第27話 魔熊と魔ダニ

「GUAAAAAAAAAA!!」

 魔熊は咆哮と同時に右腕をふるう。

 その腕の振りは剣豪の斬撃よりも素早い。

 爪は鋭利な斧のごとく鋭く、その威力は大木ですら一撃で倒すだろう。


「うわっと」

 ララは難なく魔熊の右腕をかわす。

 続けて魔熊は左腕を使って薙ぎ払う。

 それもかわされると、牙で喉笛をかみちぎりに来た。


 だが、ララは落ち着いている。

「よーしよしよしよし」

 魔熊の攻撃をかいくぐると、懐に入る。

 そして力づくで、魔熊を引き倒した。


「GAAAAAAAAAA……」

 自分よりはるかに身長の低いララに引き倒されて、魔熊は驚愕していた。


 魔熊は身長で強さを測る傾向がある。

 普通の熊の直立したときの身長は、人間と大差ない。

 むしろ人間の方が身長が高い場合も少なくないぐらいである。

 だからこそ、熊は人間を恐れるのだ。

 つまり、普通の熊よりはるかに大きい魔熊は人間を恐れない。


 この魔熊もララのことを舐めてかかっていた。


「よーしよしよしよし」

「GAAAA……」

 ララは魔熊引き倒して四つん這いにさせる。


「よしよし、よーしよしよし」

 そして魔熊の頭を抱きかかえて、撫でまくった。


 四つん這いになっても、魔熊の頭の位置は、立っているララの顔の位置と大差ない。

 そのぐらい魔熊は大きかった。


 初めての経験に魔熊は混乱した。

 だが、すぐに本能的に危険を察知する。目の前の生物は強いに違いない。

 怖くなった魔熊は逃げるために、必死になって攻撃を繰り出す。


「もう、暴れないで。いい子だから」

 鋭い爪は片手で止められる。

 牙で首にかみついたが、文字通り歯が立たない。

 そして、逃れようとしても、頭をがっちり抱えられていてびくともしない。


「それにしても親熊が出てこないね」

「りゃあ」


 ララは首をかしげる。

 ララの知識では子熊の近くには親熊がいるはずだ。

 そろそろ親熊が出てくるころ合いである。


 そうなれば、危険なので全力で逃げなければなるまい。

 そうララは考えていた。


 実際には、目の前の魔熊のさらに二倍大きい魔熊が出てもララには勝てないのだが。


「お母さん熊とはぐれて不安だったのかなー?」

 ララは優しく魔熊に語り掛けながら、わしわしと撫でまわす。

 手触りはあまりよくない。魔熊の毛皮はごわごわとしていた。


「GA……」


 一方、魔熊は絶望していた。

 逃れることも倒すことも出来ない。

 ただの熊よりもずっと知能が高い魔熊は、その知能の高さゆえに諦め始めていた。


 魔熊の心が折れて、完全に大人しくなってもララはワシワシ撫で続ける。

 頭や首、胸のあたりを撫でていた。


「g……」

 魔熊にとっては恐怖の時間だ。

 人に例えるならば、鋭利な刃物で首筋で撫でられるようなもの。

 あまりの恐怖に、魔熊は「ぶしゃーー」と激しく失禁した。


「あ、うれしょんしてる」

「りゃぅ……」

 ケロが「うれしょんなわけないだろ」と言っているが、ララは気付かない。


 ちなみに「うれしょん」とは、すごく嬉しいときにおしっこしてしまうことだ。

 犬、それも子犬に多い仕草である。


 ケロは否定したが「うれしょん」には服従心のアピールの意味もある。

 その点では、うれしょんに近いものがあったのかもしれない。


「さみしかったんだねー」

「…………」

 魔熊はプルプルと震えている。


「よーしよしよしよし」

 魔熊をワシワシ撫でていたララは、首の後ろに変なものがついているの気が付いた。


「なんだろ、これ」

 ララは毛をかき分けて、その変なものを確認する。


「これは……ダニだね。それも、ずいぶん大きい魔ダニだね」


 ダニはダニでも、こぶし大のダニである。

 もちろん普通のダニではない。ダニの魔物、ダニだ。

 魔熊の手が届かない首の後ろに食いついて、血と魔力を吸い取っているのだ。


 魔熊が現れたとき目が血走っていたのは、ダニのせいでもある。

 ダニに魔力と血を吸われているため、いくら食べても満腹にならずに飢えていたのだ。


「魔ダニをとってあげるね。大人しくするんだよ」

「g…………」


 魔熊にはララが何を言っているかはわからない。

 だが、あまりの恐怖で魔熊は動けずにいた。


「ケロちゃん、ダニをとるときは無理やり引っ張ったらダメなんだよ」

「りゃう?」

「口の部分が体内に残ったりして化膿しちゃうからね」


 ララの説明をケロは興味深そうに聞いている。

 熊の肩に飛び移って、ダニをじっと見つめていた。


「こういう場合は薬を燃やした煙を使うのがいいかな」

 ララは魔法の鞄から、先ほど採集したばかりの薬草類と錬金壺をとりだした。


「さっき採集しといてよかったね」

 三種類の薬草とほんの少しの水を錬金壺へと入れると、空中に魔法陣を刻む。


「よし、できた」

「r……」


 魔熊からララの視線がそれたが、魔熊は逃げない。

 完全に心が折れているからだ。

 魔熊はまな板の鯉と化していた。


「これを練って……」

 ララは錬金壺からペースト状の薬を取り出す。

 そして、練っていく。


「あー、採集したての薬草つかったから水分多めになっちゃった。でも大丈夫かな」


 ララは指先に魔法で火を灯すと、ペースト状の薬を燃やす。

 水分が多かったため、少し火が付くまで時間がかかったが、きちんと燃え始める。

 煙がモクモクと立ち上った。

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