「今度の体」


 輪廻転生というものはあるらしい。


 僕はぼんやりと、自分が新たな生命に生まれ変わったことを感じていた。


 これは――お腹の中だろうか? 僕はたゆたう羊水の海に浮かんでいる。


 奇妙な感じだ。記憶とは、魂に宿るものらしい。今現在の僕の肉体は豆粒のようなものにすぎないのに、こうして常人の思考力が残されている。だが、この記憶や思考もまた、生まれたあと徐々に失われていくのかもしれない。


 できれば記憶を持ったまま成長してみたいものだ。もっと要領のいい人生を歩めるはず――


 うつらうつら、夢か幻か。浅い眠りと覚醒を繰り返しながら、僕はそんなことを考えて過ごす。


 徐々に、肉体が育ち始めていた。豆粒のような細胞から、骨肉が形成されていく。


 最初はまるで魚か何かのようだった。湾曲した身体に、ぽつんと丸い眼球が生まれ始める。次にそれは両生類のような見かけに変わった。あるいは、爬虫類のような――


 ああ、こうして徐々に成長していくのだ。生物の進化の歴史をたどるように、胎児は成長していくのだと何かで学んだことがある。こうして、自分の肉体として間近にそれを感じていると、まさに生命の神秘だ。


 段々と、肉体がはっきりと、形をなしてきた。小さな手足、丸まった体躯、頭からは髪の毛も生え始めているようだ。


 まさに、赤子。


 誕生の時も近いかもしれない――


 僕はそんなふうに思った。





 だが違った。





 肉体の成長は、そこで終わりではなかったのだ。





 肉体が、さらに歪んでいく。指が長くなる。先端からウネウネと触手のようなものが伸び始める。すべすべとした肌が、今度はぶよぶよとした質感に変わっていく。目がどんどん小さくなっていく。代わりに口が大きくなっていく。胎児であるにもかかわらず、牙が伸び始めた。耳や鼻が異様に発達していく。


 止まらない。


 成長が、止まらない。




 お腹の中の赤子が――もしも、これまでの進化の歴史をたどるように成長していくのならば――




 僕は、いったい、……何として生まれたのだ?


 そして、人類に何が起きたのか? そもそもこれは――『進化』なのか?


 わからないまま、成長は続く。


 化物のような肉体をよそに、思考力だけはそのままで。




 ――僕は、産まれる瞬間に、今のこの記憶が失われることを、ただ祈った。


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ショート・ショート集 甘木智彬 @AmagiTomoaki

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