第24話 夢を渡る絆:エルルの疑問

 状況は最悪に近かった。


 「勇者の落日」と呼ばれる大量遭難事件で、35名もの精鋭冒険者たちで組織された調査隊を壊滅に追い込んだ「いばら姫の道化」。

 彼も深手を負ったはずだが、遺跡内で謎の女神の後ろ盾を得ていた。しかも相手はアウロラよりも高いユーザー権限で、千里眼の秘宝「フリズスキャルヴ」を扱える。


 フリズスキャルヴの本体はローゼンブルク遺跡の最深部にあり、アウロラはそれを氷都市から遠隔で利用しているに過ぎない。アウロラの巫女や、少しでも学のある者なら周知の事実だった。

 それをアウロラの権限では閲覧不能なエリアで、敵に使われるとどうなるか。

 ここまでの度重なる襲撃が雄弁に物語るのは、情報戦で先手を取られた時の怖さ。


「どうです?仲間の危機をこうして目にしながら、助けに行けない気分は」


 ミキたちの戦いは、リーフたちの側に現れた道化がフリズスキャルヴの使用を謎の女神に申し入れて。わざわざ、一部始終を一同の目前に投影させていた。

 仲間が倒される様子を、見世物にしようという魂胆だろう。


「ずいぶんな余裕だな」

「あの四人は、この程度で音を上げる玉でないわ」


 クワンダとアリサが、臨戦態勢のまま行く手を阻む道化を見据える。

 道化を守るように、前に立つ二体の氷像。先刻の襲撃者の正体は、遺跡の呪いに囚われてアニメイテッドと化したレオニダスとベルフラウ、その人だった。

 彼らの表情からは、何の意思も感情も感じられない。ただ氷の中で眠るだけだ。


 歴戦の勇者である、クワンダとアリサの心は揺らがない。

 けれども、これが初陣のリーフとエルルは違った。いくら訓練を積んでも、実戦でなければ得られないものがある。

 みな同じく、探索隊の32人が敵に回った想定での「幻影の戦場」を繰り返し戦っていても。リーフは氷像と化した姉の実物を見た途端、悲しみで戦意が鈍るのを抑えられなかった。


「姉さんは、ここにはいない。やっぱり、目の前にいるのは魂の無い抜け殻」

「そうだな。かつての猛将レオニダスのような気迫は感じない」


 リーフの独白に、彼の様子を気にかけたクワンダが言葉をかける。

 それでも、並のアニメイテッドとは強さが段違いだった。相手が疲れを知らぬ分、戦いが長引けば不利なのはこちらだ。


「わたしぃ、どぉすればぁ…!」


 極光の天幕オーロラヴェール以外に、できることは無いのか。

 対アニメイテッド用に訓練した、霰弾ハガルのルーン魔法。リーフもまた得意の紋章術を繰り出したが。

 氷像となってなお、ベルフラウの術のキレは健在で。ことごとく防がれ、勢いを削がれ。糸を切ることができない。

 レオニダスもまた守りに特化した戦士であり、クワンダとアリサが二人がかりでも急所の糸に攻撃が届かない。


 戦況は膠着状態となっていた。そして、遺跡の呪いに極光の天幕オーロラヴェールをじわじわ削られて行動可能限界が刻一刻と迫る。このまま、転移紋章石で撤退するほか無いのか。

 道化は余裕の表情で、二体の氷像を待機させ。こちらに挑発の視線を向けてくる。


「まだ、切り札を残しておるのじゃろ?この際、出し惜しみは無しじゃな」


 アリサがエルルを促す。その一言で、エルルは落ち着きを取り戻した。


「リーフさぁん」


 いつもと少し違う、エルルの問いかけに。リーフが彼女の顔を見る。


「何でしょう?エルルさん」

「わたしぃ、アニメイテッドにされた人の精神はどこに行くんだろうって。考えてみたけどぉ、分かりませんでしたぁ」


 リーフにも、確かなことは言い切れない質問だった。

 氷像の中に封印されたままなのか、あるいは夢渡りで身体を抜け出しているのか。


「それなら、実験してみましょうか」

「はいですぅ!」


 リーフが微笑む。こんな素朴な疑問こそが、新たな気付きと発見を生むのだと。

 思えば姉ベルフラウとの間にも、このような問答が幾度となくあったものだ。


 エルルが、夢魔法の行使に必要なイメージを練り始める。

 強化訓練のときにマリスから、ユッフィーと二人で教わった夢召喚。


(さて…僕にできることは)


 リーフが思案する。

 夢魔法は自分にとって専門外だが、得意の紋章術で何かサポートできないか。

 逆転の可能性は、そこにあると信じて。

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