第28話 おおきなかぶ

 形勢逆転。

 レオニダスとベルフラウの氷像アニメイテッドを従えた道化は、レリーフの大扉前に残ったクワンダたち四人と。戻ってきたミキたち四人に挟撃されていた。

 その上、新たに現れた助っ人。精神体のマリスたち四人までいる。総勢12人。


「姉さんと、レオニダス様を。返してもらいますよ」


 いつもは温和なリーフが、決然とした表情で道化に向かって宣言する。


「予想外の加勢、計算が狂いましたね。ここは一度退きましょう」


 途中、ミキたちの合流を阻止しようと。道化が周囲のアニメイテッドをかき集めて足止めを図るも、ゾーラの邪眼で一網打尽にされる場面もあった。


 さすがに、劣勢を悟ったのか。

 庭師ガーデナー勢力が独自に運用する失伝魔法「瞬間移動テレポート」を用いて、道化は自身とレオニダス・ベルフラウの氷像を撤退させようとするが。


「…な、何故です!?」


 現在の主である、謎の女性の元へ帰還した道化が見せられたのは。

 瞬間移動の対象に含めたはずなのに、転送されなかった氷像たちの姿。


「氷像を放置して、自分だけ逃げ帰った…?」


 リーフたち一同も、首をかしげる。

 道化の制御から外れた氷像たちは、こちらを襲いもせずに立ち尽くしている。アニメイテッドに本人の意思などあるはずもなく、通常では起こりえない状況だった。


「アナタ、何かしましたね?」

「さあ。そもそも、今のあなたは私に意見できる立場ですか?」


 フリズスキャルヴの映像で、冒険者たちを視界に捉えながら。謎の女性が道化に冷たく言い放った。

 今の道化もまた、謎の女性の加護無しでは遺跡内で長く生存できないのだ。


「冒険者たちよ」


 不意に、謎の女性が一同に呼びかける。同時に、フリズスキャルヴの映像を通じて自分の姿を冒険者たちに見せた。後ろには道化が控えていた。


「私は女神エオスのアバター、カーモス極夜と言います。道化と変異した巨像を相手に、見事な戦いぶりでしたね」


 黒一色の喪服ドレスの女性は、素顔を半分ヴェールで覆っていた。その背後からは女神アウロラのアバターたちと同じ、極光オーロラのような後光が立ちのぼっている。


「エオス様。ローマ神話のアウロラと同一視される、ギリシャ神話の女神ですわね」


 ユッフィーが問いかけるも。カーモスと名乗った女性はそれに答えず、二体の氷像を指し示した。


「優しき巫女よ。あなたが夢召喚しようとしている二人の精神なら、そこにいます」

「えっ!?」


 エルルが驚く。道化を従え、おそらく度重なる襲撃を指示した者が、どうしてそれを教えてくれるのか。


「かつて、不本意にも赦されざる罪を犯し。心を閉ざして眠る女神がここにいます。私はその代理としてこのローゼンブルクを管理し、冒険者たちに試練を与える者」


 全ては、季節を失った永久凍結世界バルハリアに春を取り戻さんがため。

 これは、あなた方の働きに対する報酬であり。また新たな試練でもあります。

 喪服の女性は、厳かに告げる。その装いも、彼女なりの意思表示なのだろう。


「夢召喚で、姉さんとレオニダス様の精神を氷像から『引っこ抜ける』か」

「それをやってみろ、ということですわね?」


 リーフとユッフィーの問いに、うなずくカーモス。


「あなた方の挑戦は、見えない明日を切り開くきっかけとなるかもしれません」

「なるほど、前代未聞の見世物ですね。ワタシも興味深く拝見させて頂きます」


 氷像アニメイテッド化した者の精神がどこにあるのか、またそれを何らかの方法で召喚できるかは。災いの種カラミティシードの研究で最先端を行く庭師ガーデナーの技術を持ってしても未知数らしい。


「金色の竜を宿せし、あなたの力が尽きる前に。時間は残りわずかですよ」


 できる限り消費は抑えているが、ユッフィーはまだボルクスとの融合状態を維持している。夢竜の血が体内を流れる感覚は、燃えるように熱かった。


「やりましょお!」


 エルルの一声で、みんなの意思は決まった。


 ユッフィーとエルルと、精神体でいることで夢の力が高まっているマリスとマリカに、レティスとパンも。六人の女子が輪になって手をつなぎ、夢召喚を発動させる。夢渡りの民の力で、精神体の四人はアバタライズして実体を得ている。

