ヴィンフリート

雨宮翔

第1話

ヴィンフリートは面白くなかった


毎年5月になるとヴィンフリートが通っている学院では、芸術祭なるものが行われる。

それは学院中の生徒たちが参加して、クラスごとに歌を披露したり、演劇をしたりするお祭りの事である。芸術祭には学院に通う生徒たちの関係者が招待され、毎年かなりの盛り上がりを見せる、いわば学院の名物の一つであった。

ヴィンフリートのクラスでは演劇を披露する事が多数決で決まったのだった。

題目は『聖戦の物語』

聖戦とは何千年も昔に勃発した神と悪魔たちの戦いの事で、今も世界中で知られている戦いである。

その戦いで活躍した神王軍側の英雄アルバン・ハイゼンベルク。

彼は西の大陸の果てにある世界樹から生まれた精霊と人間の間に生まれた子供で、高い法力を持ち、その力を用いて神王軍側で大変活躍した青年である。

芸術祭でその英雄アルバンを演じるのは、演技力が非常に高く、演劇クラブから年度もスカウトされている少年アルト・フォン・グラントミュラーであった。

彼が演じればどんな役でも輝き、呼吸を始める。

それが例え、舞台の端に佇む木々の役であったとしても。

アルトはもともと孤児院育ちで、10歳のころハイゼンベルク卿の私生児であったことが判明し、ハイゼンベルク家に引き取られたと聞いている。

孤児院にいた頃、自分より小さな子供たちを寝かしつけるため、毎晩のように本の読み聞かせをしているうちに演技力が身に着いたと本人が話しているのを聞いた事がある。

けれど、ただそれだけの事だからと、演劇クラブの入部を何度も断っているのも目にした事がある。

ヴィンフリートが面白くないのは、何もアルバンを演じるのがアルトだからというわけではない。

アルバンを誰が演じようと、そんな事は興味がなかった。

彼が面白くないのは聖戦にはもう一人英雄がいた事を、皆が忘れているからである。

それは魔王軍側が生み出した最終兵器であり、最強を誇る悪魔。

最悪の魔女ヴェルザである。

彼女はその巨体と荒野一つ分を焼け野原にしてしまうほどの業火の炎を用いて、戦いに置いて不利だった魔王軍を一気に優勢に持ち込んだのである。

しかし、魔女ヴェルザには理性と知性がなく、その後敵味方関係なく攻撃を始めてしまったので、聖戦は結局、勝敗が付かずに終わってしまったのだった。

聖戦後、魔王軍は制御の聞かないヴェルザを地下の奥深くの世界へ封じてしまった。

それでもヴィンフリートは聖戦における英雄は魔女ヴェルザだと思っている。

そもそも英雄とは何かと考えた時にヴィンフリートはその戦いに置いて最も強い力を誇示した者なのではないかと主張する。

その主張に賛同する者は多いものの、やはりヴェルザを英雄扱いする者はヴィンフリート以外皆無だった。

今回の演劇でも制御の利かない魔女ヴェルザは魔王軍によって地下へと封じられてしまう。

幼い頃からヴェルザに憧れ続けていたヴィンフリートにとっては不愉快極まりない幕切れである。

「次はお前の台詞だぞ」


アルバン役のアルトがむすっとして黙りこくったままのヴィンフリートに囁く。

ヴィンフリートは一応、魔王軍側の参謀を言う役をあてがわれていた。

「どこか体調でもわるいのか?」


続けてアルトが訊いてくる

しかし、そもそも普段から協調性のないヴィンフリートが真面目に演技をするはずはなかったのである。


「馬鹿々々しいこんな飯事に僕は付き合ってられないよ」


ヴィンフリートは台本を地面に叩きつけて教室を出て行った。

「おい、待てって」


アルトの制止する声が背後から聞こえてきたが、ヴィンフリートを止めることは出来なかった。



ヴィンフリートは幼少の時から少し変わった子供だった。

世間では禁止とされている悪魔崇拝に興味を持ったり、飼っていた小鳥をワザと殺し、庭に幾つもの墓場を作ったり、教会で行われる礼拝に参加するのを嫌がって、家の者を困らせる事などは幾度もあった。

