第29話 水着祭りで封印解除!?
ローゼンブルク遺跡より帰還してから、一週間。
激戦の疲れを癒し、事後報告を終えた冒険者たちは。今後の方針を協議するために氷都市の市民総会へ出席していた。
「な、何だって!?」
「女神エオス…だと?」
冒険者たちの事後報告から、様々な衝撃的事実が明らかにされる。
フリズスキャルヴの閲覧不能エリアにおける、
アニメイテッドを統べる頭目と目されていた道化以上の、さらなる上位者の出現。女神エオスのアバターを名乗る、カーモスなる喪服の女性が敵側に回り。
しかも、アウロラ以上の権限でフリズスキャルヴを使えると知れ渡ると。市民たちは軽いパニックに陥った。
先の冒険者たちの大量遭難事件「勇者の落日」のとき以上に、遺跡探索の常識や。これまで、氷都市の人々が長く信じてきた前提がことごとくひっくり返されたのだ。無理もない。
21世紀に入り、波乱に満ちながらも輝かしい時代だった昭和の常識が通用しなくなり、失われた30年を経て今もなお混迷の最中にある日本。
永久凍結世界バルハリアの氷都市もまた、私たちの地球の現代日本に近しい状況下にある。だからこそ、二つの世界は不思議な縁で結ばれたのかもしれない。
(
市民総会には、もちろんアウロラもアバターのひとつを同席させている。
本当は神でない自分より、エオスの方こそバルハリアの主神であるべきなのでは。そんな考えさえ、頭に浮かんでくる。
さらに、結局開けることのできなかったレリーフの大扉。それは、アウロラの力がまだまだカーモスに遠く及ばないことを意味していた。
冒険者たちは、道化が変異させた巨像を退け。レオニダスとベルフラウの精神体を救出するまでの望外の成果を達成したが、未だ前途は多難だ。
その救出された二人だが、この場に姿は見えない。
自分たちが抜けたからこそ、みんなの成長を促すことができたのに。安易に戻ってしまっては元の木阿弥と、復帰を断ったのだ。
「諸君、お静かに」
議長役を務める市長代理のリリアナが、落ち着き払った一声でその場を鎮める。
「議長。まずは、閲覧不能区域で敵から一方的に狙われる事態の解消と、レリーフの大扉を開くためにも。アウロラ様の御力を高める祭祀の必要性を感じます」
アウロラ神殿の代表として出席しているエンブラが、リリアナに提案すると。
「アウロラ様の『神格』を成長させ、フリズスキャルヴのより上位の
「一石二鳥の方策だな」
評議員の間からも、理解と賛意の声が広がった。
「その祭祀の件と、激化する戦いに備えたさらなる戦力の拡充について。冒険者たちから興味深い提案があがっていてね」
リリアナが目配せをすると。最前列、調査報告メンバーの席に座っていたリーフとユッフィーが壇上に登った。
「レリーフの大扉を調べた結果、描かれていたのは女神らしき人物と。彼女を囲むように多種多様な種族の女性たちが、一緒に水浴びを楽しんでいる姿でした」
アウロラの助けを借りて、リーフがレリーフの詳細なスケッチをフリズスキャルヴで会議場正面の壁に投影する。それは古代ギリシャ彫刻の趣がありながら、あたかもステンドグラスの如く鮮やかに彩られていた。
「ぼくも実物を少し見たけど、見事な模写だね」
「ええ。新作のデザインを閃きそうなくらい」
エルルとユッフィーの夢召喚に巻き込まれて、精神体で現場に居合わせたミハイルとオリヒメが。リーフの見事な絵心に息をのんだ。二人とも正式な調査隊員ではないため、一般市民として傍聴席からの観覧だったが。
「あくまで、概略が分かるようにさっと模写したものです」
謙虚なのか、慎重なのか。リーフはそう付け加えることも忘れない。
「永遠の冬の世界で、夏の催しをせよというのか…」
「寒そうだな」
「氷都市のドーム内は温暖だが、夏の気分を出すのはひと苦労か」
会議場のあちこちから、十人十色の感想が聞こえてくると。
