第11話 父親

 晴天の空の下、源治と美希は休日にデートを決め込んでK町の中心地に位置するV公園にいた――

 

 V公園は都市部のK町には珍しく、自然公園として保護されており、森林が生い茂り春になると桜は満開、大きな池にはミドリガメや鯉等が生息、近所の大学の環境課の人間が分析で訪れる。


 源治はこの公園を知っていた、ネットカフェ難民時代によくホームレス向けの炊き出しが行われていた為にちょくちょく足を進めていたのである。


 運がいいのか悪いのか、日雇い派遣すらあぶれたホームレスが風呂に入っていない汚臭を撒き散らしながら、支援団体の人間から食事などの支援を受けているのが源治の目には入ってきた。


 (こんなとこ、顔見知りのホームレスの支援団体には見られたくはねえな)


 春先で白のワイシャツに紺のカーディガンを羽織っている源治は、知り合いに遭わないかと心配で仕方がない。


 隣にいる美希は、桜の鑑賞に夢中である。


 (こいつ相当お嬢様なのかな、持っているのはブランドものだしな)


 「ねえ、写真を撮りましょうよ」


 美希はブランド物のバッグから、スマホを取り出す。


 丁度目の前には、桜の巨木が立っている。


 周囲には花見をしている観光客がいる、その中の一人に、源治は目が奪われた。


 (御子柴さんがいる)


 「美希、ちょっと待っててくれ、知り合いにあったから挨拶に行ってくるよ」


 「うん、わかった」


 地面にブルーシートを張り、小学生や中学生ぐらいの子供と一緒に食事をしている御子柴の元に源治は歩み寄る。


 「先生」


 「源治か。今日は休みなのか?」


 「ええ、彼女と一緒に来ました」


 「そうか」


 御子柴は複雑な表情を浮かべて、立ち上がり、源治に人がいない場所に来るようにと目で合図をする。


 「源治、実はな、お前のお父さんが刑務所から出てきたんだ」


 人気がいない場所に彼等は着くと、御子柴は言いづらい顔をして口を開く。


 「そうですか、まあ俺にはもう関係はねえけれども」


 「『Zうす』の家にいるお母様にお父様は会って、お前と会いたがっているみたいだ」


 「そうですか、でも一生会うつもりは無いと、父にそうお伝えください」


 あんな、実の子供に覚せい剤を打つような親と一生会うつもりは無い――源治はそう思い、御子柴に一礼をして、美希の元へと足を進めていった。

 *

 「これねえ、桜の木の下で撮ったの、凄い大きな桜だったわ」


 『ショットガン』で、美希と源治は、寂しそうな顔でテレビのライブ動画

 を見ている翔太を横目に、正志にスマホの写真を見せる。


 スマホの画像には、大きな桜の木の下でブイサインをする源治と美希が写っている。


 「ゲンちゃんいい思い出ができたね」


 正志は源治にそう言い、注文していたチキンナゲットをそっと、源治の目の前に置く。


 「これでお前もリア充だな」


 翔太はそう言い、モスコミュールを口に運んだ。


 (俺ももうリア充になったのか、これが世間で言う幸せなのか?)


 源治が欲しくても手に入らなかったもの――彼女が今ここにいる。


 世間一般、ネットの世界でいうリア充になった喜びを源治は噛み締めて、美希との思い出を胸にしまい込んだ。

 *

 (飲みすぎたのかな、やけに胸焼けがする……)


 源治は美希を送った後翔太とも別れて一人家路についている。


 背筋に寒気が走り、胸騒ぎがする感覚をを先程から感じ、飲みすぎて風邪をひいたのだなと思い早足で家路に着く。


 (あれっ?大家さんかな?誰か部屋の前にいるぞ)


 部屋の前には、細身でハンチングを被った人影が立っている。


 「こんばんは、ちょっとすいませんね」


 源治はその人間のもとに歩み寄り、どいてくれ、と暗に言う。


 その人間――性別は男で、無精髭を生やし、頰骨が見える程に痩せこけ、眼窩は窪み、長年風呂に入っていないのだろうか異臭が体から放っている。


 「源治、か……?」


 「ええ、そうですが、どなたでしょうか?」


 見知らぬ男の人から源治と尋ねられるが、源治にはこんなヤバそうな面構えの知り合いはいない。


 「俺はお前のお父さんだ……! 久しぶりだなあ、我が息子よ……!」


 「……」


 「お願いがあるのだが、お金を貸してはくれないか?」


 「いや、ねえよ。第一な、実の子供に覚醒剤を打つ人間に貸すお金はない。警察を呼ぶぞ」

 