 こうなると極光の天幕オーロラヴェールでの保護が必要だが、マリスはもともと巫女の修行も積んでいるので問題ない。


「ベルフラウちゃん!レオニダス様…」

「ボクちゃん、パワー全開で行きますわよ!」


 祈りを捧げるように、エルルとユッフィーが夢の力を高めてゆく。二人のまとう万華鏡の如きオーラが、周囲の現実と夢の境界を曖昧なものにしてゆく。


「出力調整とか、細かいことはボクらに任せて」

「思いっきりやっていいよ!」


 マリスとマリカは、夢魔法の達人としてサポートに回る。


「ミキちゃんの友達は、レティちゃんの友達!」

「レティちゃんの友達は、み〜んな友達なの♪」


 レティスとパンも、友達の輪が世界に広がりそうなほど気勢を上げると。パンが急に、予想以上のドリームエナジーを放出して一同を驚かせる。


「もしかして、幽明郷の民の霊力…?」

「トクシュレイコンなの!」


 幽明郷の一族には、特殊霊魂なる秘術が伝わっている。これがそうなのかは分からないが、レティスはパンを助ける過程でその名を耳にしていた。


 やがて、輪になった六人から虹色のもやが湧き出して。レオニダスとベルフラウの氷像を包み込んだ。すると。


「思ったより、早かったな」

「リーフ。あなたが助けに来ると、信じていましたよ」


 レオニダスと、ベルフラウ本人の声がみんなの脳裏に響く。

 物理的な音声ではなく、一種のテレパシーだ。


「そんなバカな!?」


 カーモスの所から、フリズスキャルヴで様子を見ている道化が驚きの声をあげる。


「本当に…二人なのか?」


 これには、寡黙なクワンダも動揺した。


「姉さんっ!!」


 リーフの顔が、不意に涙でぐしゃぐしゃになった。


「やりましたね。さあ」


 二人を引っこ抜け。カーモスが一同に促した。


「今すぐ、身体にかけられた呪いを解くまでは叶いませんけど。精神体の救出なら、望みはあります!」


 リーフが状況を説明すると。それで十分と、氷像の胴体からレオニダスとベルフラウの精神体がニュッと手を出した。

 見た目にシュールな。その言葉の本来の意味である、現実を超えた現実感をもって一同に強く訴えてくる情景だった。


「今、手を握れるようにするからね」


 マリスとマリカが、夢の力を調整して半実体化の処置を施すと。

 クワンダがレオニダスの、リーフがベルフラウの手を握った。


「クワンダ。冒険者たちのリーダーとして、良くやっているようだな」

「リーフの手、見違えるほどたくましくなりましたね」


 氷像の中の二人から。自分たちが抜けたことで人間的な成長を果たしたクワンダとリーフを讃える声が聞こえた。


「今、引き出すからな」

「姉さん、待ってて下さい」


 クワンダとリーフが、軽く手を引くも。返ってきたのは、固く重い手応え。

 もちろん、二人が救出を拒んでいるわけでは無いだろう。


「もしや、単純な腕力では引けぬのか」


 妖刀使いなだけあって、アリサは呪いの類に詳しい。そこで浮かんだのが、二人を縛るのが精神的な何かかもしれないという考え。


「おじさま、わたしも引きますわ」

「リーフよ、わらわも手をつなごう」


 ミキがクワンダの空いた手を、アリサがリーフの空いた手をそれぞれ握った。


「精神的な鎖が相手なら、わたしたちの心の声を打ち明けるといいでしょうか」

「名案じゃな」


 ミキの思いつきに、アリサが微笑む。


「…俺は今まで、逃げていたのかもしれない。でも勇者の落日以降、リーダーをやってきて。ようやく向き合う勇気を持てたような気がする」

「クワンダさんから、そんな言葉が聞けるなんて意外です」

「同感だな」


 率先して、クワンダが胸の内を明かすと。リーフが驚いて二度見した。レオニダスまでもが、微笑ましいと感想を漏らす。


 大勇者クワンダの名を受け継ぐ、銀牙の槍振るう牙の勇者。かつての破局から再起を果たし、蒼の民が氷都市を旅立つとき。大恩ある女神に奉仕するためと残る決断をしたクワンダ。勇者の落日で、レオニダスから後事を託されたクワンダ。

