第12話 ララと竜の子供

「ここら辺の街道は、あんまり整備されてないみたい」


 そんなことをつぶやきながら、ララは街道ではないところを進んでいく。

 街道は広大な樹海の中を突っ切る形で敷かれている。


 ララは方向音痴だが道のない場所を歩くのは慣れている。

 それが逆に仇となって、どんどん街道から離れて樹海の中へと入っていった。


「あっ、薬草だ! すごく運がいい!」


 それはとても珍しい薬草だった。ララは大喜びで採集を開始する。

 ますます街道から離れていった。


 薬草採集を始めて、一時間後。

「リャアアリャアアリャアリャ!」

「GYA! GYA! GYA!」

 ララの耳に、謎の争う鳴き声が届いた。


「何かいるのかな?」

 ララは採集の手を止めて、声のする方へと走っていった。

 小さな犬っぽい生き物が、大きなにわとりに似た魔獣にいじめられていた。


「止めないと!」


 ララは犬を守るために素手で突っ込む。

 鶏に似た魔獣は驚いて犬から離れると、ララ目掛けて毒を吹きかける。


「うわっあぶない!」

 ララは毒を避けると一気に間合いを詰めると、素手で魔獣の首を落とした。

 手を魔力で覆えば、ララはこのぐらいのことは出来るのだ。


「これは……、コカトリスだね」


 頭は鶏、コウモリのような飛膜のある翼を持ち、尻尾は蛇である。

 魔王城近辺では珍しくもない魔物だ。


 だが、強力な魔物である。

 具体的にはAランク魔物、つまり討伐にはAランク冒険者パーティーが必要な魔物だ。

 ちなみにAは超一流最高ランクの冒険者のランクである。

 Aランク冒険者のほとんどは、騎士待遇で国家お抱えとなっているほどだ。


 コカトリスを倒した後、ララは襲われていた犬っぽい動物に声をかける。


「ふう。大丈夫?」

「リャリャ!」

 怯えた様子で、ララに向かって威嚇する。


「あれ? 犬じゃないね。角とか羽が生えてるし……」

「リャ! リャア!」

 謎の生き物は血を流しながら、懸命に威嚇し続ける。


 謎の生き物は中型犬ぐらいの大きさだ。

 全身がきれいな白い毛で覆われており、両手両足と羽があった。

 尻尾は身体の大きさの割に太くて長い。

 頭には小さな角が二本生えている。


「竜の赤ちゃんかな? こんなところにいるのは珍しいかも」


 よく見ると竜の足には頑丈そうな罠、トラバサミが食い込んでいた。

 そのトラバサミには魔法がかかっていて、容易には外れないようになっている。

 加えてトラバサミの刃は、魔力を吸い続けているようだ。まるで呪いだ。

 魔力を吸い取られ続ければ、命にかかわる。


「誰がこんなことを……」

 竜を狙って罠をしかけたのだろうか。


「痛そうだね……。今外してあげる」

「リャアアアア!」


 トラバサミにかけられた魔法は非常に強力だ。

 だが、ララにとっては解除するのは難しくはない。


 罠を外すためにララが伸ばした手に、竜は噛みつこうとした。


「はいはい。いい子だから暴れないでね」


 ララは右手で竜の口を掴むと、左手でトラバサミを魔法で破壊した。

 トラバサミはかなり深く食い込んでいたようだ。

 トラバサミの外れた個所から血がどくどくと流れている。


「痛いだろうけど我慢して。逃げないで。すぐ治療するから」

「りゃ……」


 小さな竜は助けてもらえたことが分かったのか大人しくなっている。

 それでも警戒は解かず、じっとララのことを見つめていた。

 

「少し待ってて。私は未熟だけど、錬金術師、つまり薬師だから」


 ララは鞄から、金属製の錬金壺を取り出した。

 秘伝書を読んでララが自作したものだ。


 神代に失われた製法で作られた錬金壺なので、特別だ。

 普通の錬金壺よりも、薬に加えられる魔力量がずっと多い。


 ララはその錬金壺を使って、その場で錬金を開始する。


「さっき採集したばかりの薬草が、さっそく役立つね」


 薬草を錬金壺へと放り込んだ。

 その後、水や触媒となる材料を色々入れて、壺の上の空中に魔法陣を描いた。

 すると錬金壺の中身が光り輝いていく。

 ララの魔力と材料が反応しているのだ。


 魔力が足りなくても入れすぎても錬金は失敗する。緊張の一瞬だ。

 数秒後、反応が完了して輝きは止まる。


「ふう。ヒールポーションが完成!」

 ララは、竜を怯えさせないように、優しい笑顔を浮かべて話しかける。


「少ししみるけど、我慢してね」

「リャァ」


 ララはまず魔法で水を作って傷口を洗い流す。

「リャアァァァ」

「ごめんね、しみたよね。でも傷口を洗わないといけないの」


 傷口に土や石を取り込んだまま治癒すると、体内に残ってしまう。

 その場合、傷がふさがったとしても痛みが残る。

 それにじゅくじゅくと膿んでしまう。


 その結果、後で取り出すために、折角ふさがった傷を切開することが必要になる。


 勿論、失血死しそうなほどの重傷なら、何よりも止血が優先だ。

 全てを後回しにして、とりあえずポーションをぶっかける。


 だが、この竜は重い傷ではあるが、今すぐ失血死しそうなほどではない。

 こういう場合は傷口を洗った方がいい。


 これはララが書物で学んだのではなく、宮廷錬金術師から教えてもらったことだ。

 一般的な錬金術の薬自体の治癒効果は実はたいしたものではない。

 それゆえ、錬金術師は切開、縫合、診断を含めた医療全般の知識を蓄えている。

 あくまで錬金薬の効果は補助的なものに過ぎないのだ。


「一応、傷口をもう一度チェックさせてね」

「リャァ……」

「賢くていい子だね」


 普通の野生動物ならば、ララの行為を理解できない。

 治療者を痛いことをする人だと認識して噛みついてきてもおかしくない。

 だが、竜は知能が高いようでララの行為を治療だと、ちゃんと理解しているようだった。


「よし、石とか傷口には入り込んでないね」

「リャ」

「でも、傷は深いね。それに傷の数も多い」

「リャァ……」


 竜は罠の効果で魔力を失い、瀕死になっていた。

 当然魔法も使えない。そこをコカトリスに襲われたのだ。

 満足な反撃も出来なかっただろう。


「かなりしみるけど、我慢してね」

「リャァ」


 ララは錬金壺からヒールポーションを専用の器具ですくって傷口にかける。


「リャアァァァァ!!」

「ごめんね。あと少しだから、頑張って」


 竜の傷はみるみるうちにふさがっていく。

 あっという間に竜の体からかすり傷一つ無くなった。

 通常の錬金薬ではありえない効果である。


「これでよしっと」

「りゃりゃ」


 竜の鳴き声から険がとれた。

 今までは体が深く傷ついていたせいで本能的に警戒し続けていたのだろう。


「傷口はふさがっても、魔力とか体力は回復できてないから安静にしてね」

「りゃっりゃっ!」


 竜は嬉しそうに鳴くと、ララの方へと飛び込んでくる。

 そしてララの顔をぺろぺろ舐めた。


「ふふ、くすぐったいよ。お礼を言ってくれてるの?」

「りゃありゃあ!」


 竜はものすごくララに懐いていた。

 ララの顔を舐めて、体をすりすりとこすりつけてくる。

 ララも嬉しくなって竜を優しく撫でたのだった。

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