「皆様のご心配は、もっともなことと存じます」
集まった評議員や数百を超える市民たちを前に、ユッフィーが毅然と答えた。
もちろんその様子は、フリズスキャルヴで市内の全域に中継放送されている。
「この儀式をより盛大なものとし、効果的に執り行うため。わたくしは地球の文化を参考にした『水着祭り』の開催を提案いたします」
ユッフィーの発言に合わせて、アウロラが地球の映像を正面に大きく映し出す。
世界各地の男女が身にまとう、様々に意匠を凝らした水着。ワンピースにサーフパンツ、ビキニにブーメランパンツに。スクール水着にふんどし、全身を覆うブルキニまで。
一部の冒険者には、ビキニアーマーもしくはメタルビキニとして、良く知られてもいた。
「あ、あんな格好をするのか?地球人は」
「お前もそんなに変わらないだろう」
アリサが、異国の大胆なブラジル式ビキニに頰を染めると。
胸元に白いサラシを巻き、緋袴を穿いただけのアリサをクワンダが訝しげに見る。
「地球でよくある『水着コンテスト』のように、個人を優勝者に選ぶのがアウロラ様の神格を高める祭祀に相応しいか…疑問でしたので『水着祭り』としました」
ユッフィーが補足説明を付け加える。本職の巫女であるエルルやミキともよく相談の上で、決めたことだ。
アウロラのもたらす加護「オーロラヴェール」は。人と人との間に育まれた『絆』を力に変換し、寒さや呪いから冒険者たちを守る極光の天幕を編み上げて鎧の代用とするもの。
決して、個人の力のみを誇るものでは無い。
「奇抜な提案と思いましたが、教義を良く理解しているようですね」
神殿長エンブラがそうつぶやくのを見て。エルルが小さくガッツポーズをとるのをミキは隣で微笑ましく見ていた。
水着コンを参考にはするが、そのままの形では持ってこない。ユッフィーの発言に議長のリリアナや地球人のミハイルを含め、多くの人々の注目が集まった。
中の人イーノは過去に一度、人前でプレゼンをやった経験があった。その時はこれほどの大人数でなかったが、経験は自信となって自分を支えてくれている。
「たとえば、アウロラ様のアバターを各チームにひとりずつ加えての。水鉄砲を用いた『サバイバルゲーム』のトーナメントなど、いかがでしょう?」
続いて、アウロラがフリズスキャルヴを操作し。日本で夏の遊びとして近年盛んになっている「ウォーターサバゲー」の映像を一同に見せた。
子供や大人が男女問わず、手に手に様々な水鉄砲を持って。各自が身に付けた的を目掛けて、派手に水しぶきを飛ばし合う。
それはまさに、遺跡で見つかった水浴びのレリーフにぴったりな。盛大な夏の催しと呼べるものだった。問題は、冬の世界バルハリアのどこでやるかだが。
不意に、ユッフィーがすぐそばに視線を感じる。それは、隣に浮かぶ夢竜ボルクスからのものだ。何かを伝えたいような、訴えたいような目をしているが。それ以上のことは分からなかった。
(ボクちゃん?)
(通訳が必要なようですね。では『彼女』にお願いするとしましょう)
ユッフィーの脳裏に、アウロラからの声が響く。誰に何を頼むのかは分からないが何とかしてくれるようだ。
「水着なら、私たちアラクネ族が秘伝の糸で編んであげるわ」
「あとは会場の問題っすね…」
オリヒメが、ここぞとアラネアファミリーの存在感をアピールすれば。
石工のゾーラが、会場の設営について思いを巡らせた。
どこを会場にするか、氷都市でやるのか。評議員たちからも当然指摘はあったが、発言者の準備が少し必要と断ってから、ユッフィーが話を続けようとしたその時。
「それならば、格好の場がある。星霊石の採掘場、そのさらに地下深くに位置する『揺籃の星窟』を使うがいい」
渋い男性の声で、突然ボルクスが喋り出した。
いや、口パクで誰かが喋っているのか?