 その全てが、今この瞬間につながっていた。


「転移紋章石は、ここに完成してます。姉さんの研究、しっかり引き継ぎましたよ」


 リーフが空いた手で、肩掛けカバンから紋章の刻まれたこぶし大の宝石を取り出して見せる。高度で複雑な転移紋章陣を、誰でもインスタントに発動できる夢の道具。


「その様子では、冒険者にとってまだまだ高嶺の花ですね」

「ええ、コストダウンが今後の課題です」


 ベルフラウとリーフが、いかにも研究者らしい会話を交わすと。

 レオニダスとベルフラウの手は、氷像からひじの部分まで自然に引き抜けた。

 しかしまた、そこで引っかかってしまう。


「やったですぅ!」

「もっと言葉をかけた方が、いいみたいっすね」


 エルルとゾーラが、顔を見合わせて喜んだ。


「まだですわね。オーロラブーストの限界時間も迫ってますし」


 警告、警告。オーロラヴェールパワーA V P残量、40%を切りました。

 ユッフィーが、転移紋章石から聞こえるアラート音声に難しい顔をすると。


「うんとこしょ、どっこいしょって。ロシア民話『おおきなかぶ』みたいにのんきにやってる余裕は、ちょっと無いかもね」

「いいわ。私も手伝うわよ、ゾーラ」


 不意に、ミハイルとオリヒメの声がした。


「ミハイル先生!?」

「ヒメっち!?」


 ミキとゾーラが驚くと、ミハイルとオリヒメも精神体で近くに立っていた。


「いつも通り、氷都市へ夢渡りしてきたつもりなんだけど。気が付いたら、どういうわけかここにいてね」

「私も、氷都市でベッドに入ったらこの有様よ」


 ああっと、エルルが声を漏らす。夢召喚のパワーが強すぎて、遺跡探索と関係ないミハイルやオリヒメまで巻き込んでしまったのかもしれない。

 事実、氷都市ではちょっとした騒ぎになっていた。アウロラはさぞかし慌てているだろう。


「まあ、いいじゃろう。全員で手をつないで、一気に引き抜いたらどうじゃ」


 こうなったものは仕方ないと、オグマが提案すれば。


「すっかり元気になったな。やはり出発前に訪ねておいて正解だったか」

「どなたが、オグマ様の心を動かしたんでしょう?」


 自分たちの見込みは正しかったと、レオニダスから満足げな声が返ってくる。


「それはぁ、ユッフィーさぁんですぅ!」

「エルル様もですわ」


 エルルにはとても話せない、強引なやり方だったが。あのときユッフィーがオグマに迫ったことは、荒療治として有効だった。

 ユッフィーとエルル、二人の声を聞くと。氷像の中の手は、肩までするりと抜けてきた。でもまだ、顔は見えていない。


「ここから、一気に引き抜く方法か。ならば話そう」


 オグマの提案通り。レオニダスとベルフラウの氷像をS極、N極としたU字磁石のように一同全員が手をつないだ状態で。

 アリサが意を決して、どこか恥ずかしそうにしながらも真剣な表情で呼びかける。


「わらわも、自分の気持ちを隠し通すのはもう終いじゃ。レオニダスにベルフラウよ、おぬしらも早く出てきて祝言を挙げるがいい」


 一同は気のせいか、ベルフラウの氷像が赤面したような錯覚をおぼえた。

 氷像のかなり表面近くまで、顔が見えそうになってるのだろうか。


「おおっ、アリサ様の想い人って誰っすか?」

「花嫁衣装なら、アラクネ族の私に任せてね?」


 ゾーラがしきりにはやし立て、オリヒメが職人らしい申し出をする。

 クワンダとリーフ、そしてミキの視線がアリサに集中した。


「わらわはのぅ、クワンダにリーフ、ミキもじゃが。同じファミリーの仲間として…皆を愛しておるよ」


 隠し事はしないと言いながら、どこかお茶を濁すように。それでも、ウサビト一族の姫として私情を押し殺して生きてきたアリサにとっては、勇気ある一歩。

 クワンダも種族や性別を超えて、アリサを掛け替えのないパートナーだと見ているし。リーフもまた、アリサに姉か母のような思慕を抱いている。

