第4話 孤独

 人間というものは、基本的には寂しい生き物である。


 ネット界隈では、偽善という評価で有名な、某国民的教師ドラマの主人公の長髪の教師は、ドラマの中で視聴者に向けて人間のモラルを切々と述べた。


 源治の心の中には、ぽっかりと冷たい風が吹いている。


それもその筈、両親の記憶が全くといっていいほど無く、一家団欒や悪戯をして叱られたり、風邪をひいた時に看病してもらうという、人間誰でも一度は幼少の頃に経験した記憶がない。


 休日出勤を命ぜられたその日は、7月にしては珍しく涼しい日で、源治は古着屋で購入したカーキ色のM65フィールドジャケットを着ており、仕事が終わった後にぶらりと、『ショットガン』に出向いた。


 「あれっ、げんちゃん今日は一人かい?」


 正志は一人で来た源治を珍しい顔つきで見つめる、源治が一人で飲みに行く事は滅多にない為だ。


 「ええ、いやね、休日出勤の帰りでしてね、家にいても暇だったからここで食事をしようかとここに来たんですよ」


 「そっか、疲れたろ?何がいいかな?」


 酷く焦燥した源治を正志は労わろうとしているのか、メニューを目の前に置く。


 「オムライスの大盛りがいいすね、美希ちゃんは料理はできるんすかね?一度どんな味が食べてみたいすね」


 「うーん、まだ入ってから2日目だしねぇ、一応教えたけれども時間かかるけれどいいかな?」


 「いいっすよ全然。おねがいします」


 「分かった、美希、オムライスの大盛りね」


 正志は少し考えて、店の奥にいる美希に伝えると美希は、はい、と小さな声を上げた。

 

「なにか飲む?」


「そうですね、たまにはビールがいいな、ギネスビールで」


 「あいよ」


 源治はタバコに火をつけてスマホの写真を見やる。


 まだ源治が高校生の頃、児童福祉施設の人達と一緒に花見に出かけた時の集合写真がそこには写っている。


(あの時からもう、二年ぐらい経つのか……)


 *


 真っ白い壁に、真っ白な天井――


 白衣を着た男と、30代ぐらいの若い女性が何かを話しており、その女性は、何か大変な事をしてしまったかのように酷く焦燥して、目に涙を溜めている。


 体が、熱いんだ――


 源治は灼熱の風呂に入っていて出たいというような衝動に駆られてその衝動を体を動かすのだが、両手足が縛られているのか、動けない。


 俺は一体どうなっちまうんだー―

 *


 「源治さん、オムライス出来ましたよ」


 美希の声が耳元から聞こえ、はっ、と源治は目が覚めた。


 (またあの夢か……)


 源治はストレスに陥ると必ず先程の、白衣を着た男性と、若い金髪の女性が出てくる夢を見る。


 精神内科に退行催眠を受けようかと行こうかと迷っていても、通ったのがばれたらその時点で源治の社会人人生は終わりである。


精神内科に通う、精神に病のある人間を、瓦製パンだけでなく他の企業でも雇うような度量と余裕は無い。


 目の前には、大量なケチャップとマヨネーズがかけられた大盛のオムライスが置かれている。


 「美紀のこの店に入店してからの初めての料理だ」


 「そうですか、じゃあ俺が初めてってわけですね」


 「そうだね」


 「いただきます」


 源治はオムライスを頬張る。


 美希は緊張した顔つきで、源治を見やる。


 「美味しい」


 「有難うございます」


 美希の顔は、ほっとほころんだ。


 「良かったな美希、じゃあ俺これから買い物行ってくるからな」


 「はい」


 正志はハンチングを被り、革製の長財布をズボンのポケットに入れて、店から出て行った。


 店の中には源治と美希、二人きりしかいない。


 『ショットガン』は客がいない店では無く、むしろこの界隈では繁盛している方である、今の時間は開店してから間もない17時な為、他に客がいないのである。


 「あのう、源治さんですよね?」


 「ああ、そうだよ」


 「この店に通ってから長いんですか?」


 「そうでもねえな、俺第一そんなに一人で飲みにいかないしな、この店利用したのは少し前からだ、昨日変な奴いたろ?翔太って奴が。あいつとしか殆ど遊びに行かねえな」


 「そうなんですね、じゃあ、ここに来たのは本当にレアなんですね」


 「まあ、そんなところだな」


 源治はスマホを開いて、ラインのゲームアプリを開く。


 「ああそのアプリ、私持ってますよ」


 「ほう、そりゃ意外だな、てか、誰も遊んでる奴いないしな」


 そのゲームアプリはマイナーなものであり、翔太も知らないし興味が無いものだ。


 「そうですか、でも私の知り合いにもそれで遊んでいる人いないんですよ」


「なら、一緒にでもやるか?」


 源治は思い切った事を美希に聞いたのを後悔した、下手したら、自分がこの店に居れなくなる為だ。


 「いいですよ、もし嫌じゃなかったらライン交換しましょうか」


 美希は、源治の不安とは裏腹に、明るく自分から進んでラインの交換をしようと口を開く。


 「そうだな、マスターが来ない隙にやろうか」


 「そうですね」


 彼等は、正志がいない隙を見計らいラインを交換する。


 「ただいまー」


  彼等がフルフル機能でお互いのラインを交換し終えた直後、顔を赤くした翔太が、ドアを勢い良く開けて『ショットガン』に入ってきた。


 「あれっ?マスターは?」


 「買い物だよ、てかお前どっかで飲んできただろう?顔が凄い真っ赤だよ」


 「ああ、家で飲んで暇だったからここに来た、美希ちゃん、俺ジーマね!あっ、オムライス美味しそうだな、俺もオムライスくれよ!」


 翔太は椅子に座り、煙草に火を点けた。


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