第11話 地球の神々にも、派閥があるらしいのです


「たった一回の仕事で、いきなり百万か」


「迷惑料も込みで、ということであろう。まぁこのくらいの稼ぎなら、向こうの世界にいた頃のお前なら、楽々と熟していたではないか」


 神崎さんからディサイダーの仕事について、一通りの説明を受けたあと、虎男とシズカと合流するため、通された待合室のソファーに背中を預けながら、茶封筒の中の札束を呆然と見つめる。


 確かに向こうの世界では、ギルドで仕事を請け負ったり、貴重な鉱物を錬成したり、金を稼ぐに困るということはなかったが。


 それにしても、いきなり奮発しすぎではないか? まぁそれだけ一般人と比べ、金の価値観が違う世界なのだろうが。


「金というものは、あるところにはあるものなのだ。我等の世界でも、一食分の金を稼ぐのに苦労する者もおれば、ロード協会のクエストを受けて、一気に数億を稼げる者もおる。それを不公平と思うならば、金に対する価値観そのものを改めねばならんし、リスクも背負わねばならん。


 お前のように、低所得のバイト暮らしで満足できるような男には、理解できんだろうがな」と、ウィラルヴァが横目でジトリと、隣に座る俺に視線を送りながら、説教じみた耳の痛いことを言った。


 申し訳ありませんね、甲斐性のない男で。


 と言いたかったが辞めておいた。その問題に関しては、大人しく口をつぐむしかない。


 くっそー。今に見てろよ。


 何はともあれ、この臨時収入は非常に有り難い。もちろん無駄遣いするつもりはないけれど、何に使うかはすごく悩みどころではある。


 欲しいものが全くないというわけではないのだが。新しいゲームだったり、ちょっと性能の良いヘッドフォンだったり、あるいはゲームの課金に使うカードだったり、絶対に必要なものかと問われれば、そうではないと言わざるを得ないものばかりだ。


 免許でも持ってれば、車に金をかけるのも、良い趣味だと言えるのだろう。原付の免許は持っているけれど……肝心の原付は、確か友達の家に置いたまま、全く使うこともなく放置されている。


 色々と考えた結果は、結局、貯金という無難な考えに辿り着く。それもまた大正解なんだろうけれど。


 いきなり金回りが良くなっても、周りの者……特に母なんかには、消費者金融にでも手をつけたかと、無駄な心配をさせてしまうだろう。結局、俺みたいなのがいきなり大金を手にしても、有効活用できずに腐らせるか、無駄遣いに消えるかの二択なんだろうな。


「おや、君達は? 初めて見る顔だけど、新入りかな?」


 不意に、待合室の前を通りがかった男が、開け放たれたドアの前に立ち、気軽な口調で話しかけて来た。


 俺よりもいくらか歳上……三十代の前半くらいに見える男だ。やや赤味がかった短髪に、日本人にしては白すぎる肌。目鼻立ちはハッキリしていて、顔が良い部類に入るだろうが、着ている服は全身が黒っぽい地味なもので、これといった特徴を感じさせない。