 「分かったよ、覚えておけ……!」


 源治の父親は、ろくなものを食べていないのか、ひょこひょこと歩いて夜の街に消えた。

 *

 源治の父親、宗輔はしがない工場勤務のブルーワーカーで劣悪な職場、所謂ブラック企業に勤めており、日々の鬱屈した思いを幼い源治への虐待に向け、酒と覚醒剤に溺れて警察に逮捕された後に服役後『Zうす』に入所したが脱走して行方が知らなかったと御子柴は源治にそう話していた。


 昨日、何故宗輔が源治の家を知ったのかどうか分からないのだが、源治の家に来て金をせびって帰った事を御子柴に伝えると、御子柴は複雑な顔を浮かべて、源治に『何かあったら警察と行政に相談しよう』と言った。


 スマホのバイブが鳴り、源治は液晶画面を見やる。


 『昨日は面白かったね、また行こうね』


 美希からのラインに源治の顔は綻んだ。


 『そうだね、また行こうね』


 すぐに既読になり、了解、とキャラクターのスタンプが送られてきた。


 (今度は小洒落た場所でも探してやるか……)


 源治はふふふ、と心の中で笑い、パソコンを開いてネットニュースを開く。


 『K町で殺人事件、犯人は逃走中』


 物騒な町だな、と源治はそう思い、クリックする。


 『S県K町で殺人事件があり、覚醒剤中毒患者の社会復帰施設『Zうす』に入院していた五十嵐春香さん(45)が腹部を複数回刺され出血多量で死亡、犯人は以前不明』


 (お母さん……!?)


 源治のスマホに、御子柴からの電話が掛かってくる。


 「はい、源治です」


 「源治、ニュースを見たか?お前のお母様が殺された、これから、警察がお前に元に来る、お父様の事を包み隠さず話せ、俺も話すからな」


 「はい……!」


 御子柴はそう言うと電話を切った。


 『ドンドンドン……』

 

 インターホンではなく、扉を叩く音が聞こえる。


 「はい」


 源治は胸騒ぎがして、ドアを開けようとした。


 「源治、お金貸してくれよ……」


 ドアが開くと、そこには焦燥しきった宗輔がいる。


 「てめえ、何しに来た?」


 「お父さんな、病気なんだ、注射が必要なんだ、だからお金貸してくれないか?」


 「あ!?病気?どうせ覚醒剤やってんだろ!?母さんを殺したのはお前か!?」


 「あぁ。そうだ、あの女主人の俺にお金を貸してくれずにラリってやがった!妻が夫に尽くすのは当たり前、お前が俺に尽くすのは当たり前だ!早く金貸してくれ!シャブがないと俺はダメになる!」


 宗輔は鞄の中から、血の付いた包丁を取り出して、震える手で握りしめて源治に向ける。


 源治はフライパンを手に持ち、宗輔に向ける。


 「警察ですが、お話をこちらで伺いますが」


 警官の声が宗輔の後ろから聞こえ、宗輔は観念したかの様に包丁を地面に落とした。


 *

  宗輔は『Zうす』を脱走した後に各地でカツアゲを度々起こして覚醒剤に手を染めていて、その度に警察のお世話になっており、宗輔が源治の家を訪れた後すぐ御子柴は警察に連絡を入れて源治の家に私服警官を張り込ませていた。


 春香の葬式の時に、源治は不思議と涙は出なかった。


 その後すぐに源治の元に、マスコミから取材があり、「幼少の頃に実の親から覚醒剤を打たれた」との報道が組まれた。


 職場で変な噂が立ち、働きづらくなり、仕事が終わって美希と瓦製パンの側の公園で二人きりの時だ――


「源治、やっぱり私と別れて」


「え……」


 美希の発言に、源治は何があったのか分からないであっけに取られた。


 公園では、小さな子供が母親と遊んでいる姿が源治の眼に映る。


「ごめんね、お父さんが、覚醒剤を打っていた人間とは付き合うのはやめろって……もし、ずっと付き合う様なら勘当だって……」


 涙声で俯く美希の頭を源治はそっと撫でる。


「分かった……俺の様な人間と一緒にいても幸せにはなれない、強度のストレスに晒されると禁断症状が襲いかかってくるんだ。俺と一緒にいても君は地獄を見る。……さようなら」


 源治は立ち上がり、美希の元を去っていく。


(俺の様な屑でシャブ中の人間と一緒にいても、あの子は一生幸せにはなれないんだ……)


 カラスの鳴き声と美希の嗚咽の声が、公園中にいつまでも木霊した――







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る