そんな彼を両親や兄弟たちは悪魔に取りつかれている化け物として扱い、差別した。

例えば家族はヴィンフリートと共に食事をとるのを嫌がったし、彼の部屋には外から南京錠がつけられ、中からは勝手に出られないようにされていた。

そんな彼の友達は屋敷の部屋から持ち込んだ数冊の本だった。

中でもヴェルザが登場する『聖戦の物語』がお気に入りで、聖戦で活躍したにも関わらず、最後は化け物扱いされ地下に封じられてしまう彼女に大いに共感したし同情した。

そうしていつの日か、彼女を地下から救い出し、共にこの世界に復讐しようと誓った。


しかし、彼女を地下から救い出すにあたっての資料がなかなかそろわない。

大きな悪魔信仰の教団に入れば情報もそれなりに入ってくるのだろうが、ヴィンフリートが子供で在る事と、目的がヴェルザの復活で在る事をとある教団の団員に告げたところ、入団を断られてしまった。

悪魔信仰者の中でもヴェルザの復活はタブーとされているらしい。


その後ヴィンフリートは古い書店や露店を練り歩き、ヴェルザ復活の手がかりを探し続けた。その結果、復活の魔法陣と思われる図案が書かれた書物を2冊ほど揃えられたが、残りの図案がどうしても見つけられない。

