第23話 身の振り方


 ミスズの大好物はラム肉のステーキだ。付け合わせの野菜を添えて白いお皿に乗せると、彼女曰くケーキのようだと言う。

「ママのステーキは最高だね。このソースがまた手作りで」

 そう言って嬉しそうに肉を頬張るミスズは、上機嫌だった。

 その隣りに座る双子の兄は相変わらず沈鬱な顔のまま、ちまちまと肉を切り裂いて口に運んでいる。

「それよりもミスズ、貴方に話があるわ。」

 青い眼を丸くして養母を見る双子の妹は、ちらりとヒカルの方を見てから重々しく頷いた。

「うん。じゃあ、食べた後。ママの部屋に行く。」

 そう言うと再びラム肉に取り掛かる。

 双子が食べ終わって食器を洗っていると、ヒカルが近寄ってきて、

「・・・ちょっと出てくる。何かあったら電話して。」

 耳打ちしてとっとと玄関へ行ってしまった。

「ヒカル、待ちなさい!こんな時間にどこ行くの」

 手が離せない愛子は顔だけを玄関の方へ向けて怒鳴ったが、恐らく聞いてはくれないだろう。

 もう、と唸ってから再びシンクへ視線を落とすと、隣にミスズがいつの間にか立っていた。洗った皿を渇いた布で拭いてくれている。

「ヒカルは気を利かせてくれたんだよ。」

 そう言ってにっと笑う。

「・・・アーサー様の所へ行きたいんですって?」

「うん、そうなの。アタシ、叔父さん大好きだからさ。」

「それも、警備みたいな仕事するつもりって。」

「アタシに向いてると思わない?プロサッカー選手にはなれなくても、体力には自信があるわ。どうせ守るなら好きな人を守りたいし。」

 トレーナーだって十分に向いている。運動選手の健康管理は、やはり運動の経験のある人間が相応しい。

 それと同時に、本人の主張通り、警備の仕事も向いているのだとわかる。

 ミスズはあの人の娘であり、彼女の娘なのだ。ミスズの母親は軍人も顔負けの体術を会得していたそうだ。侯爵様の危機を助けたことも一度ではないと言う。

 愛子自身もミスズの母親に助けられたことが有る。ロンドンに来たばかりの頃、ひったくりに遭った。通りかかったミスズの母親が、ひったくりを撃退してバッグを取り返してくれたのは、今もよく覚えている。

「・・・あの時は、ありがとう。貴方とアイクのお陰で助かったわ。」

 彼女に助けられた時の事と、この間ミスズに助けられた時の事が妙に重なった。

 やはり、愛子は彼女に、そしてその娘であるミスズに救われる。まるで運命のように。

「いやー、まさか本当に誘拐犯が現れるとは正直思わなかったんだけどね。あらかじめ種でも巻いておいたのかな叔父様は。」

 双子の妹は、食器乾燥機に器を手際よく移しながら、わははと楽しそうに笑っている。

「旅行も行き先も何もかも、初めから仕組んだ事だったのね。」

「そうよ。ママ、ヒカルとはうまく行った?」

 思わず、洗っていた皿を落としてしまい、大きな音がした。

「うまく行ってないの?そりゃ困るわねー。せっかく旅行までお膳立てしたのに。キメるとこキメらんないなんて、案外意気地のない奴だなぁ。」

「ミスズ、貴方、どこまで」

 落とした皿が割れてないか確認しながら、動揺を押し隠すように尋ねる。

「ヒカルがママの事好きだったってことは、かなーり昔から知ってたわよ?だって、異常じゃんあんなの。」

「えっ」

「ていうか気付かなかったのママ自身だけじゃないかな。叔父さんも知ってたし、大叔父さんのシズルさんも知ってたよ。あんだけママに近寄る男を警戒してればねぇ。」

 そうだったのか、全然気付かなかった自分がおかしいのか。

 異常だと言われるほどの息子の様子に気付けなかった自分自身が迂闊過ぎたのか。

 目が眩んでいたのかもしれない。成長ごとにあの人に似ていくヒカルを意識する余りに、あの子の気持ちなど考えられなかった。そんな余裕がなかった。

「まあアタシにとってはママは大切な人だし、ママだからさ、ちょっと生々しくて正直困惑してたけど。でもね、ヒカルも一時期すっごく悩んでたのよ。道徳がどうのとか近親相姦だとかなんとかさー、難しい事屁理屈こねては頭抱えてた。言い寄られた学校の女子と付き合ってみたりしてたんだけどね、駄目だったみたい。何回か繰り返したんだけど、そのうちに相手に失礼だって悟ってからは、二度と付き合わなくなったわ。」

 それは初耳だ。そういう話を一切教えてもらえなかった。やっぱりヒカルはもてたのだ。

 ベッドの中での手慣れた様子を考えれば、随分女の子を泣かせてきたのだろうと思った。罪深い奴。

「ヒカルが美術史専攻にした理由、知ってる?」

「え?美術講師になるから、でしょう。」

「んー、そうなんだけど。元々ヒカルは描く方へ進みたかったみたい。でも、あれって食べて行けるかわからないじゃない?余程の才能と運があれば別だけど、そこまでの自信はなかったのよねきっと。講師になれば安定収入だから、美術史専攻に変えたのよ。ママを養っていけるようにならなくちゃって考えたんでしょうね。」

「・・・そう、だったの。」

 知らなかった。

 愛子は本当に何も知らなかったのだ。ヒカルは自分のために進路を変えていた。







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