第33話 再会と腐れ縁

「アスガルティアの賢者、オグマ殿とお見受けする」


 ユッフィー、エルル、オグマの三人と夢竜ボルクスの一匹が、マリスたちの夢召喚で招かれた不思議な船フリングホルニ。そこで待っていたのは、60代くらいと思われる商人風の男性だった。


「いかにも、わしがそうじゃが」


 普段、氷都市では変人扱いされることの多いオグマに会釈する謎の老人。オグマもまた、老人に会釈する。


「私はニコラスと申します。オティス商会に属する酒保商人ですが、ここフリングホルニで皆から頼まれて、雪の街の町長を務めております」


 非常に丁寧で紳士的な自己紹介を受けて、ユッフィーたちもそれぞれ名乗る。

 酒保商人というのは。ゲームソフトのRPGで時折見かける、どういうわけか主人公の行く先にいつも先回りしていて。近くに街や村が無いところで、やや高値で商品を売りつけてくる行商人をイメージしてほしい。


「ドワーフのユッフィーですわ。ニコラス様、お招きありがとうございますの」

光翼族ひかりびとのエルルですぅ」


 なお、ボルクスはライター程度に軽く火を吹いた。


「ドワーフの方がおいでになると、娘のシャルロッテもはしゃいでおりました」


 ニコラスは、身寄りの無い孤児を引き取って育てているらしい。なるほど、人当たりの良さそうな好々爺といった感じだ。


「街まで歩きながら、軽く話そっか」


 相変わらず、フード付きマント姿のマリスが一行を先導する。そのまま、のどかな田園を散歩しながら。数週間ぶりに顔を合わせた一同は近況を話し合った。


「マリスさぁんたちはぁ、あれからいろいろあったみたいですねぇ?」

「うん、ほんっとにいろいろ大変でね…」


 エルルが蝶型の光翼をひらひらさせながら、マリスと並んで地面すれすれを飛ぶと。マリスの方はうんざりしたような顔で、何があったかを話してくれた。

 まずは中華世界「江湖中原」から、このフリングホルニへレティスとパンを連れてきた。ここは「百万の勇者」たちの中でも精鋭が駐屯している前線基地で、ニコラスたちオティス商会からのサポートも受けられるとあって、暮らしは快適だ。


 そこまでは、良かったけど。


庭師ガーデナー勢力が、夢渡り中の地球人のおっさんたちを捕まえようと暗躍してるって、フリズスキャルヴで捕捉したアウロラ様から連絡があってね」

「まさかとは思いますけど、先日のローゼンブルク遺跡での出来事が?」


 たぶんね。

 断定は避けながらも、ユッフィーの指摘にうなずくマリス。


「地球人恐るべし…って感じで、夢魔法適性の高い人の確保に乗り出したのかも」


 相変わらず、ふわふわと宙に浮きながら。マリカが悪役っぽく予想を語った。


「あの道化も、複雑な立場じゃからな」


 オグマがあごに手をやりつつ、首をひねる。

 ローゼンブルク遺跡で、災いの種カラミティシードの残滓がミキの思念に反応して、偶発的に復活した「いばら姫の道化」。

 しかし今、彼の生殺与奪の権は女神エオスのアバター、カーモスに握られている。表向きは、彼女の命令に逆らえない。


「あいつらに本来、睡眠は必要じゃない。そういう身体になってる。でも夢渡りの有用性に気付いた以上、監視の目を欺いて他の個体に情報を伝えるくらいはやってると思うよ」


 夢渡りは誰でも使える、自由行動の手段。たとえ牢獄につながれた囚人でもだ。そして道化は、多元宇宙のあちこちに自ら考え行動する無数の分身を放っている。それらは本体から独立したエネルギー供給で動いており、一網打尽にすることはほぼ不可能だ。


「でね、別の道化に狙われた彼らが大人しく、こっちに助けられてくれれば良かったんだけど」

「勝手なこと言い出して、自分から墓穴掘る脳筋馬鹿がリーダーでね」


 マリスの話に、いつも一緒のマリカが補足を加えると。


 脳筋。その言葉に反応して、ユッフィーの眉間にしわが寄った。

 誰か、特定の人物を頭の中でイメージしているようだった。


「しまいには、地球人のおっさんたちの命を狙う謎の少年まで現れるし」

庭師ガーデナーたちの仕掛けるデスゲームの実行役にされる前に、殺すって言ってたけど。もちろん止めたよ?」


 第三者が乱入しての、地球人争奪戦。なるほど面倒な話だ。

 彼らを殺しても、別の人が狙われるだけ。マリスの説得に応じ、その少年は渋々協力者になってくれたらしい。


「マリスさぁん、精神体が攻撃されたってぇ…」

「うん、普通は『夢落ち』して、精神が瞬時に身体に逃げ帰って」


 悪い夢を見た。そうやってガバッと起きるのが、夢渡りの気楽なところ。

 エルルの言う通り、よほどのことが無い限り心配は要らないのだが。


「でも、庭師ガーデナーには悪夢獣ナイトメアとかの使役に特化した暗黒面ダークサイドの夢魔法があってね。夢渡り中の精神体を元の身体に戻れなくしたり、精神を歪めて怪物化させる術があるの」


