第3話 DQN
源治はDQNは嫌いである。
公衆に迷惑をかける反社会的な行動、あてもなくただ毎日を無為に過ごし、生まれてくる子供に所謂キラキラネームという一般常識とは考えづらい名前をつけて、いじめや就職活動に不利になる地獄を与える、子供を虐待する。
源治の暮らす町にいる人間は多くDQNがおり、今の仕事でお金が貯まったら治安の良い町に住んで別の仕事につこうかと源治は考えている。
だが、転職市場はいくら倒産したとはいえ21歳でたった一年で会社を変わった人間を快くは思わず、激落と言える事務や、今や最先端と言えるIT企業に転職しようにもほぼ絶望的。
ネオン街煌びやかなM市K町には、ショッピングモールやら格安ランチ、そして大型のパチスロ店があり昼間はそこで時間を潰して、夜は街に多く点在する居酒屋やバー、スナックやキャバクラで酒を飲み交わし、街に4軒程あるピンサロで日常で貯まった鬱憤を晴らすのがこの街や近辺に住む住人の休日のコース。
源治達も同じように、仕事が終わった後は仲間でパチスロ店に行き、終わったら飲み屋で一杯やり風俗店に行って帰って寝るか、休みの日はあてもなく街をぶらついて格安のランチに舌鼓を打ち一円パチンコで時間を潰し、夜は居酒屋で一杯飲むというのが普段の流れ。
だが、今日はひと味違っていた。
『ショットガン』は源治がこの街に来たときにできたバーで外観は80年代のアメリカ西海岸を象徴するような建物、中には他のバーよろしく酒の瓶やダーツが置かれており、源治は暇なときに一人でここに来てダーツゲームに興じている、マイダーツを一万円で購入したのだ。
「やあ、翔ちゃん」
彼等が店に入ると、ハンチングを被り黒のワイシャツとグレーのベストを着た30歳ぐらいの優男が出迎える。
「正志さん、俺ビールね」
「俺はジントニック」
「あいよ」
正志と呼ばれるこの優男は、彼等を温かい目で見つめて、冷蔵庫からジーマとコロナを出す。
「正志さんこいつ、スロットで勝ちやがったの。俺パチンコで2万円負けちゃったよ」
翔太はパチンコでの惨敗がまだ尾を引いているのか、溜息をついて正志に愚痴り始める。
「確変来たって思ったんだけどなぁ」
「まぁ、あそこのパチンコは沼だからね。でも二万円で負けたぐらいだからよかったんじゃないのかなぁ」
「そうだけれどさぁ、あーあ、大人しく一円パチンコで時間でも潰しておけばよかったかなぁ」
翔太は煙草に火を付けて、正志が目の前に置いたお冷を口に含む。
「げんちゃんはいくら勝ったのかな?」
「俺は2万円ですね」
「何かを買うのかい?」
「うーん、まだ決めてないすね、オシャレしても彼女いないし、多分普通に生活費に消えると思いますね」
源治はビールを口に含みメニューを見やる。
「こいつ欲が無いんすよ。車でも買えっての」
「俺はお前とは違って清貧なんだよ」
源治には欲が無い。
「神部さん、仕込み終わりました」
奥の方からは、女性の声が聞こえてきて、女好きの翔太は声の主の方を見やる。
「あぁ、じゃあ後はグラス拭きだね」
「あれっ?新しい店員さんすか?」
「あぁ、俺一人じゃちょっときついからバイトを雇ったんだ、美希ちゃん、常連さん達に挨拶して」
「はい」
美希、と呼ばれる女性は容姿端麗、背は高く170センチはあり痩せていて、髪を薄く茶色に染めてパーマをかけている。
「源美希(ミナモトミキ)です。大学4年生です。先日の2日付で入りました。よろしくお願いします」
「あぁ、こっちこそよろしくね、俺は翔太で、こいつか源治っていいます」
翔太は美希の美貌に心を奪われそうになり思わず咥えていたタバコを床に落としそうになった。
「よろしく」
源治は美希に軽く挨拶をすると、美希は軽く笑って会釈をする。
*
8畳一間の部屋には、海賊やギャンブルもののマンガ本が山積みになった本棚と、やや埃がかったフローリングの床、あまり干していなくて寝汗で少し湿っている布団、中古のノートパソコンが置かれている。
その部屋の鍵を開けて、源治は帰ってきた。
「ふう」
源治以外誰もいないこの部屋で深い溜息をついて、源治はエアコンのスイッチを入れる。
一時間前、源治と翔太はショットガンでアルバイトで入った美希と軽く話しをして、別れて帰った。
翔太はいつものように、スピリタスを4杯とテキーラを一杯飲み店を出て駅前にあるラーメン店でタンメンを食べていたのだが、普段酒は飲む方の源治は不思議に全く飲む気にはならず、ビールを一杯とコーラを二杯ほど飲んで、シメに油そばを食べて翔太と別れた。
(あの子可愛かったなぁ)
源治は『ショットガン』の美希に興味を示している、翔太もまた同様に、美希に惚れている様子だった。
(でも俺には彼女は無理だな……)
深い溜息をついて、服を脱ぎ捨てて浴室に入っていく。
源治は彼女は今まではいない、所謂年齢イコール彼女いない歴というやつであり、童貞は近所の1万円の中国系の性感エステサロンで40過ぎの女とやって捨てた。
顔つきは悪くはなく、誰とでも普通に話せるのだが、普通の源治に、町や学校にいたチンピラの女性は真面目なのが嫌だ、と見向きもせずに他のやんちゃそうな男の方へと行ってしまった。
それに今の世の中、収入によって彼女ができるかできないか大きく異なる、見合いでも年収が最低でも450万円は必要、年収が280万程度の源治に寄ってくる女は何処にもおらず、気晴らしに行くのはピンクサロンとスナックである。
(あの子綺麗だったな、でも、俺には無理だ……)
シャワーを浴びて体を洗っていると、自分の愚息に血流がみなぎっているのがわかる。
(だめだ、あの子は清楚な子だ、髪を染めてはいるが本当は清楚な子なんだ、が……畜生!)
源治は浴室から出て、トイレに入る。
ガラガラ、とトイレからトイレットペーパーを使う音に、スマホのバイブがかき消される。
源治は汗で額が脂ぎり、恍惚感溢れる顔でトイレから出ると、スマホにメールの着信が入っていることに気がついた。
(誰だよ、うわっ、あのババァじゃねぇか、最悪だな、もしかして……)
きっと多分休日出勤だろうな、源治はそう思いながらメールを開く。
『お疲れ様、来週、取引先の人が来るので、作業所を綺麗に整頓して下さい。終わったら帰っていいです』
(やっぱりなぁ、こんな予感がしていたんだ、お酒そんなに飲まなくて正解だったなぁ)
源治はタンクトップとジャージに着替えて歯を磨き、エアコンを消してしめぼったい布団にくるまって目を閉じる。
隣の部屋は学生らしく、深夜の12時を回っていても大音量で音楽を流しており、源治は耳栓を用意した。
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