ヴィンフリートは時間が許す限り、学院の旧校舎裏にある図書館に籠って、手当たり次第に本を漁った。

厄介払いとして両親に入れられた学院だったが、こういう場所の図書館にこそ掘り出しものがあるかもしれない。

その日もヴィンフリートは図書館に入り浸り、ヴェルザ召喚の手がかりを探していた。

すると、普段は誰も来ない図書館の廊下から誰かの足音が聞こえてきた。

ヴィンフリートは思わず身を固くする。

足音の正体はアルトだった。


「やっぱりここにいた」

アルト明るい声でそう言いながらヴィンフリートに近づいてきた。

彼は苦手だ。

正義感が強くて、皆からの信奉も厚い。

まるで英雄アルバンのような少年だからだ。

魔王軍側の英雄ヴェルザを慕うヴィンフリートと反りが合わないのは当然である。


「何か様かい?」

ヴィンフリートは読んでいた本から顔を上げずに応えた。

するとアルトは言いづらそうにしながらヴィンフリートの座っている窓辺の近くの本棚にもたれた。


「さっきの演劇の練習中の事なんだけど」

「あの飯事がどうかしたの?」

「やっぱり練習に参加するのは嫌なのか?クラスの代表として聞いてこいって先生に言われてさ」

妙に正直な少年である。

正直者は嫌いではない。

ヴィンフリートは読んでいた本から顔を上げた。


「何が嫌なんだ?物語の題材?それとも役柄か?」

「物語の題材も役柄も嫌いではないよ。ただ気に入らない事があるだけさ」

「気に入らない事?」


そこでヴィンフリートはアルトに向き直った。


「魔女ヴェルザをどう思う?」

「あの業火の魔女か?そうだなぁ。恐ろしい悪魔だと思うよ」


それを聞いてヴィンフリートはいつもの様にがっかりした。

やはり彼も皆と同じ意見の様だ。

しかし、アルトは思わぬ言葉を返してきた。


「でも、面白い存在だと思う」

「面白いどこが?」


ヴィンフリートはアルトの答えに食いついた。


「やっぱり、追い詰められた魔王軍が作った最終兵器って所にロマンを感じるよ。力だってあのアルバンの法力が及ばないほど強いし」

「そうだよね。カッコイイよね。」

「うん。カッコイイと思う。今回の劇ではヴェルザは舞台装置で表現するけど、もっと生きて呼吸をさせたいよなぁ」

ヴェルザをカッコイイといったのはアルトが初めてだった。

ヴィンフリートは興奮で頬が紅潮するのを感じた。


「僕はヴェルザこそ聖戦の英雄だと考えているんだけど、君はどう思う?」

「聖戦の英雄か。強さで言えば確かにそだろうなぁ」

「そうだろう?そんな英雄を地下に閉じ込めておくのは勿体ないと思わない?」

「勿体ないか……君は魔女ヴェルザに興味があるみたいだけど、具合的に何がしたいんだい」

「僕は魔女ヴェルザを復活させたいと考えている。」

「復活させてどうするの?」

「友達になるんだ」


そこまで聞いて、アルトは軽快な笑い声をあげた。


「友達になるか。それは面白いね。でも、彼女は理性も知性もないらしいけど」

「きっと伝説ほど彼女は馬鹿なんかじゃないさ。復活させればきっと僕たちは友達になれる」

「それもそうかも知れないな。なら、ヴィンフィリート。その前に僕と友達にならないか?」


突然の提案にヴィンフリートは茫然となる。


「僕も魔女ヴェルザに会ってみたい」

「いいのかい。彼女を召喚すればこの世界の全てを焼き尽くす。君の両親や兄弟、友達も死んでしまうかもしれないよ」

「きっとそれは伝説上の話で、実際はそこまで強い魔力を持っていないかもしれないじゃないか。伝説というのは誇張されてしまうものだからね」

「じゃあ君は何が目的でヴェルザに会いたいの?」

「これを言うとみんなに馬鹿か基地外扱いされるから今まで誰にも話した事は無かったんだけどね」


アルトはヴィンフリート耳元にいもとに囁いた。


「僕はヴェルザに聖戦での話を聞いてみたいんだ」


その日からアルトとヴィンフリートは二人で手分けしてヴェルザ復活の手がかりを探す事にした。

アルトは外出日に街の露店を見て歩き、ヴィンフリートは相変わらず図書館で昼夜問わず、書物を読んで回った。


そんなある日、アルトは露店で面白い書物を見つけた。それは一見普通の冒険譚だったが、その中にある魔法陣が以前ヴィンフリートに見せてもらったものと酷似していた。


「おじさん、これいくら?」

アルトが訊くと、露店の店主は法外な値段を提示してきた。

相手が子供だと思い、なめているらしい。


「もうちょっと安くならない?」

「これは世界に一つしかない本なんだ。びた一文負けられないね」


世界に一つしかない本。

そう聞くとますます信憑性が増してくる。

アルトは少し考えて、何かを思いついた様ににやりと笑った。


「おじさん、来週もここに来る?」

「俺は毎週ここにいるさ。それこそ隕石が降ってこない限りな」

「おじさんは確かチェスが得意なんだよね。街のみんなが言ってたよ」

「その通りだとも。ここいらの界隈で俺に勝てる奴はいないぜ」

「僕の友達もチェスが得意なんだ。もし、そいつが勝ったら、その本を格安で譲ってよ」

「ああ、いいぜ。もし俺に勝ったなら、格安とはいわねぇ。ただでくれてやるよ」


その翌週、アルトはヴィンフリートを引き連れて同じ露店へやってきた。

露店の店主をヴィンフリートとの勝負はヴィンフリートの圧勝だった。


「そんな馬鹿な。この俺が負けるなんて。こいつの強さはまるで化け物だ」


店主は茫然としながらも、約束通り例の本を譲ってくれた。

そのまま学院に帰ろうとするヴィンフリートをアルトが引き留める。


「ちょっと待てよ。折角の外出日だ。もっと露店を見て回ろうぜ」


そういって袖を引っ張るので、ヴィンフリートは仕方なくアルトに付き合うことにした。

とはいっても、見慣れた街並みだ。

さぞや、退屈だろうとため息を吐いていたヴィンフリートだったが、いざ、アルトと共に露店を回ると、いつもの光景とまるで違っていた。

いつもはつまらないと横目に見ていた人形劇にわくわくし、露店の安っぽいキャンディもいつにも増して美味しく感じた。

広場でジャグリングをしているピエロの滑稽な動作に二人は笑って拍手をおくった。

こんな楽しい休日は生まれて初めてだと、ヴィンフリートは思った。

ヴェルザと友達になればもっと楽しい日々が待っているに違いない。

そう考えるとヴィンフリートはソワソワするようなわくわくするような、不思議な感覚を覚えた。


アルトと友達になって以来、ヴィンフリートは真面目に演劇の練習にも参加するようになった。相変わらずヴェルザが封印されるシーンには心が痛んだが、もうすぐ彼女を復活させられるのだと思い、ぐっと堪えた。