 悪夢獣とは、人の恐怖や憎悪など負の思念から生まれる怪物だ。何もしなくても自然発生するが、災いの種カラミティシードが同じく負の感情エネルギーを糧とするだけあって、庭師はより強力な悪夢獣を作り出し使役する術に通じているらしかった。


 ローゼンブルク遺跡で遭遇した道化が、こちらにその手の術を使ってこなかったのは。おそらくカーモスに禁じられていたからだろう。


「こわぁいですねぇ!?」


 エルルが、両手で自分を抱くようなしぐさをする。イーノもまた、ユッフィーの中で背筋が寒くなる思いだった。ボルクスだけは夢竜らしく、悪夢獣なんか食べてやる、と言いそうな感じのリアクションを見せていた。


「ユッフィーちゃんたちは、仲良くやってるかな?もう結婚式は挙げた?」


 多少茶化すような感じで、話題を変えようと。マリカがユッフィーとエルルの間に入るように宙を漂ってくると。


「三人で新居に引っ越したところですわ」


 ユッフィーも軽妙に切り返す。いたずらっ子とのやりとりにも慣れてきたか。


「もうすぐ雪の街だよ。ドワーフたちが開拓した、鉱山の街なんだ」


 マリスが前方を指差すと、背の低い建物が並ぶ木造の街並みが見えてくる。船内の季節も初夏になっているのか、名前に反して雪は積もっていない。巨大な船の中なのに鉱山とは、また奇妙な話だが。


 街に入って、すぐのことだった。

 人間やエルフにドワーフ、エルルと同じ光翼族など多くの種族が行き交う大通りの広場で。中年の男と少年が言い争う声が聞こえてくる。両者とも人間に見えた。


「お前、もうついて来るなよ」

「ダメだ。どこに庭師の密偵がいるか分からん。殺されないだけありがたいと思え」


 軽装鎧に片手半剣バスタードソードを背負った剣士風の粗野な男と、漆黒の髪に黒一色のローブをまとい、長い杖を携えた魔法使い風の少年がにらみ合っている。

 黒衣の少年の方は、一目見ただけでツンデレかつ中二病なオーラが全開だ。


「キミたち!もう、目を離すとすぐこうなんだから」


 マリスがあきれ顔で、二人に駆け寄って仲裁する。すると黒衣の少年が同じくあきれた様子で、事情を説明した。


「このおっさんが退屈だから冒険に出たい、なんて言い出すからだ。自分の置かれた立場を考えろ」


 そこへ、さらに二人のおっさんが近付いてくる。


「ここにいたのか。面倒をかけさせるな」

「この街は治安が良いとはいえ、見知らぬ土地です。社長も一人でフラッと出歩かないで下さい」


 剣と魔法のファンタジー世界には違和感のある、マフィア風なスーツ姿の無愛想な男が駆けてきて。穏和な印象で、陰陽師のような狩衣姿の男性が後から歩いてきた。腰をかばっているような感じだった。


「ユッフィーさぁん?」


 ふと、エルルがユッフィーの顔をのぞき込む。明らかに引きつっていた。オグマもまた、ユッフィーの異様な態度に気付いていた。


「…そこのお前、こいつに何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


 マリスたちが連れてきた三人の中から、ユッフィーに不審の目を向けた少年が不意に鋭い視線を向けてくる。


「こらこら、クロノ。初対面の人に失礼じゃない」

「オレはそうは思えないな、マリカ。オレはこいつの正体を知って…」

「ストーップ!」


 マリカが急に険しい表情になり、クロノと呼んだ少年の口をふさいだ。

 かつてマリカ本人がやらかしたヘマを、まだ気遣ってくれているみたいだったが。


 まさか、アバタライズによる変身を見抜かれた!?

 イーノの頭の中が、ADHD特有のイライラ感で荒らされる。精神体である以上、自分の身体に由来する疾患や障害は無関係なはずだが。まるで幻肢痛のように引きずられてしまう。


 しかも、イーノにとって最も正体をバラされたくない者の前で。

 マリスとマリカが保護した三人のおっさんは、イーノの知ってる人物だった。


 そりゃさあ、地球人はみんな毎晩、夢渡りしてるけど。

 何もこんなところで、忘れ去りたい腐れ縁と再会させなくたっていいじゃないか。

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