜ!
【ヴィーナスの誕生】
推定年代1483年前 原題:La Nascita di Venere 寸法:( 1.72 m x 2.78 m)カンバス、テンペラ画 画題ウェヌス 伊フィレンツェ・ウフィッツィ美術館所蔵
【ラ・プリマヴェーラ】
推定年代1482年頃 原題:La Primavera 寸法203 cm × 314 cm (80 in × 124 in) 板絵、テンペラ画 画題ウェヌス、 伊フィレンツェ・ウフィッツィ美術館所蔵
1978年から1982年まで発行されていた。100,000リラ紙幣に描かれた。
美の女神ヴィーナス。
この作品に描かれているのはローマ神教と、後のギリシア神話の登場人物たちであり。
「それは、春に急成長を遂げる世界のアレゴリーに他ならない。この絵画の依頼者、そちら側の視点から見てみますか。これは、自らの一族の繁栄を願い。神々の春の季節の到来に擬え、剰えそれを願う意図があったのではないか・・そう考える説がありまして」
例えば婚礼などの儀礼の際。
この絵画は画家に発注された。
「今日まで多くの研究者たちが、この説を強く支持しています」
さらにはプラトニック・ラブを主題としていると解釈する研究者も多く存在する。肉体よりも、高潔な精神を上位に置くことよって、人はあらゆる欲望や葛藤を制御することが可能である。語源はプラトンの哲学に起因する
amore plato
プラトニックラブの語源であるが。
現在の日本のそれとは解釈は異なる。
アモーレとラブくらいわかる。
かつてスライドを使っての大学の講義。
その時田崎彗は欠伸を噛み殺しながら。
液晶画面を指先で探るように検索して。
うっとりとその絵画を眺めていた。
「急成長する世界のアレゴリーってなに?」
「な・急に何を言うべ!?」
いや欠伸や居眠りならまだ可愛げがある。
生真面目に講義に出ててもこの有様だ。
そんな時間が以前流れていたこと。
大学の正門まで続く、武蔵野の枝垂れ桜の並木道。大学構内への植樹は五十年前らしく、
それにも関わらず今年も桜は美しく咲いた。
大学の手入れの賜物だろう。
ここでは珍しい山桜も咲く。
桜の愛好家はそれを讃えた。
その長く続く桜のアーチに出迎えられ。
田崎彗は美術大学大学の学生になった。
桜の花は心を擽るようにさざめき。
まるで祝福しているようで。
彼はそれを誇らしく思った
今、10月になった大学のキャンパスで。
まるで昨日のことのように思い出した。
【ヴィーナスの誕生】
【ラ・プリマヴェーラ】
この作品の来歴。実ははっきりとしていない。フィレンツェのメディチ家の中の人物からの依頼で制作されたと考えられている。
作品には古代ローマの詩人オウィディウスとルクレティウスの詩歌からの影響が見られ、この絵画画が描かれたのと、同時代を生きたルネサンス人文主義者、詩人のアンジェロ・ポリツィアーノの影響も指摘される。
1919年以来、フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されている作品である。
共にルネッサンス期のイタリアの大画家。
サンドロ・ボッティチェリの作品。
キャンバス地に描かれたテンペラ画。テンペラとは、当時の絵画によく用いられた絵具であり、経年劣化にも耐えうることで知られている。縦172.5 cm幅278.5cmの大作である。
美大生の田崎彗の手にした携帯端末。
液晶画面に映し出された絵画がそれだ。
彼を取り巻く異形の者たち。
先程まで彼の口汚い噂話に興じていた。
ノルデの生者の仮面を貼り付けた男。
ボッシの悦楽の園の悪魔の王子。
ルドンのサイロプス風の目玉男。
ヤンキーの着ぐるみ着た男。
「着ぐるみじゃねえべ!」
それからええと・・こいつは確か。
思い出せないとなんか悔しい。
