第六章:善き者には美酒を、悪しき者には四五口径の花束を/04

「ッ、マスター!」

「……やれやれ、折角のスーツが濡れてしまって台無しだ。この始末、どうしてくれる?」

 瑛士が大声で吠えたことにより、周囲の客がただならぬ雰囲気を察し、怯えて後ずさっていく中。自らのあるじに銃口を突き付けられて焦るシュヴェルトライテとは裏腹に、四五口径の銃口を向けられた本人であるアールクヴィストの方は至極落ち着いた様子で。瑛士と1911などまるで意に介さぬまま、スーツの右腕を濡らしたシャンパンの汚れに視線を落としていた。

「…………狼藉はそこまでだ、ウェイター」

 そうしている間にも、アールクヴィストの横では三原も拳銃を……四〇口径のグロック22を懐から抜いていて。右手一本で構えたそれで瑛士に狙いを定めている。

「ッ……!!」

 動揺で動けない玲奈と、ただ一人アールクヴィストに向かって拳銃を構える瑛士。そして玲奈に狙いを定めるシュヴェルトライテと、瑛士に狙いを付ける三原。そんな数的不利の状況下、擬似的なメキシカン・スタンドオフに陥りつつ……両者は至近距離で睨み合う。

「その身のこなし、以前に南青山で我々を探っていたネズミと同一人物か」

「好きに解釈しな。あと少しもしねえ内にテメーはお陀仏なんだからよ」

「おっと、出来るのかな? 私を撃てばシュヴェルトライテがジークルーネを……君の相棒を撃ち、そして君もまた三原に撃ち抜かれるだろう。こんな状況下だ、まして今は楽しいパーティの場。此処は一度、互いに手を引くべきではないかね?」

「ハッ、冗談抜かすなよ。こうなっちまった以上、ドンパチはどうやったって避けられねえだろ?」

 あくまで紳士的な解決を望む……と言いたげなアールクヴィストに、瑛士が引き攣った笑みとともにそんな皮肉を返す。

 とすれば、今まで平静を貫いていたアールクヴィストは大きく溜息をつき。目の前で自分に銃口を突き付けてくる瑛士を鋭い視線で睨み付けながら、彼に向かってこう言った。

「……フゥーッ。やはりスイーパーという輩は野蛮で仕方ない。マナーというものを弁えていないのかね?」

「その野蛮なスイーパーに、今から殺される気分はどうだ?」

「先程も言ったが、君に私は殺せんよ」

「抜かせ!!」

 ギロリと自分を睨み付けてくるアールクヴィストに再び吠え、瑛士は1911の引鉄に指を触れさせる。

 彼は撃つ気だった。アールクヴィストを始末した後の展開がどう転ぶか、その点に関しては完全に賭けだが……しかしこんな最悪の状況に陥ってしまった以上、もうこうする他に手がない。

 南無三、と内心で呟きつつ、瑛士は引鉄に左の人差し指を触れさせ。そして引鉄を絞り、発砲しようとした――――その時だ。

「――――瑛士っ!!」

 聞き慣れた声で名を呼ばれるとともに、遠くから数個のスモーク・グレネードが両者の間に転がり込んできて、激しく白煙を吹き始めたのは。





(第六章『善き者には美酒を、悪しき者には四五口径の花束を』了)

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