第12話 神力は無駄遣いできないようです


「いいか、君達はこれから先、幾度となく、様々な神々からの誘いを受けることになるだろう。

 その目的は、もちろん君達を取り込みたいってのもあるだろうけれど、ほとんどが、君達の所有する神力を狙ってのことだ」


 ビルの二階にあるカフェで、真樹さんの奢りで、少し早めの昼食を取る。


 ウィラルヴァがハンバーグのセットを食べたがったので、同じのを二つ注文しようとしたら、俺の分はミートソースのスパゲティに変更させられた。


 ここでもキッチリはんぶんこなのだそうだ。


 虎男はシズカにお子様ランチを注文されそうになっていたが、社員用のカフェにはお子様ランチが無く、虎男の要望で豪華なステーキが注文された。シズカは控えめなサンドイッチのセット。まぁ、中身はともかく、お淑やかな印象の見た目からすれば、納得のチョイスだ。見た目からすれば。


 分厚い肉の塊を嬉しそうに頬張る虎男を見て、俺もステーキにすれば良かったなどと思いが過ぎる。


 まぁ、臨時収入も入ったのだし、夕食は店長も誘って、ちょっと高級な店にしても良いかも知れない。たまにはそういうのも構わないだろう。日頃お世話になっているお礼もあるし。


「君達の世界とは違って、この世界は、竜脈の力が弱い。理由は明かせないけれど…まぁ、神々の事情、とだけ言っておくよ。

 とにかく、限りある竜脈の神力を、気軽に引き出せない状態にある。厳しく管理されているからね。

 従って、ほとんどの神々が、神力を確保することに躍起になっている」


「神力を確保するって……神力は、個人の身体の中に存在してるものでしょ。たとえ消耗して空っぽになったって、一晩寝れば元通りに回復するもんだし」


 スパゲッティを突っつきながら、テーブルの向こうでコーヒーカップを傾ける真樹さんを見やる。


「無論、ある程度は回復できるよ。だけど個人の所有する神力は、竜脈の神力に比べれば、たかが知れている。俺達人間からすれば、それでも十分な神力量だけれど……。

 この世界にも、事情があってね。神々は、竜脈の神力に頼らずに、大量の神力を確保しなければならないんだ。

 その事情については、俺が説明しなくても、すぐにでも分かることになるだろう」


「随分と勿体ぶった言い方をしますね」


 ウィラルヴァが一口サイズに切ったハンバーグを差し出してきたので、話しながらパクリと頬張る。


「おいしい?」

「ああ。ありがと」


 ちなみにウィラルヴァ、料理が運ばれてきて食べ始めてからは、会話に一切関わってこない。完全に俺に丸投げしている形だ。


 そんな俺達の様子を見て、真樹さんは少しだけ羨ましそうに苦笑しながら、


「あまり大声で言えないことなんだよ。神々の諍いごと、そのものに関わってくる事柄だからね。

 とにかく、創造神っていうのは、自分の星に巡っている竜脈の神力を、引き出すことができるだろう? その神力を狙って、厄介な奴らが接触してくるかも知れない。

 …美味い話があっても、気軽に引き受けないことをお勧めするよ」


「俺達の星の神力が、奪われるってことですか?」


「間接的に、ね。あるいは君達と戦い、神力を吸収しようとする奴もいるかも知れないし、困っていると見せかけて、神力を売ってくれなどと交渉してくる奴もいるかも知れない。

 それをどう対処するかは、君達次第ではあるけれど」 


 うーむ。…要するにこの世界では、どれだけの神力を確保できるかが、神々の間では最重要課題ということか。何に使うかは知らないが。


 金を稼ぐも同様ってことだ。あるいは、石油などの限られた資源を、どれだけ確保できるか、という問題にも似ているかも知れない。


 もしくは、どれだけの戦力、兵器を準備できるか……などという怖い考え方をすることもできる。その場合、俺達のような創造主、創造神とは、核兵器にも値する存在、ということになるわけか。


 そもそもが、俺達のように創造主、創造神が揃ってこの世界に存在することは、ごく稀なことなのらしい。


 というのも、まず星レベルが五百を上回っていなければ、星の崩壊を招いてしまうために、創造神も別の星に滞在することはできないし、創造神が存在しなければ、創造主も特殊な力を使うことはできない。ただの普通の人間だ。


 創造主と創造神が、同時にこの世界に存在するケースは、今の俺のように、来世からは自分の世界で転生を迎える、親星では最後の人生を送る創造主に、創造神がついてきてしまった場合、というのが、ほとんどの例だという。


 まぁ確かに、自分でもよっぽど特例だとは思う。要はこれ、一回限りのボーナスステージのようなものなのだから。自分の生まれたこの地球で、自分で創造した力を扱うことができるなんて、今回限りのことだ。


 その他の場合は、虎男とシズカのように、安定期にある創造神の眷族となった場合、に限られるらしい。あるいは、この地球の創造神の眷族となった場合、というパターンもあるが……少なくともここ数百年は、地球の創造神が眷族を取ったという話は聞かないという。


