第2章 禁じられた遊び

第32話 ドリームウェイを渡る船

 ちょっと気になる人物を、前線で保護してるんだけど。会いに来てもらっていい?


 2018年6月。

 日本では梅雨、バルハリアでは白夜の時期を迎えた頃。


 氷都市にいるイーノたちに、最前線のマリスとマリカからそんな連絡があった。


「許可は取ってるから、エルルちゃんとオグマさんも来るといいよ。夢召喚の手続きなら、こっちでやっとくから」


 アスガルティア出身者を指名しての、意味深なご招待。危険は無いとの話だが。


「アウロラ様に聞いてもぉ、行けば分かるとしか教えてくれませんでしたしぃ」

「エンブラ様まで、行ってらっしゃいと言ってましたの」


 ときどき、突飛なことを言い出すアウロラはともかくとして。

 エルルの親代わりで、娘にやや過保護な神殿長エンブラまでがOKを出すなんて。不思議なこともあるものと、ユッフィーの中でイーノは思った。


「向こうには、レティちゃんたちも来てるみたいです。わたしはお留守番ですけど、会ったらよろしくお伝えください」


 ミキからは、そんな伝言も預かった。


 ローゼンブルク遺跡で、氷像の魔物アニメイテッドにされ道化の手駒に使われていたレオニダスとベルフラウから、夢召喚で精神体を引っ張り出したとき。

 思わぬ形で現れマリスやマリカと共に手助けをしてくれた、ミキの親友レティスと難民の少女パン。彼女らはその後、危険な最前線から無事に脱出し、安全な前線基地までたどり着いたらしい。


 所変わって、ユッフィーたち三人の新居。ヘイズルーン・ファミリーのために市から割り当てられた、冒険者用集合住宅アパートの一室。


「やっと、一区切りですわね」

「そうじゃな」

「お二人ともぉ、お疲れ様ですぅ!」


 ユッフィーとオグマ、エルルの三人は。星霊石の採掘場にあったオグマの小屋から運ぶものと捨てるものを選別し。新居への引っ越しをしていたのだ。ドワーフの二人は力仕事担当で、エルルは選別と整理整頓だ。


「引っ越しそば…じゃなくてパスタ、できたっすよ!」


 キッチンから、エプロン姿のゾーラが威勢良く声をあげる。彼女も引っ越しを手伝ってくれていた。その上、パスタまで振る舞うと言い出した。


「ゾーラ様、いろいろありがとうございますの」

「なぁに、可愛いエルルちゃんのためっすよ!」


 相変わらず、素顔は邪眼封じのバイザーで見えないが。口元にはいつもの気さくで陽気な笑顔があった。


「見かけによらず、料理ができるんじゃな?」


 オグマが、意外そうな顔をすると。


「ヒメっちは、氷都市で人気のファッションデザイナー。何かと忙しいっすから、料理はいつもオレっちの担当っすよ!」


 得意げに胸を張るゾーラ。揺れるタンクトップの胸元に、思わずオグマの視線が向いた。

 ちなみに材料は、ゾーラの持ち込みだ。食料の自給が出来ず、物価も高くなりがちの氷都市にしては、かなり上等なものを揃えている感じだった。実際、オリヒメが稼いでいるのだろう。


「それじゃあゾーラさぁん、いただきまぁす♪」

「いただきますの」


 エルルが、濃厚なチーズクリームの絡んだショートパスタをフォークで口元に運ぶ。ユッフィーとオグマも、それぞれペンネリガータを口にした。


「美味しいですぅ♪」

「うむ、悪くないの」

「氷都市で食べるパスタも、地球のものに負けませんわ」


 ゾーラもひとくち試食し、出来を確かめると。満足したように笑った。


「どういたしまして、ってか」


 ユッフィーがさらに、パスタを口に運ぶ。

 そしてふと、何かを思いついたようにつぶやいた。


「ゴルゴンゾーラチーズのパスタ。ゴルゴン族のゾーラ様…?」

「ぐ、偶然っすよ?」


 何故か分からないが、ギクリとした様子でゾーラが答えた。


「それじゃ、お土産話を楽しみにしてるっす」


 楽しい食事のひとときと、食後のコーヒーを飲みながらの雑談の後。

 ゾーラは招待された三人をうらやむように見つつ、帰っていった。


 イーノが地球の自宅でするように、食器洗いはユッフィーが進んでやる。ドワーフの背丈で届かない食器棚には、エルルが食器をしまってくれた。もちろんドワーフ用の脚立も用意されているが。


