第26話 ララと魔熊

 ララは基本的に楽観主義者だ。

 それは元々強すぎて、脅威を感じたことがないせいでもある。

 魔法のおかげで、何があっても一人で生還してしまう。

 だから危機感を覚えず、のほほんとした性格になってしまっていた。


 しばらくして、ケロがご飯を食べ終わる。


「もうお腹いっぱい?」

「りゃう」

 そして、ケロは「げふぅ」と、満足そうにげっぷをした。


「それならよかったよ。じゃあ、採集を再開しようね」

「りゃっりゃ!」


 ララは意図せずに人里から遠く離れた場所まで入り込んでしまっていた。

 そこは熟練の冒険者すら入ってこないような場所だ。

 おかげで手つかずの薬草が沢山あった。


「いっぱいあるね。あっ、あっちにも!」

「りゃっりゃ」

「ケロちゃん、コケモモだよ。これは食べれるんだ。食べる?」

「りゃうう」


 見つけた木の実などを食べながら、ララとケロは採集を続ける。

 そんなララの耳に「GAAAAAA」という咆哮が聞こえた。


「あの声は……。熊かなぁ」

 ララは魔王城の裏山でよく遊んでいたので動物には詳しいのだ。


「りゃあー……」

 警戒するケロをララは優しく撫でる。


「大丈夫だよ。熊は怖いけど、臆病だからこうやって喋っていたら近寄ってこないんだよ」

「りゃっりゃ」

 ケロを安心させるとララは採集を再開した。





 一方そのころ。

 ガレーナを出て相当な距離を走ったピエールは肩で息をしていた。


「……いくら何でも速すぎるだろ。暁の侯爵閣下はどれだけ強いんだ?」


 ちなみに、暁の侯爵はララの二つ名である。


 ピエールは護衛なので、当然ララを最初からつけていた。

 そして、街の外に出たララのあまりの移動の速さに見失ったのだ。

 魔法王国の近衛騎士にして特殊部隊、最精鋭のピエール基準でもララは速すぎたのだ。

 ちなみに、例外はあるものの、基本的に速さは戦闘力と比例する。


「……すでに侯爵閣下は、魔大公の奴らより速い、つまり強いんじゃないか」


 ピエールは直接会話するとき以外、魔大公には敬称を付けない。

 ピエールは魔王直属なので、魔大公に対して忠義の心は持っていないのだった。

 むしろ魔大公が、魔王に対し叛心を抱いていないか調べるのが本業だったりする。

 そして魔大公が反旗を翻したときに先頭にたって戦うのもピエールたちの大切な役目だ。


「いや、暁の侯爵閣下は、既に魔王陛下より強いかも知れないな」

 そしてピエールは鞄から水を取り出してごくごく飲んだ。


「とはいえだ。閣下がいくら速くとも、跡をつける方法はいくらでもある」

 そしてピエールは馬よりも速い速度で再び走り始めた。




 熊を放置して採集を続けるララだったが、

「GAAAAA」

 ララの予想に反して、熊の鳴き声は徐々に近づいてきていた。


「りゃう」

「大丈夫大丈夫。熊は臆病だからね」


 そういってララはケロを安心させる。

 ララがケロと初めて会った時、強力な魔獣コカトリスに襲われていた。

 だが、ララにとってコカトリスは雑魚。

 そんな雑魚に襲われてしまうケロを、ララはか弱い赤ちゃん竜と認識している。


 そんなか弱いケロを安心させるために、ララは話し続ける。

 熊に自分の存在を教えて遠ざけるという意味も込めて、ララは大き目な声を出す。


「ケロちゃん、基本的に熊は臆病なんだけど、危ない時もあってね」

「りゃあ?」

「子熊が危ないんだよ」

 ケロは「どうして?」と言いたげに首をかしげる。

 子熊は小さい。いくら恐ろしい熊でも小さければさほど脅威ではないはずだ。


「子熊が一匹で歩き回るってことは、まずないからね」


 ララはケロに説明する。

 子熊がいるということは、近くに母熊がいると考えて行動すべきだ。

 そして母熊は、恐ろしい人族から子熊を守るために恐怖を捨てて攻撃をしてくる。


「だから子熊がいたら、さっさと逃げた方がいいんだよ」

「りゃあー」


 そんなこと大声で話していると、

「GAAAAAA」

 ララたちのすぐ近くの茂みから、大きな熊が現れた。

 それは一般的な熊の二倍は大きかった。


 つまり、熊の魔獣、魔熊まぐまである。

 血走った眼をして、よだれをたらしながら威嚇するように直立する。


「うわ! 大変だ、子熊がでた! 逃げよう」

「りゃむ?」


 ケロが「え? 子熊?」と言いたげに鳴く。

 魔王城の裏山に住む熊は全てが魔熊だ。

 そして、魔王城近辺は魔素が濃いため、すべての魔獣が異常に大きくて強い。

 普通の熊の二倍程度では、魔王城近辺の基準では子熊なのだ。


 ララは魔熊に背を向け、ゆっくりと走る。


「うん。子熊は可愛いけど近くに母熊がいるかもだからね。逃げないと」


 ララがゆっくり走るのは刺激しないようにである。

 それならば視線をそらさず後ろ向きに下がるべきであった。


 視線を外さないというのは対熊の基本セオリーである。

 だが、ララは子熊だと思っているのでセオリーを守らなかった。

 実際、子熊相手なら視線をそらさないことより、速やかに静かに離れることの方が重要だ。


 だが、相手は子熊ではなく、成長した魔熊である。

 視線をそらしたララに襲い掛かってきた。

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