第11話 ララ十三歳の旅立ち

 大魔猪だいまちょの群れに魔王城が壊されてから八年後。

 十三歳になったララは、錬金術の秘儀書を解読し終えて、習得した。

 それでも、父である魔王の傷を癒すことは出来なかった。


 それゆえ、新たな秘伝書を求めて、魔法王国から遠く離れた場所に旅立とうとしていた。


 八年経ったので、無事魔王城は再建されている。

 その魔王城の奥深く、魔王の部屋でララは家族と別れの挨拶をしていた。


「本当に気をつけなさい、無理はしなくていいのだからな」

 ララの父である魔王が優しく言う。


「いつでも帰ってきていいのよ?」

 ララの母である王妃は心配そうだ。


「はい! とうさま、かあさま! 立派な錬金術師になってみせます」


 魔王が小さいことは、まだ機密のままだ。

 だが、魔王が魔大公の前に姿を現さなくなってから八年が経っている。

 そろそろばれるかもしれない。

 あまり時間の余裕はないと考えた方がいいだろう。


 だからララは他国へ錬金術の秘術を探しに行くことにしたのだ。


 父も母も泣きそうだ。


「ちゃんとご飯を食べるんですよ」

「ララ、自分は弱いと考えて、なるべく敵からは逃げるがよいぞ」

「わかってます。世界は危険で満ち溢れている。でしたね!」


 ララの旅立ちはすんなりと決まったものではない。

 長い間、父母は反対しつづけた。それでもララの意思は固かった。


 特に父である魔王は悩みに悩んだ。

 だから、ララの旅立ちの条件に侯爵になることを上げた。


 公爵こうしゃくや大公ではないのは、侯爵こうしゃくとそれらでは陞爵しょうしゃくする際の儀礼が違う。

 魔王と魔大公全員の前での儀式が必須となる。

 だが、侯爵以下の陞爵の儀式は、摂政である王妃と魔大公たちだけで行えるのだ。


 だから、魔王が魔大公の前に姿を現せない現状では、ララがつける最高位は実質的に侯爵だ。


「さすがに、侯爵への陞爵にはもっと時間がかかると思ったのだが……」

 父は寂しそうに、つぶやいた。


 十三歳で侯爵というのは、異常なほど早いと言っていい。


 母が心配そうにララに語り掛ける。


「ララ。侯爵になったからと言って調子乗ったらダメよ」

「うん、わかってる。とうさまが魔王だから、お情けで侯爵になれただけだし……」


 実際は、ララのような王族の陞爵基準は他の貴族よりも厳しくなっている。

 基本的に魔大公の地位まで登った王族から、次の魔王が選ばれるというシステムゆえだ。


「いつも謙虚に、調子に乗らないように」

「うん。怖いもんね」

「魔法王国の王族って知られたら、悪い人に狙われるかもしれないからね」


 そう言いながら兄リカルドはララの頭をわしわしと撫でた。

 儀式を行えないので、兄も八年前と同じく公爵のままである。


「はい! にいさま! 肝に銘じます!」

「よし」


 それからララは旅立っていった。

 ララが旅立って、十数分後。


「それじゃあ、頼む」


 魔王は何もない背後に声をかけた。

 すると、何もなかったはずの空間に人が現れる。

 四十台前半のぼんやりとした風体の男だ。


 だがそれは仮の姿。

 その正体は優れた魔導師の集まる魔法王国の中でもずば抜けた精鋭。

 魔王直属にして王族の護衛と諜報を司る特殊部隊の一人。


 精鋭中の精鋭の隊長の中でも特に手練れの者である。

 平民から騎士爵の位を手にし、近衛騎士の一人に抜擢されたほどだ。

 将来の近衛騎士団長とも目されている。


「ララちゃんが迷子になったら大変だわ」

「俺からも頼む。兄として近いうちにララの様子を見にいこうと思ってはいるのだが」


 母と兄が護衛に言うと、魔王も深く頷いた。


「ララは将来的に魔王となるリカルドの右腕になってもらわねばならぬ」

「俺はララが魔王になったほうがいいと思いますけどね」

「……ともかくだ。ララは我が国にとってかけがえのない宝だ。これは左遷ではない」

「わかっております」

「……ララのことを頼む」

「御意。暁の侯爵閣下の護衛は、私めにお任せください」


 ちなみに暁の侯爵と言うのはララの二つ名である。


 その後、魔王夫妻とリカルドに最敬礼すると、護衛は静かに走り出した。

 陰ながらララを護衛するために。


 ララは魔王夫妻が年を取ってからできた子供。

 兄にとっては歳の離れた妹だ。


 それゆえ、父母も兄も、ひたすらにララに対して過保護なのだ。


 父母も兄も対人戦でララが後れを取るとは思っていない。

 だが迷子になる可能性がある。詐欺にあう可能性もある。

 それに大魔猪の大群のようなララでも容易に勝てない敵もいる。

 それを心配して、しっかり護衛をつけることにしたのだ。

 だが、護衛を付けることをララは嫌がった。

 そこでやむを得ず、こっそりと護衛を付けることにしたのだ。


 勿論、一人旅にしたほうが、寂しくなったララが戻ってこないかなという希望もある。

 それゆえララには一人寂しく旅をしていると思わせる必要があったのだ。



 一方、護衛がついてきていることなど知らずにララは元気に歩いて行く。

 走りたくなる気持ちを抑えてゆっくり歩く。

 それは父母に旅の道中は走ってはいけないと何度も言われてきたからだ。


「走ったほうが早くつくのに、どうしてとうさまは走るなって言ったんだろう?」


 ララは疑問には思っていたが、走らないでゆっくり進む。

 父母がララに走るなと忠告した理由はちゃんとある。


 魔法も錬金術も得意なララだが、致命的に方向音痴なのだ。

 初めてではない場所では大丈夫なのだが、初めての場所ならば必ず迷う。

 迷った時に走っていれば、気付いたときには手遅れになるほど街道から遠く離れてしまう。

 だから父母は走るなと忠告したのだ。

 もちろん、ララが本気で走れば、護衛が付いていけないかもしれないというのもある。


「ふんふーん」

 ララは鼻歌をうたいながら、ゆっくり歩きながら、当然のように街道を外れて行った。

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