第23話 悪趣味ショウタイム

「あ、スケッチ続けてもらっていいですよ。どうせ何やったって…」


 全く、遠慮も何も無しに。

 飄々とした態度で、道化は四人を見下ろしていた。


「アナタたちに、この扉は開けっこありませんから」


 遺跡内の扉は、もともとほとんど凍っていて開けられないが。

 目の前の巨大な扉は、明らかに異質な存在感を放っていた。


「自分は開ける方法を知っている。でも僕たちには見つけられない。まるで、そんな口ぶりですね」

「当たらずと言えども、遠からず。アナタたちが先へ進むには、この扉を開ける以外道は無いのですが。常識的に考えた場合は…無理無茶無謀だということです」


 スケッチの手を止めて、リーフは道化に問いかけていた。

 そして得られたのは、思わせ振りな答え。


「ああ、他に抜け道が無いのは本当ですよ?冒険者たちにヒントを与えるよう、女神様に頼まれてますから」


 一同に衝撃が走った。アウロラ以外の「女神」が、この遺跡にいるのか。

 大いなる冬フィンブルヴィンテルの到来と共に、アウロラ以外の神々は全てバルハリアから去った。長い間、そう信じられてきたからだ。


「アウロラ様じゃない、女神様ですかぁ?」


 バルハリア出身でないエルルには、初耳だ。


「ワタシだって、バケモノじゃありません。いくら庭師ガーデナー災いの種カラミティシードの専門家だからといって。こんな大暴走の起きた跡地に何の防護も無しで長時間いたら」


 タダでは済まない。

 そして自分は遺跡から外に出られず、哀れ謎の女神様に囚われてこき使われる身。


「それで、泣き顔の化粧メイクかの」


 勇者の落日で見たときとの違いを、アリサが指摘すると。


「ミキさんの心的外傷トラウマをバックアップに復活したまでは、首尾上々だったんですけどねぇ?」

「可愛い後輩をいじめたぁ、お仕置きですぅ!」


 おっとりとした、愛嬌はそのままに。普段は温和なエルルが頰を膨らませて、熱血していた。


「それで、何をしにきた」


 すでに槍を構え、臨戦体勢を取っているクワンダ。

 幅広の穂先に彫られた狼のレリーフが、牙の勇者の由来でもあった。


「みなさん大体、お察しかと思いますが…」


 アリサも、腰の妖刀に手をかけていた。鯉口は切らないままで。

 抜刀せずにそのまま振るうのが前提の、特殊な刀ならではの扱いだ。


「女神様の命令で、アナタがたに試練を与えに来たのです」


 不意に、背後に二つの気配が現れた。

 殺意を伴わない、氷像たちの攻撃を肌で感じ取り。クワンダとアリサがそれぞれ、とっさに反応する。


 歩兵用の槍の一突きを、紙一重でかわすクワンダ。

 アリサに伸びた紋章術のイバラは、妖刀の一閃で焼き払われた。


 襲撃者の姿を見たリーフとエルルの表情が、驚きに染まった。


◇◆◇


 巨像が歩みを止めた。

 ミキも、追っていたユッフィーたちもその場に立ち止まる。


「もういいでしょう。ここらで始めましょうか」


 巨像から急に、拡声器のような音量で男の声がした。しかも趣味の悪いことに、巨像の顔部分には不釣り合いな男の顔が投影されている。

 どうやってるのかは不明だが、見た目には一種のプロジェクションマッピングだ。


「あなたは…!」


 忘れるはずもない、道化の声と顔。

 同時に、ミキは巨像を誘導していたのではなく。自分たちが誘導されていたことに気付く。

 30mの巨大な戦女神像が、ゆっくりとその体躯に見合った剣を振り上げる。


 激しい衝撃が、まるで局地的な地震でも起こしたように地面を揺らす。

 ミキは巨像の大振りなスイングを見切り、瞬時に安全な地点へ滑走していた。


「ゾーラさん、わたしに構わず切り札を!わたしは、巨像を盾にしますから!!」


 今、巨像の注意はミキに向いている。背後のユッフィーたちには無警戒だ。

 お前たちに何ができる、そう言わんばかりだった。


「ゾーラ様!」


 ユッフィーが叫ぶ。自分たちは、敵の策にはまって分断された。

 目の前の巨像を何とかして、一刻も早く合流するには。


「恐れるな!その力は、何のためにある」


 オグマの言葉に、ゾーラの中でオリヒメの一言が重なった。

 そう、仲間を守るため。


「オレっちは…やるっすよ!」


 ゾーラの手が、顔の上半分を覆うバイザーに伸びた。

 それを遠目に見たミキが、素早く視線の死角に入る。


 まるで、目から破壊光線を放つアメコミヒーローのように。

 かつて神話の時代、英雄ペルセウスが美女アンドロメダを救い出すための切り札として使われ。首だけになっても海の巨獣ケートスを石に変えた、恐るべきゴルゴン族の邪眼が今ここに解き放たれた。


 物理的な圧力さえ伴った、まばゆい真紅の呪いがゾーラの目から放たれるのを。

 ユッフィーとオグマは、彼女の背後で目撃した。ボルクスもまた、その力に圧倒されていた。


「何ですか、あれは!?」


 道化の驚く声が聞こえる中で。ミキが対峙している巨像を操る「糸」が、みるみる可視化されてゆく。ゾーラの邪眼で石にされて、セメントでもぶっかけられたようにピシピシと凍るような音さえ立てて固まりながら。