 その後三人は備え付けのサウナで汗を流し、寝間着に着替えるとベッドに入った。ネグリジェ姿のユッフィーがオグマの頭を胸元に抱いて、優しく撫でてやりながら目を閉じる。どこか、甘えん坊の子供を寝かしつけるように。それを隣で微笑ましく見守りながら、エルルも眠りについた。


 夢竜の舌が、ユッフィーとエルルの頰をなめる。

 気付けば三人と一匹は、マリスとマリカの夢召喚によってオーロラの道を光の速さで移動中だった。ボルクスが放置していたオグマも、ユッフィーに起こされた。


「知識として聞いてはおったが、こうして見ると面妖よの」


 氷都市の住民でも皆が皆、夢渡りのハッキリした記憶を持つわけではない。そこに関しては地球人と同じだ。ただ、夢渡りの民が氷都市に協力していて。アウロラも夢召喚を教わって行使しているので。夢渡りは地球人が信じる科学知識のような常識になっていた。

 オグマの見ている前で、どこの世界の者かも分からない人間離れした知的種族エイリアンたちの精神体が通り過ぎてゆく。遠い昔の、遥か彼方の銀河系にでも来た気分だ。


 オーロラのような光が揺らめく、無重力のトンネルを川下りのように流されていくうちに。エルルが遠くの一点を指差して、不思議そうな声をあげた。


「あれぇ、何ですかぁ?」


 それはまだ、ごく小さくしか見えなかったが。何らかの人工物であることは間違いないようだった。


「ううむ。どこかで見たような気もするが、思い出せぬ」


 かつて、アスガルティアの賢者であったオグマ。その彼が既視感を覚えるからには正体は不明ながら、アスガルティアに関係するものなのか。


「船、のようにも見えますの」


 ユッフィーも、謎の人工物に目を凝らす。

 前後対象の優美なフォルムで、船首と船尾に竜の飾りがあって。地球の歴史上で、ヴァイキングたちが用いた船にも良く似ていた。


「…大きい?」


 ふと、ユッフィーが違和感を抱いた。あの船から夢召喚が使われているのか、自分たちはどんどん近づいてゆくが。ヴァイキングの船として常識的にありそうなサイズより、異常に大きく見えるのだ。


「こぉんなお船、どぉやって作ったんでしょお?」

「アスガルティアでは、身分の高い者を葬る時に船を棺とすることもあったが…」


 石油タンカーよりも巨大なヴァイキング船など、いったいどこにあるのか。


「船というより、島ですの」


 ぶつかるのではないかと思うくらい、一行はぐんぐんと船に引き寄せられていく。もう、全体像が見えない。こんな巨大な船を、木にしか見えない材料でどうやって建造したのか。そしてなぜ、今まで良好な保存状態を保ってきたのか。全て謎だ。


 不意に、視界が上昇し始めた。そして一行の目の前に、船の甲板にあたる部分が見えてくる。


「船の中にぃ、島がありますぅ!」

「思い出したぞ。もしや、これは…!」


 ユッフィーの中の人、イーノからすれば。眼下に広がる巨大な船は、宇宙に浮かぶスペースコロニーか。あるいはSFで見かける恒星間移民船そのものだ。全長数kmはあるはずだ。

 それが機械ではなく、全て木で作られている。途方もないスケールのヴァイキング船の中に、海があり陸があり、空には雲が流れ。高くそびえる山と豊かな森と、そこから流れる川も、下流には人の住む街さえ見える。


「この船、生きてますの!?」


 もし、船の素材が生きた樹木だったら。水とか空気とか、この手の移民船で問題になりそうなことを上手く解決できそうな気がするじゃないか。動力源は光合成っぽい何かか。

 もちろん、地球にこんな植物は存在しない。どこか異世界のスーパー植物だ。


「さすが、わしの弟子じゃな」


 ユッフィーが直感的に導き出した答えに、オグマが不敵な笑みを浮かべた。

 エルルとボルクスも、顔を見合わせて得意げにしていた。


 空気抵抗が無いはずの精神体でも、イメージが及ぼす影響からか。長い髪をなびかせて、一行が上空から船内に入る。そして人の住む街近くの丘へ降り立った。


「ようこそ、遺跡船フリングホルニへ!」


 そこで待っていたのは、相変わらず元気な姿を見せるマリスとマリカと。

 オティス商会の冒険商人と思われる、初老の男性だった。

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