三回見たら死ぬ絵画と呼ばれる都市伝説の、終焉の画家と呼ばれたベクシンスキーの、鏡から身を乗り出す者。題名はなく無題だ。
呼び名がついたら彼らは怪物ではない。
まして先ほど彗に非礼を詫びたのだ。
キャンパスの怪しげな連中とつるんでいる。
彗の指先に触れて液晶画面の季節が変わる。
『もはや説明不要の女神様だよな』
『大体液晶テレビ140インチか・・』
『さすが建築美術科!計算早いな!』
それより小さな窓硝子。
ヴィーナスの誕生から。
絵画の季節は流れて。
そこには春の寓意。
『どうした・・田崎君なんか顔色が』
「よくねえべ」
「なんでもねえ」
彗はそう言った。
聞かれてもいない。
説明不要で超有名。
ルネッサンス時代に甦った。
ギリシャ神話のスーパーモデル。
「ヴィーナスの話だったな」
不穏な陰を追払うかのように。
田崎彗はそう言った。
「つまりだ、その絵を紐解けば、技術的な話はさておき『結局、ルネッサンスってのは、一体なんなのさ?』そんな疑問は、わりとすぐに、すぱっと!」
『おお!』
「解けちまうのさ!」
彗は化け物たちに微笑んだ。
それは春と春の女神に相応しい寓意。
ルネッサンスを語るに於いて正しい。
俺は一体なにをさておいて。
今こんな話をしてるのか。
今朝の悪い夢見のせいか。
胸の中で密かに呟いた。
朝方に見た夢の焔が過ぎる。
火に焚べられて爆ぜる画架と額縁。
焼ける顔料の匂いが鼻先を掠めた。
それはかつて虚飾の篝火と呼ばれた。
ルネッサンスの時代とレオナルド・ダ・ヴィンチなんて、美大で絵画を学ぶ者にとって、けして避けては通れない。そんなの常識だ。
今更振り返るまでもないこと。
画家の遺伝子に深く組み込むまれてる。
それでもこの時代の作品を観る度に思う。
一体彼らはその時代に何を見ていた。
その眼差しの先にあったものは。
なんて考察は柄にもないか。
考察はそんなに好きじゃない。
それは時に絵画を曇らせる。
田崎彗は常々そう思っていた。
そしてもう一人の大画家。
それがボッティチェリだ。
彼の描いたとされるヴィーナス。
前期ルネッサンスに関して言えば。
その女神の知名度と存在感は圧倒的だ。
「数ある女神の中でもORIGIN級だ」
「だべ!」
それが世に言うヴィーナスの誕生。
そしてもう一人のヴィーナスの存在。
「むしろ語りかけて来るのはそっちか」
『田崎君なんか霊媒師みたいだ』
居合わせた皆は彗の言葉に困惑する。
「ベリッシモな俺の女神様はあっちかい?」
「イタコというよりイタ公が憑依してるべ」
居合わせた者は榎本の冗談には苦笑した。
なんだこのヤンキー?
イタ公なんて台詞。古い外国映画の字幕にしか出て来ない。ボキャブラリー昭和すぎる。男性化粧品の話題といい父親の影響か!?
実はお祖父さん子か!?榎本が口を挟む、
その度に話がコースアウトしそうになる。
「そっちじゃなくてあっち!」
『あっち?』
「はて・・どっちだべ?」
「ほれ、さっさとウィンカー!事故るぞ!」
「うう・・くやしいべ!」
ボッティチェリが描いたとされる。
もう一作のヴィーナスの絵画。
その作品こそが「ルネッサンスとは、一体なんだったのか?」そんな素朴な疑問への解答であり。明確な手掛りとなる作品だ。
どんなに高尚で雄弁な講義より。
ひとつの絵画が物語を語ってくれる。
田崎彗はそのように考えた。
14世紀に起きたルネッサンス。
時のローマ教皇主導による十字軍遠征。
それにより拓かれた航路と恩恵。
交易により齎されたとされる。
「ちなみに、ルネッサンス三大発明、中学の歴史で習ったはずだけど、覚えてる?」
「絵を描くことに決まってるべ!」
『彫刻!』
『建築!』
こいつら同じ国の出身なのか?
厚木じゃまだ進化論は教えてない?
それとも人類の進化から取り残された?