 巨像の顔面には、道化のオーバーリアクションなびっくり顔が投影されているが。本体には変化が無い。アニメイテッドに対しては、弱点の糸以外への攻撃は一切無効だからだ。

 それでも動きが止まったことで、ミキは巨像の影に隠れてゾーラの邪眼から身を守ることができた。


「攻め時じゃな!」


 オグマが愛剣グラムに巨人ソーンのルーン魔法をかければ、剣は一時的にさらに太く長大に変化する。その鉄塊の如き巨剣を信じられない膂力で振り抜き、無防備な糸をまとめて断ち切らんとする。


「ドワーフの斧術、ご覧遊ばせ!」


 先端の宝玉から光刃を生やし、戦斧形態に変じた夢尽杖ヨルムンドをユッフィーがハンマー投げのように振り回す。そして上空の糸へ向けて、思い切りぶん投げた。

 戦斧は夢魔法によるイメージの力で雷電をまとい、螺旋状に円を描く軌道で石化した糸を砕きながら上昇していく。


「はああっ!」


 仕上げに、ミキが手の平を押し当てるように巨像へ衝撃を打ち込む。中国拳法の崩拳にも似た動きだ。

 瞬時に、水面に波紋を広げるが如く。緑のオーロラが巨像の表面を駆け巡る。


「極光流氷舞拳、天崩」


 ビルの窓ガラスが、爆発の衝撃波で一斉に割れたような音が周囲に響いて。

 オグマとユッフィーの攻撃で、もろくなっていた巨像を操る糸は。全て衝撃で崩れ落ち、遺跡の床にパラパラと降り積もった。


「いやあ、驚きましたね。あんな切り札があったとは」

「ちっとも、驚いてないくせに」


 これはまだ、道化の戯れに過ぎないと。

 勇者の落日で修羅場を潜ったミキには、宿敵の考えそうなことが読めていた。


「やったっす!」


 まともに戦えば苦戦は免れない巨像のアニメイテッドを、ここまで短時間で機能停止に追い込めた。糸のカラクリを知らなければ、アニメイテッド自体が予備知識の無い者にはまず倒せない初見殺しの難敵だ。だからこそ、強化訓練で対策を練った。

 ゾーラがユッフィーと、拳を突き合わせて喜んでいると。


「それじゃ、難易度上げていきましょうか」


 ミキの指摘通り、何事も無かったように淡々と道化が告げた。


「さあさあみなさま!ショウはここからが本番です」


 指を鳴らす音が響くと。沈黙していた巨像があっさり再起動する。


「ちょ!一旦止まったら、しばらく動けないんじゃなかったっすか?」

「それは、道化が介入しなかった場合の話です」


 前もそうだった。

 巨像の脇を滑るようにすり抜け、合流したミキがゾーラに告げる。この嗜虐趣味な道化は、相手にささやかな希望を抱かせてから、全力で心を折りにかかってくると。


「あれは…狼の毛皮を着た者ウールヴへジンか」


 オグマの目の前で、巨像が獣のように四つん這いとなる。そして姿勢だけでなく、姿までもが手足の先から巨大な狼に変わりつつあった。

 ボルクスも低い唸り声をあげて、本能的に警戒を示している。


「ミキ様!あれはオグマ様の」


 ユッフィーは前に、オグマが引きこもりとなった原因の一部始終をエルルから聞いていた。アスガルティア滅亡の際に現れた、終末の獣ワールドイーター

 ミキのトラウマが道化を復活させたように、またオグマの心の傷をえぐろうというのか。


「わたしも、百万の勇者の一人として。はじまりの地に出現した終末の獣を見たことがあります。あの時は、島ほどもある巨大なサソリの上でみな戦ってましたよ」


 それと比べれば、30m級のあれはミニチュアに過ぎない。

 道化に振り回されて遊ばれないようにと、ミキは語気を強めて言った。


「うむ。真のフェンリルは、天地を呑み込まんばかりの巨体だった」


 北欧神話において、ラグナロクの戦いで主神オーディンを呑み込んだ最強の魔獣。オグマの戦った終末の獣は、そのフェンリルに酷似していたという。


 巨像の変化が進行してゆく。ふさふさした毛に覆われた尻尾が生え、口には鋭い犬歯が伸びて、端正な戦女神の顔が野生の獰猛さを宿した巨狼となってゆく。満月の光を浴びた狼男の変身シーンのようでもあった。

 最後に、蒼き氷の巨体が鏡のような光沢を帯び。赤い水晶らしき突起が額に生えて変身は完了した。巨狼の咆哮が周囲の空気を震わせる。


「悪趣味な紛い物ではあるが。わしにあの頃の力は無く、四人と一匹で戦うには少し荷が重い。心してかかるのじゃ」


 オグマ、ユッフィー、ゾーラが各自の得物を構え直す。ボルクスは口の奥に炎の気を宿し、ミキはスピードスケートのスタート時のような構えをとった。


「そうそう。今度の巨像は、そこの仮面のアナタの視線を反射するようにしました。同じ手が通じると思わないでくださいね?」


 ゾーラが顔をしかめる。道化の規格外な力量を知り、勇者の落日で多くの手練れが戻らなかった理由に嫌でも納得させられる。


「次はアナタたちの番。どんな出し物が見られるか、楽しみですね」


 本当の悪夢はこれから。

 この場を支配していることに自信を深めた道化が、口元に歪んだ笑みを浮かべた。

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