きらめきの残滓

 陽子と過ごした日々はいも甘いも伴って、海斗の灰色の青春の中に燦然さんぜんとした存在感を確立した。


 陽子が去ったあの日から、海斗はひたすら次の盆休みへの日数を数えた。祖父母の家がある海辺の田舎町に行けば、輝く日々を取り戻せるのだと、海斗はいて信じようと努めた。


 待ち続けた盆休み、海斗は再び寂れた海辺の町を訪った。


 祖父母への挨拶もそこそこに水着とゴーグルに着替えて飛び出し、海岸へと向かう。


 一年前と変わらぬ海岸。一歩を刻むごとに、十七歳の夏に指の隙間からこぼれ落ちた輝ける日々の思い出を辿たどる。それを取り戻せるという期待は、近づくほどに淡く薄い。


 灰色のうねりの中に、陽子の姿はない。記憶の中ではこんなにも鮮やかなのに、現実のどこにも彼女の姿を見つけられない。


 やがて海斗は飛び込み台の岸壁に辿り着いた。


 見下ろした浜辺には、一人分の足跡が刻まれている。


 海斗は岩の淵に立つと、吸い込まれるように飛び込んだ。


 水底から見上げる太陽も、色彩豊かな空気の玉も、一年前と同じに輝いていたはずだ。だがその輝きは思い出に遠く及ばない。それを確認して海面から顔を出し、無色透明の空気を肺に迎え入れた時、ようやく気持ちの整理がついた。


 終わったんだな、と海斗は呟いた。


 終わったのは一年前だったのだろう。だが、焦がれるような気持ちの始まりもまた一年前、陽子の去ったあの瞬間だった。その思いにまきをくべ続けた日々が今、終わった。やがて灼熱の炎は熾火おきびへと変じ、以後は静かに、温かくくすぶり続ける。そしていつの日か、海斗も知らぬうちに消えるのだろう。


 海斗は再び岸壁を上り、下に広がる海へと跳び込んだ。海中から空を見上げ、海面の向こう側に浮かぶ太陽に向き合う。陽子ごっこ、と海斗はその奇行に名を付けた。ならば海面の向こう側で輝く太陽は陽子と呼ぶべきだ。肌を焦がす熱も、目を焼き潰す光も、優しく水に溶けている。


 やがて海斗は海から上がると、自分が刻んだ足跡を辿って、足取り重く祖父母の家へと帰って行った。


 長く尾を引く少年の想いを、母なる海は忖度しない。


 少年が海岸へと刻んだ青春の懊悩おうのうは、その夜のうちにさっぱりと波に洗い流された。



~了~

海が太陽のきらり ~SuicideSeaside~


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海が太陽のきらり SS 文月(ふづき)詩織 @SentenceMakerNK

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