「星獣が、人間の言葉を話した!?」
これには、紋章術の力の源たる星霊力に詳しいリーフも驚いた。しかも、どこかで聞いた覚えのある声だ。
「お姉さんに、通訳の術式をお願いしています。ボルクスちゃんの声の出演は、レオニダス様です」
アウロラが、リーフに短く説明する。
会場から、あっと声が上がった。
勇者の落日で未帰還となったレオニダスとベルフラウが、精神体だけだが救出された。その知らせは伝わっていたが、本人たちが姿を見せないので皆忘れていたのだ。
「私たちは一度去った者。今後は裏方に徹しようと思います」
「そういうことだ」
姿を見せず、声のみでベルフラウとレオニダスが一同に告げる。
「姉さん…」
リーフが少し寂しそうに、うなだれる。
会場は一時ざわつくも、続くレオニダスの声ですぐに鎮まった。
「話を続けよう。揺籃の星窟は、
だから、揺り籠の洞窟。
そこで生まれた我は「名も無き地底の主」より使命を託され。夢属性の竜の力を使い、夢渡りで地上の者へメッセージを届けようとした。そして、夢渡りの民マリカの助けを借りて、現在の主と出会った。
星獣の知性は、人間のそれとはまた似て非なるもの。ベルフラウの通訳とレオニダスの読み上げで、ボルクスは自らの来歴を語った。
「そうだったんですのね」
ユッフィーが神妙な顔でボルクスを見つめると、小さき夢竜は一声鳴いて主人の頰を舐めた。
「我らにも目的があるが、それは地上の民にも恵みをもたらすものだ。よって今回は信頼関係を築くため、祭祀に協力するとしよう」
ここまで予想外なトラブルも多々あったが、助け船もまた予想外な所から現れた。あとは、兼ねてから計画を練っていた自身のプランを語るとき。ユッフィーの中で、イーノは頃合いだと判断した。
「ここまでが、アウロラ様の御力を高める祭祀についてのご提案です。もうひとつ、さらなる戦力拡充についてのお話が皆様にございます」
レオニダスとベルフラウが不可視の精神体となって、この場を見守っている大きな理由のひとつ。ふたりの注目の的、ユッフィーの中の人イーノに正念場が訪れた。
別人を演じてまで、地球人の心意気を示さんとした気骨の男。彼の気質は確かに、ドワーフのそれに通じるものがあった。
エルルとオグマもまた、緊張の面持ちでユッフィーを見ている。
一体何か、とざわめく一同の前に。
地球人向け冒険者育成プログラム「勇者候補生」。その計画書の題名が、会議場の壁に映し出された。
「…ユーフォリア王女?」
神殿長エンブラが、怪訝な顔をする。
今の氷都市において、地球人は戦力として見られていない。せいぜい、特殊な知識や技能を持つサポート要員程度の扱いだ。ミハイルもその枠で夢召喚された。
「先程、封印解除の祭祀に『ウォーターサバゲー』の競技会を提案したのは。新人冒険者対ベテランのチーム対決を通じて、皆様に地球人冒険者の有用性を知って頂くためでもあります」
地球から、新たに氷都市で冒険者となる者を夢召喚する。そのアイデアは、本来は落武者の隠れ里であり。他世界で名をあげた勇者や英雄、達人級の冒険者が集う氷都市においては、酷く滑稽なものに映ったらしい。
「何だね君は!ずいぶん知ったような口をきくじゃないか」
「フリズスキャルヴの映像だけで、地球人を知った気にでもなったと?」
「そもそも、地球人で戦士や冒険者を生業とする者はごく少数と聞くじゃないか」
会議場は一気に、険悪なムードとなった。
さて、ここで。私の小説を読んでくれている諸君に問題だ。
地球人が異世界で冒険者として活躍できる理由について、手短に説明せよ。ヒントはここまでの本編で描かれているが、型に囚われない独自の考察を聞かせてくれるともっと面白い。
ただし、現代知識系のチートはそれほどの優位をもたらさないものとする。氷都市の人々は、千里眼の秘宝フリズスキャルヴを通じて。ある程度は地球の知識を持っているからだ。おかげで、文化の違いを理由とした面倒が少なくて助かるくらい。
ちょうど、一度も海外旅行に行ったのことの無い日本人でも。テレビやネットを通じて、ある程度の海外知識は持っているような感じだ。
さあ。君なら、どう答える?
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