 虎男の場合は、創成期である自分の星から神力を引き出してしまうと、星が崩壊してしまう恐れがあるため、こっちの世界で使うことができる力は、自身の身体に存在する分と、ウィラルヴァの加護により与えられた分、ということになる。つまりは、自分の世界にいるときのような、絶対神としての強大な力は、簡単にこの世界で使うことができないということだ。


 ウィラルヴァの場合は、星の維持のために必要な分、つまりは星レベル五百に下がってしまうまでは、神力を引き出しても、自分の世界が崩壊してしまうことはない。つまり、星レベル千五百の分だけ、この世界でも無茶ができるということになる。


 ちなみに俺の……創造主の神力というのは、創造神の神力に直結している。俺があまり神力を使い過ぎるのも、ウィラルヴァに負担が掛かることになるわけだ。俺自身の人間としての神力は、神々のものと比べれば、微々たるものでしかない。


 どれくらい消耗してしまえば、星のレベルにまで影響してしまうか、いまいちピンとこないが。まぁ、一つだけ言えることは……


 せっかく皆んなで頑張って、星レベル二千越えまで持って行ったんだ。一レベル足りとて、下げたくなんかはないものだ。


「仮に、どこかの派閥に肩入れするようなことをすれば、間違い無く、上位の派閥に目を付けられるだろう。所属した派閥が抱えている厄介ごとにも、否応無しに巻き込まれることになる。

 ただし派閥の中には、聖域を所持しない、中立を貫いている派閥もある。所属するのなら、そういう派閥を探して、客分として身を置くのが最善だと思うね」


 と真樹さんは言うけれど……まぁおそらく、それでも接触してくる上位派閥はあるのだろうな。


 聖域を所持しない……と何気なく言った一言も、重要なキーワードだ。おそらく、敢えて口にしたのだと思うけれど。


 ふむふむ……。なんとなくだけれど、この世界の構図が見えてきた気がする。


「ちなみにですけど、今現在、この世界には、何組の創造主と創造神が滞在しているんですか?」


 問いかけると、真樹さんは難しそうに首をひねりながら、腕組みして苦笑を浮かべた。


「具体的な数は分からないけれど、何組かは存在しているはずだよ。ただ一つ言えることは、君達みたいな、二千を超える星の創造主と創造神は、過去に例がない。よっぽど特殊なパターンだ。ほとんどが五百を少し超えたくらいのレベルだよ」言って呆れたように肩を竦ませる。


 なるほど。星レベル五百を超えれば、自分達の世界で転生を繰り返すことになるんだもんな。


 俺の場合、ウィラルヴァにあの世界に転移させられた段階では、五百にも到達していなかった。それを皆んなで頑張って、一気に二千超えまで持って行ったんだから。


 いやホント、相当頑張ったと思うよ、マジで。……俺だけの力じゃないけれど。


「シュウイチは天才だからな。一度の転移で、千五百以上を荒稼ぎした創造主だ。こんなことは、シュウイチでなくば成し得ぬ」


 ウィラルヴァが自慢気に口元を緩め、俺の腕にガバリと抱きついた。


 ……抱きつくのは構わんが、せめて口を拭ってからにしてください。デミグラスソースでベチョベチョです。まぁ、安物のシャツだから文句は言わないけれど。


「よっぽど信頼されているみたいだね。羨ましい限りだ。


 さて、俺もそろそろ行かなきゃな。まだ仕事が残ってるんだ」と言って真樹さんは立ち上がると、伝票を手にしてヒラヒラとなびかせた。


「またいつでも奢ってあげるよ。困ったことがあったら連絡してくれ。

連絡先は、断罪者のサイトを俺の名前で検索してくれればいい。DMくれたら、すぐに返事するから」


「ありがとうございます」ニコリと微笑む。


 またね、と言い残して去って行く後ろ姿を見送る。他のテーブルに着いていた客の何人かが、真樹さんに片手を上げて挨拶したり、ペコリと頭を下げたりしていた。


 結構、人望のある人みたいだ。まぁ、それも納得できる人柄ではあるけれど。


 ふと手元に目を落とすと、いつの間にやら半分と一口分が切られた、ハンバーグセットが置かれてある。隣では幸せそうな顔をしたウィラルヴァが、チュルチュルとスパゲティを唇の中に吸い込ませていた。


「それで、どうするの? どこか適当な派閥を探す?」と、テーブルの斜め向かいから、シズカが聞いた。


 その隣では自分のステーキを食べ終えた虎男が、シズカの食べかけのサンドイッチを狙って、ジィ〜っと皿の上を見つめている。


「んー……。悩みどころではあるけどね。まぁ、しばらくは俺達だけで様子を見てみようか。受ける仕事も、当分は共同でやった方が良いかも知れない」


 言ってナイフとフォークを手に取り、昼食の残りをやっつけにかかった。

 

 

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