第8話意味深

 朝の朝食ラッシュが終わり、ひと段落した店内には数名のお客様。スタッフは一様に今日のラッシュで疲れを見せていた。

 何故今日はここまで客が増えたのか疑問に思いながらも、キッチンでは菊池さんと三隅百合が話をしていた所へ俺が入る。


「副店長。今日はちょっと苛立ちしすぎてませんか?」


 確かにそう思えた態度ではあった。三隅百合の資格を持ちながらも手際の悪さに苛立ちをおぼえ、何度も横槍でキッチンに入り調理をする姿を見ての反応だった。

 しかし何度も三隅百合をのけ者の様にした態度は菊池さんほか、河野くんも同じことを言われてしまう。


「何か、三隅さんの事を意識しすぎてませんか?」


 確かに言われればそうなのかも知れないと自分自身思う。今まで手際が悪かろうが、何しようが怒った事などない俺自身が苛立ちを隠せないでいる。この感情は何だろうと自分も思う。


「意識? そんなんちゃうよ。ただ資格を持ってるって言うからどんなことができるんだろうって思ったけど」

「けど?」


 躊躇った。それは目の前に三隅百合がいたからだ。だが、三隅百合は


「どうぞ? 言ってもらっても構いません。悪いのは私だし」


 反省の色を隠せない様子でサラッと言いのけた。表情もさっきとは打って変わっての穏やかな表情でだ。

 言うかどうか迷ったが、俺は自分で頷き、真剣な眼差しを三隅さんに向けた。


「ちょっと言いすぎた部分は謝る。でもこれがココのやり方だと覚えてもらうためでもある。まぁ俺も入って二ヶ月やけど、君なら一週間もあれば自分の手に出来ると思うで?」


 真剣な眼差しは三隅百合に一旦受け入れられた様に思えた。そこに横槍を入れる菊池さんだ。


「エッラそう! 副店長珍しく偉そう! そんなのらしくない!」


 そんな菊池さんの声に三隅百合が菊池さんの口元に手を出し引き止める。


「いいの。そう言われると思ったから、私頑張ります」


 その言葉に俺は笑顔になった。すると店長がキッチンに突然現れて

「いい雰囲気じゃないの? お二人さん」


「はぁ? 店長、聞いてたんすかぁ?」

「もち、こんな二人お似合いだと思うけど?」

「また、それ?」


 菊池さんもヤレヤレと手を挙げては下げ、どうぞご勝手にと言う雰囲気を出した。そんな態度に俺も笑った。だが、彼女、三隅百合だけは目を輝かせた。


「もう、店長それ黙ってて言ったじゃないですか」

「ん? どう言う意味っすかぁ? それ」


 店長に投げかけると店長は口を一旦紡いだものの、三隅百合を見なおす。三隅百合はスッと同意を求められた様に頷いた。


「何? 何なんっすか?」


 俺一人わからない反応に、菊池さんは口を大きく開け

「やっぱりそうやったんですねぇ!」

 三隅百合を見なおし手を顔の前で結んだ。三隅百合が軽く頷く。自分だけのけ者の様な感覚を味わった。

 店長が次の言葉を言おうとしたところ、三隅百合が手を挙げてそれを留めた。


「今は仕事中なんで、後にしましょう?」


 その言葉に店長は

「おっ! いい心意気! 気に入った。じゃあ俺ちょっと銀行行ってくるわ」


 言い残し店長は店を出て行った。何の事なのかと少し気になったが、菊池さんはわかった様な口ぶりで、俺の背中を平手打ちをした。


「イッテェ、何すんの?」

「ほらっ! 副店長お客様」

「それ、俺に言う? 自分で行けよ」

「いいの! 男前の副店長!?」


 急に背中を押されて俺はキッチンを追い出されて、フロアに出てお客様の対応に追われた。ただ今日は少し反省した日になりそうだと言うことだけは感じる日になった。

 朝のラッシュが終わると昼のラッシュがやってくる。そして先ほどの俺の言葉が身にしみたのか、三隅百合の手際は1週間も待たずして、どんどん良くなり昼のラッシュは難なく終えた。

 俺自身の心配などは無用だと感じた昼でもあった。


 昼のラッシュが終わると夕方までの間は休憩時間を取れる。客数もまばらな時間帯。普段なら一人ずつの交代休憩だったが、今日は昼から長谷部さんが合流シフトということもあり、勝田店長にいきなり店長室に呼ばれて休憩は、三隅百合と二人で取りなさいと促された。

 キッチンで調理中の三隅百合を呼びにキッチンに降りると、既に昼食の賄いの丼を作っている三隅百合がいた。


「お昼ご飯持ってきてないでしょう?」

「あん?はい…でも何で?」

「いつもまかないってい聞いてたから、作っておきましたよ」


 元気よく俺に賄いを渡す。そして二人して店長室横の休憩ルームへと入る。二人して「いただきまーす」と声を挙げた。すると突然、俺の丼に自分の丼の具を入れる三隅百合だ。


「えっ? 食べえや」

「いいから、食べてください。鶴見さんちょっと細すぎるから」

「えぇ、いいよぉ」

「じゃあこうしたら食べてくれるかな? はい、アーン!」


 三隅百合はいきなり自分の丼の具をスプーンに乗せて口を開けろと要求してきた。その態度がいかにも恋人の様な感覚で度肝を抜かれた。

 その表情は瞳を輝かせ、結っていた髪を下ろした女らしさ満点の三隅百合だったからだ。


 何だろう。この胸騒ぎ。昼の日中に、突然と心臓の奥底から緊張感とは別の感情が生まれようとしていた。

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