「まあ美大生としては合格ラインだ」
見えない線を引いて。
後退る。
「僕知ってるよ!」
目玉男が手を挙げた。
『海への航海のための羅針盤、印刷技術、えっと・・それから火薬の発明だったよね!』
「いいぞ!ルドン君!」
『えへへサイクロプスだけどね』
その瞳がきらきら輝いて見える。
やたら聡明で賢く思えてしまう。
ローマを中心に商業が盛んになり。
力のある富裕層が数多く誕生した。
三大発明のうち紙と印刷は中国である。
しかし最も早く普及したのがヨーロッパ。
その恩恵を最も受けたのはローマ商人たち。
キリスト教もまた、印刷技術の普及により、聖書を広めることが出来たとされる。
大商人たちの時代の到来であった。
「ドイツでは、1445年頃にグーテンベルクが世界で初めて活版による聖書を印刷した時代さ!後にグーテンベルク聖書もしくはマゼラン聖書と呼ばれるように・・」
「ベルリン上等だべ!」
「ベルリンじゃなくてマインツだけどね!」
『なんでもヤンキー語に変換するなあ』
『頭にヤン文字活版印刷でも入ってんだろ』
『てゆうか・・田崎わざとパスだしてね?』
「テキストを読めば・・」
ルネッサンスの代表的なイタリアの芸術家としては有名なのは、14世紀に活躍したダンテや、ペトラルカ等・・そして、16世紀に登場したレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、テイッアーノ等々。枚挙に暇がない。
「オールスターズだな」
数多の綺羅星。大巨匠達の名の中にあって。
世の認知は些か隠れがちな画家の名前。
サンドロ・ボッティチェリ。
彼の描いたヴィーナス。
モナリザ同様あまりに有名だ。
世界で最も広く知られた絵画。
そう言っても過言ではない。
一般的にはヴィーナスの画家として語られる。もはや人の記憶に刷り込まれている。
「前期ルネッサンスは、ボッティチェリのヴィーナスそのものだと・・言ってもいい」
『おお・・そこまで言うか!?』
「かな?」
「曖昧さ回避だべ!」
夏の風はシロッコと呼ばれ。
海を隔てた乾いた砂漠の砂を渡り。
地中海の湿気と熱を孕んで街を覆う。
それよりも早い南風の神の息吹。
フィレンツェの都に訪れた季節。
ヴィーナス誕生と到来の季節は四月。
古来より春の女神とされて来た。
絵画の世界におけるルネッサンス。
もしそれを何かに例えるなら。
春の訪れの世紀に吹いた風だ。
神々の暮らす島と月桂樹の森に。
繁栄と豊穣と楽園の果実を実らせた。
若き男の神達は彼女を一目見て心奪われ、
この世に愛と美を齎すために生まれた。
美の女神の姿が描かれた場所。
古代ローマのポリスや建築群。
ハデスの国より現世に還る。
国の名はフィレンツェ。
フィレンツェ共和国。
かつてイタリアに存在した。
後のトスカーナ大公国。
かつて存在した王国。
女神の指先が春の扉に触れた時より。
その国は花の都と呼ばれた。
街は人の歴史に名を刻み。
やがて芸術の都となった。
見つめれば絵画は開かれた窓。
ジョット鐘楼より望む古都の街並。
フィレンツェの中央に建つサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の脇に建っている。
高さ約84mの鐘楼である。
大聖堂と同じ、赤、白、緑の大理石で作られた。ゴシック様式の教会と鐘楼の塔。
舌を紐で揺らさず。
内側からは鐘を鳴らさない。
それがカソリックの流儀である。
早朝より半時間ごとに時刻を知らせる鐘。
日曜日のミサを告げるアンジェラスの鐘。
結婚式や葬儀の日を告げる鐘。
それぞれに鳴らす音色と数は異なり。
その数と音色で人は時以外の意味を知る。
そこに生まれ死す時まで。
そこに暮らす者であれば。
教会さえ音色で聞き分けられた。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼。三つの建築物で構成される教会。
その名の意味は花の聖母マリアである。
かつて画家たちは生きて描いた。
異教の神々たちを従えた。
異端の美の女神は微笑み。
その掌にはひとつの果実。
聖書の中にある知恵の実。
似て非なる楽園の果実。
人がそれを口にした時。
この世界は変容した。
心は今その場所へ。
春の風に誘われるように。
若き画家は思いを馳せる。
【次回予告】
春の日和の日差しが差し込む。
大学構内の聴講室で思った。
窓の外で宴会でもどうかと。
しかしまだ新入生である。
顔見知りも友人もいない。
まず構内での花見宴会などは禁止事項だ。
せめて桜の花弁でも舞い込めば心和む。
自分の服に誰かの肩先に探してみる。
視界に入ったのは目の前に座るダビデ像。
ダビデ像というか・・ダビデのようなパーマといかつい顔をした一人の男の姿だった。
ダビデ像も確かルネッサンス。
ピエタと並ぶミケランジェロの最高傑作だ。
それくらい絵画専攻の俺でも知ってる。
田崎彗は目の前のダビデ男に指で画角を合わせる。う〜ん絵にならない!
