第7話資格と苛立ち

 唖然とした。いきなり店のアルバイトスタッフとして現れた三隅百合に対してだ。挨拶もそこそこに店長に促されて店内を案内して仕事の事はアルバイトの菊池さんに引き渡す。


 俺はキッチンの準備と食材の準備に取り掛かっていた。店のことを覚えるまではこの一週間、顔を付き合わせて仕事することなると勝田店長に言われた。

 その後は週一の河野くんとの交替シフトだと言われた。


 何故三隅百合がこの店で働くか等理由はありにしろどうでもいい。しかし何故この店をわざわざ選んだのか、自分の家で運営するカフェチェーンで修行した方が好都合では無いのかと、今朝のニュースで言っていた事と何か絡みがあるのでは無いのかとも少し勘ぐったり……。


「鶴見副店長?」


 いきなり声を掛けてきたのは、準備を終わらせた菊池さんだ。


「何?」


 端的に聞き返すと怒った口調で「何を惚けてるんですか? ここのところ副店長可笑しいですよ?」と一言。


「別になんでもあらへんよ」


 そう返したが、腕が止まっていると怒られる始末だ。これだと料理慣れした新しく入った三隅百合の方がマシだと促す。


 後からキッチンに現れた三隅百合に菊池さん自身説明をするというので、俺は一旦、次のシフトと店の売り上げ報告を勝田店長にあげるために店長室へと上がった。


「どう?」


 そう聞いてくるのは勝田店長だ。


「どうもこうも、支度を途中に追いやられましたよ」と答える。

「そらそうだろうね。だって三隅さんは管理栄養士の資格も持ってるからね」

「えっ?そうなんですかぁ?でもなんでそんな人がうちにわざわざ」

「さぁ? 詳しくは知らないけど、父とは違う道を歩みたいともちょっと言ってたかな?」

「へぇ」

「自分の店を持つことが夢だとも語ってたよ」

「で、うちなんですか? もっと良いところあるのに」

「コラコラ! 結構否定的じゃ無いの。なんか意味ありみたいに聞こえるぞ」

「別に、そんなんちゃいますって」


 そんな会話をしながら売り上げ予定の帳簿を確認して、粗利の計算を済ませ開店時間が近づいたのでフロアに降りる。

 建屋は2階建の店だ。一応これでも近畿地区展開しているチェーン店でもある。

 本社は大阪にあり、京都は三条、四条、五条の三店舗。あとは滋賀の大津と大阪含めると十五店舗に及ぶ。


 短大卒業後、別のところで働いていたが、人間関係の粗悪さ、扱いの悪さと残業の多さに嫌気がさし辞めた。

 その後アルバイトで生計をたてていたが、二十代後半にも入りアルバイトと言う危うさに疑問を覚えて、短大時期にカフェでのアルバイト経験とスタッフ賞をいただいた経緯もあり、このカフェに入ることになった。


「いらっしゃませ。日替わり朝食ベーコンエッグサンドになります」


 キッチンは菊池さんと新しく入った三隅百合に任せて、俺と河野くんはフロアにての接客。今日はいつもより客入りが多い気がしていた。

 十五席あるうち十席は埋まり、喫煙フロアの八テーブルも満席状態だった。


「ちょっと、まだ食事運ばれてないんだけど?」

「申し訳ございません。すぐにお持ちしますので」


 やはり新人の三隅百合に任せているせいか、いつも以上に客がせっつく。キッチンに確認しに行くと、三隅百合が慌てふためいて、トーストの準備に取り掛かっていた。


「お客様お待ちです!」


 ちょっと端的に素っ気ない言い回しで三隅百合に投げかける。すると三隅百合が包丁をいきなり俺に向けた。


「わかってます! 今やってます!」

「ご、ごめん……でも、お客様待たせたらあかんで!」


 そう言うと三隅百合が口を噤んで苛立ちを隠せない様子だった。そんな対応をいきなり取られて、こちらも少しイラッと来た俺は、隣に立ちいきなり冷蔵庫からベーコンを取り出し、卵を割り、フライパンにベーコンを入れて焼き始めた。卵をかき混ぜてフライパンに流し込む。


「今からやろうとしてたのに!」


 そう言う三隅百合に更にイラッと来た俺は言葉を浴びせる。


「あのね、朝は時間との勝負なんやで。栄養士かなんか知らんけど、うちのキッチンでは手際が大事なんや!」

「……」

「どいてぇ!」


 新人の三隅百合を突っ撥ねる様に俺は、ベーコンエッグをフライパンからパテに乗せ替えてレタスを挟み、自分でサンドして皿に乗せた。


「何よ、私だってやってるわよ」


 出た。これがお嬢様。まだ不慣れな三隅百合に俺はそう思いながらキッチンからフロアに飛び出した。

 入れ違いざまにコーヒーメーカーからカフェを入れてくれた菊池さんが言う。


「副店長! ちょっと怒りすぎ! まだ新人ですよ!」


 そんな言葉を無視して、俺はお客様のテーブルへと急いだ。

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