 しかしその目つきは、人懐っこそうに愛想よく細められているものの、どこか自信に溢れた力強さを感じさせた。


「二日前に登録したばかりだ。お主もディサイダーか?」


 俺の隣で、ドアの側にいたウィラルヴァが、男に問いかける。男は軽い足取りで、待合室の中に入って来ると、ウィラルヴァにスッと右手を差し出し、


「もちろん。俺は真樹まさきだ。気軽に真樹さんと呼んでくれ。真樹兄ちゃんでも可だぞ」言って、ニコリと嫌味のない笑顔を見せた。


「わr……私はレイラ。異世界の創造神だ。こっちは創造主のシュウイチ。気軽にレイラ様と呼んでくれて構わんぞ」と、真樹と名乗った男と握手を交わすウィラルヴァ。


 おいおい、どんな創造神ジョークだよ。


 しかし真樹さんは、全く気を悪くしたふうもなく、


「参ったな。創造神ってことは、ランクSクラスの神様じゃないか。こりゃ本当に、レイラ様と呼ばなきゃならなそうだ」


 アハハと楽しげな笑い声を上げた。「そっちの彼は、シュウイチ君……で構わないかな? 見たところ、俺より年下みたいだし」


「構いませんよ。真樹さん」


 返事を返し、取りあえずの愛想笑いをしてみせる。


 なんというか、直感的に、悪人ではないように思う。まぁ同じ断罪者というからには、少なくとも味方ではあるのだろうし、変に勘繰るのも失礼にあたるだろう。


 真樹さんはニコリと目尻のシワを寄せて、


「ところで君達。二日前に登録したばかりってことは、この世界に来て…もしくは戻って来て、間もないんじゃないのかい?

 もうどこか、派閥には所属していたりする?」不意に、気になる話題を振って来た。


「ふむ。派閥……とは?」ウィラルヴァが小首を傾げる。


 真樹さんは、やっぱりかと嬉しそうにグッと拳を握り、


「断罪者には、大なり小なり、いくつもの派閥が存在するんだ。この日本支部にも、いくつか大きな組織があってね。昔から幅を効かせているのは、まずはこの国の太陽神である天照を中心とする派閥。ここには、日本の有名な神々のほとんどが所属している。一番大きな組織だ。

 他にも大国主を中心とする派閥もあるし、中国系の神々が多く所属する派閥もあれば、仏を中心に連合が組まれていたりと……まぁ、形はともあれ、様々な派閥があるわけさ」言って、気障ったらしく目を伏せて、ヒョイと肩を竦めた。


 なるほど。要は、神様や仏様など、この世界の神々の勢力争いがある、ということか。


 そこにどんな諍いがあるのかは知らないし、知りたいとも思わないけれど。


 きっと、ろくでもない争いがあるのだと思う。熟成期にあるこの世界には、神々に共通となる強大な敵も存在しないだろうし、共通の敵が存在しないとなれば、それぞれの神々で争い合うようにもなるだろう。


 触らぬ神になんとやら、だ。できれば、関わり合いになりたくないところではある。


 と思っていたら、


「君達も、いずれはどこかの派閥に組み込まれることになる。そうでなければ、君達自身が、派閥の代表として活動することになるからね。

 まぁ見たところ、戦闘には相当に自信があるように見えるから、それでも十分にやっていけるんだろうけど」


 まるでこちらの考えを見越したかのように、真樹さんはニヤリと含み笑った。


 続けて、


「だけどできることなら、俺の所属している派閥か、その他の中立を貫いている派閥に所属して欲しいんだ。

 加えて、天照や大国主のような、大きな派閥に所属することも、お勧めできないね。

 創造神と創造主ってのは、いわば一種のバランスブレイカーなんだ。例外なく、チート級の能力を備えているからね。どこの派閥から見ても、危険視されてしまう。

 大きな派閥に所属してしまえば、その派閥が絶対的に有利になる。そうなると、それを面白く思わない派閥の連中が、大きな動きを見せるかも知れない。

 そうなると、戦争だよ。それが元で、国と国との戦争にまで発展した例もある」


 人差し指をビッと立てて、神妙な面持ちで片目を瞑る。ちょっとキザったらしい仕草だが、この人がやると不思議と嫌味も違和感もない。


 ふむ…。てっきり自分の所属する派閥に引き込みたいだけなのかと思っていたのだが、必ずしも、というわけではないらしい。


 ウィラルヴァや俺の力が、この世界の基準に比べて、どの程度のものなのかは分からないが、おそらくだけど、それなりに上位に位置するんだと思う。


 創造主と創造神は、例外なくチート級の能力を備えている、というのも、実感できる話だ。俺はともかく、シズカや虎男だって、相当に強力な力を持っていると思う。あの二人なら、俺とウィラルヴァの世界に来たって、すぐさまギルドの上位ランカーに名を連ねることになるだろう。