その男は素材はまあまあ。
体格にも恵まれている。
なかなかにいい骨格だ。
しかし着ている服装がダサい!ダサ過ぎ〜!なにそのツナギみたいな特攻服!?
おまけに背中はこちらに圧をかけるように、漢字で夜露死苦などと書かれており。
センスなきことこの上ない!
なんかもう吐きそう!
きっと人間もダメなのだろう。
先ほどからタブレットもスマホも見ず。
ひたすらノートにがりがり書いている。
必死に勉強するヤンキーは超ダサい。
それを含めてのアートなら。
そんなわけないか。
しかもメガネまでかけて。
よく見るとメガネにレンズも入ってない。
自らイメージしたガリ勉のイメージ!?
それ「俺勉強してるべ」アピールなのか!?
田崎彗は、奇怪ダビデ男の、おそらく自分でナイフできれいに削った鉛筆の先を見て、「ふん」と鼻を鳴らした。
ダビデ像と言えば有名なのは。
まさにルネッサンスを代表する作風。
惚れ惚れする筋骨隆々とした肉体美だ。
そして瞳の奥に象られた❤️
ダビデは何に恋したのか。
それは謎だ。
そしてタビデがイスラエルの民である証。
威風堂々として股間のいちもつ。
そこには割礼の痕がない。
つまり目の前にいるこの男。
そのなりに関わらず純真無垢。
人前で全裸も厭わず。
しかし割礼は未だ・・
「実にピュアな童貞」
「ちょ・ちょっと待てだべ!」
「ちなみに保険きかないから!」
「ち・違うべ!やめろ!誤解だべ!いやらしい目で俺を見るな!同情した顔をするな!指先で画角を俺の下半身に合わせるな!回想の中で俺を蔑むのを止めるだべ!」
「ちなみにこのタビデ像は、八メートルある掘り出された大理石から造られていて、完成後は作者のミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そして本作に登場する絵画の作者であるボッティチェリ、3者による審議会がひらかれ設置場所が決められたと…」
「同時代に天才が三人・・」
「まあ、一口にルネッサンスと言っても、かなり長い期間あるからな」
作者注:
元来はフィレンツェ市庁舎のある、ヴェッキオ宮殿の前に飾られていた。(1873年に現在の場所に移設)
「本編は絵画中心のお話なので、ミケランジェロとかは彫刻は詳しくやらないのでね」
「なるほど予告らしくなって来たべ!」
「ヴェッキオ宮殿の隣には本作に出て来た花のマリアの教会の隣にあって・・」
「まさにフィレンツェの中心だべ!」
「次回以降の主な舞台となります!」
「こうご期待だべ!」
「ちなみに、ダビデはとは旧約聖書において、イスラエル王国の二代目の統治者で、そのダビデは、巨人ゴリアテとの戦いで岩石を投げつけて戦った。その石を投げる際に狙いを定めている場面が表現されているんだ!」
「なるほど英勇の勇姿だべ!」
「このお話の前後で描かれる、都市国家フィレンツェ共和国はやがて、周囲を取り囲む、強大な対抗勢力たちに脅かされるようになるんだ。それゆえ、巨人に立ち向かうこのダビデ像こそが「フィレンツェを象徴する」そう言われているんだ!」
「なるほど・・国や同胞を背負って戦う!時代を越えたロマネスクだべ!」
「そのお前の瞳にもハート!」
「なして?」
「ふ・・それがルネッサンスだからさ!」
「おお!」
「さあ振りかざせ!お前のタビデ!」
「やめてタモーレ!」
「では次回も!フィレンツェで!」
「み・みんな読んでだべ!」
「パラリラ!」
「バラリラ!」
お清め日和 六葉翼 @miikimiki
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