一方、ヴェルザを復活させるための資料集めは一向に進んでいなかった。

だが、ある日ヴィンフリートは図書館の本の間から、ヴェルザ復活を試みる主人公を題材にした本をみつける。

そこにはヴェルザ復活には生贄が必要だと書いてあった。

生贄は羊一頭と人間の血液。

銀の瞳を持つ者の血が有効だと。

ヴィンフリートは銀の瞳をしていたが、少し茶色が入っていた。

むしろ澄んだ銀の瞳をもっているのはアルトの方だった。

それを話すとアルトは即座に頷いた。


「僕の血で契約書に名前を書くだけでいいんだろ?」


そういって軽く承諾した。


二人はヴェルザ復活の日を芸術祭の夜に決めた。

芸術祭の夜には後夜祭が行われる。

その間はみんな校舎前の広場に集まって、旧校舎裏の図書館には誰も来ないはずだ。

二人は本当のヴェルザの姿が早く見たくて仕方がなかった。



そして5月の芸術祭がやってきた。

ヴィンフリートたちの演劇はアルトの活躍もあって大盛況だった。

公演のあと、やはり演劇クラブの部員たちがアルトを取り囲んでいた。

そんなアルトにヴィンフリートは先に図書館に行っていると合図をして校舎を出た。

広場の喧騒を抜けて一人で旧校舎に続く中庭を歩く。

途中、石造りの塔の中に隠した羊の肉を回収する。

これは今朝がた市場の肉屋に行って買ってきた子羊の肉だった。

それにしてもこんなに早くヴェルザに会える日が来るとは思わなかった。

これもアルトが手伝ってくれたお陰だ。

ヴィンフリートは図書館の地下に降りて、本の通り魔法陣を書いていく。足りない部分は魔導書にある酷似した陣の一部を引用した。

そうしているうちに、軽快な足音がしてアルトが地下室に降りてきた。

「いやぁ、参った参った。あの人たち全然解放してくれないんだもんなぁ」


そうぼやきながら、地下室の扉を開けて中に入ってくる。


「おお、もう準備できてるじゃないか。さすがヴィンフリートだな」

「お世辞はいいから、早く始めよう」


ヴィンフリートは早くヴェルザに会いたくてたまらなかた。


「そう焦るなよ。契約書は?」

「ここに用意してあるよ」


ヴィンフリートは一枚の羊皮紙を取り出しアルトに手渡す。

アルトはそれを受け取って懐からナイフを取り出し、自らの左手の人差し指を切り付ける。

そこから溢れ出す鮮血を用いて羊皮紙に自分の名前を書いた。

それからその羊皮紙を魔法陣の真ん中に置かれた子羊の肉の上に置く。

その様子を確認すると、ヴィンフリートは魔導書にある魔女召喚の呪文を唱えた。

ヴィンフリートが呪文を唱えると魔法陣が光りだす……

と、思いきや何にも起こらなかった。

ヴィンフリートとアルトはお互いを見つめ、首を傾げる。


「やっぱりこれじゃだめなのかな?」

ヴィンフリートはがっかりしてその場に座り込んだ。


「まあ、そうがっかりするなよ。もう一度資料を集めなおそう」


そういって羊皮紙と羊の肉を回収しようとアルトが魔法陣の中に足を踏み入れた時だった。

魔法陣が突如光り出し、暴風があたりに巻き起こる。


「アルト!」


ヴィンフリートは叫んだが、返事はなかった。

激しい光と暴風が止んだ時、そこにアルトの姿はなかった。


「アルト!」


ヴィンフリートは慌ててアルトの姿を探し、図書館中を走ったが、やはり彼はどこにもいなかった。


翌日から学院中を上げてアルトの捜索が行われた。

それは警察も交えて大がかりな物となった。

ヴィンフリートも警察から事情聴取を受けたが、アルトと二人で行った魔女召喚の儀式の事は言わなかった。

それは言っても信じて貰えないだろうと思ったからだ。

それに何より、アルトがいなくなったのは自分のせいだとヴィンフリート自身が信じたくなかったのだ。


そんな中でアルトがヴィンフリートと仲良くしていたと知った上級生がヴィンフリートに詰め寄ってきた。

彼は学院の中でアルトを特に可愛がっていた青年だった。

青年はいう


「アルトが居なくなった理由をお前は知っているんじゃないのか」

「知らないよ。特に仲が良かったわけじゃないしね」

「嘘を吐くな。ここ半年ほどお前はアルトにちょっかいを出していたというじゃないか」

「彼がかってに纏わりついて来たんだ。僕はずっと無視していたよ」

「噂によるとお前は悪魔信仰者だと言うじゃないか。まさかアルトを生贄に儀式を行ったんじゃないだろうな」


そこまで聞いてヴィンフリートは頭に血が上るのを感じた。


「生贄にしようとしたんじゃない。だって僕は彼と……」


気が付くとヴィンフリートの目の前で上級生が苦しそうに蹲っていた。

どうやら自分が彼の脇腹を刺したらしい。


そんな事件があって、ヴィンフリートは自宅謹慎となった。

家に帰ると格子のついた地下室に入れられ、あるのはベッドと数冊の本だけだった。


アルトは一体どこに行ったのだろう。

時々そんな事を考えるが、すぐに思考を停止する。

彼が居なくなったのは僕のせいじゃない。

そう自分に言い聞かせ、毛布を被る。


「やっぱり僕の友達は君だけだよ。ねぇ、ヴェルザ……」


そう呟くと深い眠りに落ちて行った。

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ヴィンフリート 雨宮翔 @mairudo8011

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