 二人ともどこか、照れ臭そうな顔をしているのを見て。アリサと顔を見合わせ笑顔になるミキだった。


 氷像から半身が抜け出し、顔の輪郭もうっすら浮き出てきた精神体の二人だが。

 この告白大会は、まだ終わらない。


「ユッフィーちゃん。まだ言う事があるんじゃない?」


 ついに、その時か。

 ミハイルに促されて、ユッフィーの中でイーノが思案する。


 警告、警告。AVP残量、20%を切りました。

 まもなく緊急転移プロセスを開始します。


 転移紋章石のアラート音声と警報音が、けたたましく鳴り響く。

 どちらにせよ、もう悩んでいる時間など無い。エルルとミキも、中の人イーノを励ますように暖かな視線を向けた。


「レオニダス様、ベルフラウ様。わたくしは…勇者の落日の一部始終を、夢渡りで見ていた者です。しかもそれを現実とは思わず、舞台を見るように楽しんでいました」


 その瞬間、アリサとクワンダのユッフィーを見る目が変わった。

 この遺跡探索のきっかけとなった、情報提供者イーノ。しかし彼を、危険な目にはあわせられないと遠ざけた結果。いつの間にかフェードアウトしていたはずの者。


 問題の人物は、意外な形でここにいたと。今ようやく気付いたのだ。

 事情を知らないレティスとパンが、きょとんとしている。ゾーラやオリヒメもだ。


「当初から知っていたのは、アウロラ様とエルル様に、ミハイル様。後から突発的なアクシデントがあって、マリス様とマリカ様に、ミキ様も加わりました」

「あはは、あの時はごめんね!」


 マリカが笑うと、クワンダとアリサは苦笑いを浮かべた。


「今まで、俺たちの目を掻い潜っていたとはな」

「わらわも、老いぼれたかのぅ?」


 そもそも、ユッフィーが教えてもいないオーロラブーストを使い出した時点でおかしかった。イーノなら当然、レオニダスとベルフラウのそれを見ていただろう。

 ミキが、二人のベテラン冒険者に微笑む。


「わたし、ユッフィーさんと秘密を共有する事で。何だか仲良くなっちゃいました」


 強化訓練中、理由は分からないがミキとユッフィーが親しげに接する場面が幾度かあったと。クワンダもアリサも、顔を見合わせて思い出していた。


 ユッフィーが、真摯な表情で話を続ける。


「あれが現実だと知った以上。わたくしは人の不幸を楽しむ薄情者でありたくないと願い、氷都市の皆様のためにできることを考えてきました」


 自分は、あの夢から逃げない。現実を超えたリアルを受け入れる。


 そして、地球人でも冒険者としてやっていけると思い。アバターボディの変身機能を利用して「ドワーフのユッフィー」なる人物を演じ、地球人の有用性を示すべく。志願兵となり、厳しい強化訓練を耐え抜いた。

 全てを語り終え、ユッフィーの中でイーノが深く息をついた。


 ドワーフの地底王国、ヨルムンドという名など聞いたこともない。

 オグマもまた、その理由に納得していた。


「でもあなたは、今ここにいるではありませんか」

「そうだな。少なくとも貴公は、人の痛みを知る心の持ち主と見える」


 もう、傍観者ではない。

 レオニダスとベルフラウの精神体は、氷像から完全に抜け出して。半透明の姿ではあるが、自由を取り戻していた。


 その直後。


 AVP残量、危険域。緊急転移プロセスを開始。転移紋章陣、起動します。

 オーロラブーストで極光の天幕をほぼ使い切ったミキとユッフィーが、同行者設定していたオグマとゾーラを巻き込んで。転移紋章石の力で遺跡の入口まで強制的に飛ばされた。


 レリーフの大扉前に残った一同と、遺跡入口でその場にへたり込む四人の間に。

 おおきなかぶがスポン!と引っこ抜けたような達成感が、みんなに広がった。

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