 そんな新参者に、迂闊に危険な派閥に所属して欲しくない、と考えるのは、まぁ普通のことだと思う。


 なんというか……そういうところは、どこの世界でも同じなんだな。俺とウィラルヴァの世界でも、ギルドの醜い勢力争いなんて、日常茶飯事のことだったし。


「私は、シュウイチさえ居れば良い。他の者には興味はないぞ?」


「あはは。創造神らしい考え方だね。何よりもまず、創造主のことを第一に考える。

 まぁ、ソロでやっていきたいってんなら、それでも構わないよ。どの派閥にも偏らず、中立を貫いてくれるんならね。

 この世界の神々にも、どこにも所属せずに、眷族だけを従えて一本で活動する神も多い」


「ふむ。ならば我々も、眷族のセブラスだけを従え、好きに稼がせてもらうとしよう。

 派閥争いなどに興味はないし、巻き込まれたくもないからな」


「おや? すでに眷族がいるのかい?」


「ああ。…お? 噂をすれば、だ。


 セブラス、シズカ。断罪者の登録は済んだか?」


 ウィラルヴァがソファーから腰を上げ、待合室に入って来たシズカと、虎男らしき金髪碧眼の若い男の方に歩み寄った。


 どうやら虎男、ちゃんと人間らしく変装して来たようだ。ややワイルド系の、筋肉質な細マッチョスタイル。…まぁ、元が虎の獣人であるのだから、そういう見た目になるのも当然だろう。ハーパンに虎の絵の描かれたTシャツというラフな服装も、どこかヤンチャな雰囲気の虎男には、ピッタリの姿のように思う。


 対してシズカは、口煩いお転婆な中身とは裏腹に、長めのタイトスカートに緑色のニットと、落ち着いた雰囲気の装いだ。肩から掛けたショルダーバッグの中には、何やらごちゃごちゃと物が入っているように見える。多分、魔導具なんかも色々と詰め込まれているのだろう。


「申請はすぐに通ったのだが、断罪者のルールを覚えるのに手間取った。シズカがアレコレと細かいことを気にするものでな」


「当然じゃないの。後から文句を言われたら堪らないもの。

 それより、派閥の話は聞いたかしら? 私達の住んでいる地域にも、小さいけれど古い派閥があって、まずはそこに挨拶しに行かなきゃいけないみたいよ?」


「だからシズカ、それは違うと言ったじゃないか。俺達はお互い、創造主と創造神だ。むしろ、向こうから挨拶に来るのが筋というものだ」


「あんた義理ってもんが分かってないわね。こういうときは、立場が上だろうと、礼を尽くすのが侘び寂びってもんなのよ。獣人の脳筋で考えないでちょうだい」


「の、脳筋とは酷いじゃないか!」


 相も変わらず、ガミガミと言い合う虎男とシズカ。こいつらは、朝起きた途端に口喧嘩から始まるんじゃなかろうか、などと密かに思った。


 と、


「ちょ…ちょっと待ってくれ! お互い、創造主と創造神だって!?

 き、君達、星のレベルはいくつなんだ!?」


 真樹さんが狼狽えたように、口も半開きで、虎男とシズカに震えた指を向けた。


「自慢できるほどではない。ほんの二百ほどだ。そっちのウィラルヴァ殿……おっと、登録はレイラ殿だったな。とにかく、この世界での主であるレイラ殿の、十分の一ほどでしかない。


 ……というか、お前は誰だ?」今更ながら、キョトンと首を傾げる虎男。


 なんだろう。人間になったら虎男、仕草の一つ一つが、妙に子供っぽく見えてしまう。


「なっ…? 十分の一ってことは……星レベル二千ってことか! 安定期に入っている世界じゃないか!?」


 目を見開いた真樹さんが、ジッとウィラルヴァの顔を見つめて凝り固まり、


「これは……大変なことになるぞ」


 言って、額に汗を浮かべながらゴクリと唾を飲み込んだ。

 

  

 

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