38 ハーピー娘


「ねえねえ着せて着せてー」


 僕の彼女が服を持って言い寄ってきた。


 ハーピー用の、翼に指が一本しかない腕(翼から人間で言うと親指に当たる部分だけ分離している)でも着やすい、作りの簡単な服ではない。

 翼が出せるように袖は無く袖口が大きめの服ではあるが、それでも彼女一人では着ることは出来ないだろう。


「いいけど」


 僕は是と答えながら服を受け取る。

 何か釈然としない。

 彼女は一人で着ることができる服も何着か持ってる。

 なのに、こういう着にくい服ばかり買い、毎日僕に着せようとする。


 彼女が僕に背を向ける。


 僕は彼女の翼の下の紐を解いていく。

 彼女が今着ている服、片側三カ所も紐で結ぶ。

 彼女の指でこれは無理だ。


「ん~♪」


 ハーピーだけあって彼女の歌は上手い。

 鼻歌でもだ。


「腕広げて」

「ん」


 彼女は僕に答えて両腕を横に伸ばす。

 大きな翼だけど、ハーピーが住めるこの家は十分広い。

 部屋の中央だから、彼女の翼は壁にぶつからない。

 といっても、服を脱ぐ程度じゃ加減して広げるから、普段から壁に翼がぶつかるなんて事は無いけど。


 僕は紐を解いて一枚の布のようになった服を上に持ち上げて脱がした。


 ブラはしていない。

 ヌーブラだ。

 科学の進歩って素晴らしい、と彼女が前言っていたのを思い出す。

 翼と体のくっついているところが邪魔で、ブラの横紐が翼に引っかかって装着できないのだ。


「腕縮めて」

「ん」


 彼女が翼をたたむ。

 僕は服の袖穴に彼女の翼を通す。普通の洋服のように、袖を通して前で止める着る服だ。

 両腕を通し終わったら、彼女の前に回ってボタンを閉じた。

 普通のブラウスに見える。

 袖口が針金かプラスチックかの芯が通してあるな。

 そのため体に沿うように固定されるので横から覗いても見えない。


 襟を整えて、できた。


「ありがとう」


 彼女は僕の耳元で可愛くささやいた。これをされると脳に来る。可愛い。


「ところで」


 僕は照れくささを隠すために話題を振ることにした。


「なんでそういう着にくい服を着るの? 僕がいないと着れないじゃないか」

「だからいいのよ」


 彼女は考えずとも答えが決まっているかのように言う。


「私たちって腕がこんなでしょ? だから一人だと簡単な服しか着れないんだけど……」


 彼女は立ち上がり、箪笥まで歩いて行った。


 箪笥の一番下を、足のつま先を引き出しの取っ手に引っかけて引き開ける。

 中にあった一着の服を翼と指で摘まんで取り出す。


「こんな感じの」


 一般的なハーピーの服だ。

 基本は貫頭衣なのだろう。

 長細い布の中央に開いた穴に頭を通し、裾の方をマジックテープで止める。

 マジックテープがなかった時代は大きな木の実や木を削って作った大きなボタンを輪っか状の紐に入れてはだけないようにするか、そのままだった、と「ハーピーの生活」という本には書いてあった。

 その本はまだ途中読みだ。


「これ、着ると動いたり飛んだりするとはためくし、何もしなくても横から見えちゃったりするのよ」


 大変だよね。


「そうでもないのよ。ほら、日本の振り袖。アレと一緒」


 振り袖……未婚の女性が未婚ですよとアピールするための?


「つまり男を誘惑する格好なの」

「ストレートだね」

「隠してもしょうが無いとおもうけどね」


 なるほど。

 チラ見せして男を誘う格好なのか。

 今は服飾や縫製が進化して見えにくく成ってるのもあるらしいが、着用する者はすくないという。


「つまり……わかってよ。私には貴方がいるの!」


 他の男はお呼びでないと。

 うれしいなぁ。

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デミヒューマン娘のいる日常 藤村文幹 @toh_ka

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